【吉田章一バリトン・コンサート】
Piano 兼田恵理子
6月4日(金)19:30 倉吉交流プラザ 700円
第1部
歌曲集『ミルテの花』より(Robert Schumann作曲)
30歳まで主にピアノ曲ばかり書いていたシューマンだが、クララとの結婚を機に一転して今度は歌曲ばかりを書き始め、1840年だけで100曲以上の作品を残している。そうした作品群のトップを飾るのが歌曲集「ミルテの花」であり、その中でも第1曲目に位置するのが「献呈」である。「君は我が魂、我が命」という熱烈な詩で始まる歌ですが、「ミルテの花」全体がクララへの激しい思慕の情から生まれた歌曲集で、結婚式の前夜に実際のミルテの花を添えてクララに捧げられている。
@「献呈」Wiedmung
A「蓮の花」Die Lotosblume
B「護符」Talismane
C「君は花のよう」Du bist wie eine Blume
『リーダークライスOp.39』より(Robert Schumann作曲)
リーダークライス(Liederkreis)作品39は、シューマンが1840年に作曲した歌曲集。ドイツ・ロマン派の詩人ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩による全12曲からなっている。自然を歌った美しい詩の中にも人間の悲哀が感じ取られる名曲。
D「異郷にて」In der Fremde 嬰ヘ短調 4分の4拍子
ハープを模したようなアルペッジョがピアノ伴奏の全曲に貫かれ、その上に故郷を離れ、異郷をさすらう者の心情が歌われる。シューマンらしい移ろいやすい和声が魅力的な作品。このリーダークライスの第1曲は当初別の曲が置かれていたが、シューマンがこれと置き換えた。
E「間奏曲」Intermezzo イ長調 4分の4拍子
前曲の解決されない嬰ヘ短調はこの曲に入って見事に解決される。全曲がピアノのシンコペーションに貫かれ、愛する人の面影に対する賛美を歌う。
F「月夜」Mondnacht ホ長調 8分の3拍子
この曲はシューマンのあらゆる歌曲の中でも特に美しい名曲とされている。調性をぼかした始まり方も実に美しく、極めて繊細な夜の情景を描いている。
G「春の夜」Fruhlingsnacht
12曲中の最後の曲。
歌曲集『詩人の恋』より(Robert Schumann作曲)
『詩人の恋』(Dichterliebe )は、ハインリヒ・ハイネの詩による連作歌曲。1840年(シューマンの「歌曲の年」)に作曲された。シューベルトを継ぐ代表的ドイツ歌曲作家となったシューマンの、最も有名な歌曲集であるが、典型的ピアノ作曲家の彼らしく、ピアノ伴奏も声楽にも増して表現力豊かである。ハイネの詩集「歌の本」(Buch der Lieder )の中の「叙情的間奏曲」(Lyrisches Intermezzo )によるが、全20篇のうち収録されたのは16曲。ハイネは代表的ロマン主義文学者でありながらドイツ・ロマン主義への批判精神を失わないのが特徴。詩の中に盛り込まれた皮肉をシューマンがどれほどまで音楽的に表現しえたかどうかは皆様の判断による。
H「麗しい五月に」Im wunderschonen Monat Mai 嬰ヘ短調。
冒頭から減7度の和音による展開で主調への解決を避けている。憧憬とも喜びともつかない季節の情景や心理をピアノ伴奏が演じている。主題は何回か繰り返されるが最後になっても主和音は現れない。
I「僕の涙から」Aus meinen Tranen spriesen
(前曲の)主調を回避する不安定さと変わり、イ長調の静かな部分。一旦舞い上がった感情が収束している。
J「バラ、ユリ、鳩、太陽」Die Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne
ニ長調の明るい歌声。ピアノ奏者は朗々とした歌詞を損なわないことが要求される。
K「聖なるラインの流れに」Im Rhein, im heiligen Strome
L「僕は恨まない」Ich grolle nicht ハ長調。
恋人に裏切られた思いが、「たとえこの胸が張り裂けようと、僕は、恨みはしない」という一見力強いが、その裏にやるせない切なさをもった言葉で語られ、それにシューマンはハ長調の力強い音楽を書いている。ハ長調の持つ明朗さがハイネのパラドキシカル(paradoxical逆説的であるさま)な詩を裏打ちした名曲になっている。なお、この曲に限っては、バリトン歌手も原調で歌うのが慣例となっており、曲の後半に置かれた「A(ラ)」の音を歌えるかが、バリトンの歌う「詩人の恋」の聴きどころのひとつとなっている。
第2部
『啄木短歌集』より(石川啄木作詞/高田三郎作曲)
高田三郎は、1913年、名古屋に生まれ。東京音楽学校に学び、日本の旋律をテーマとした作品をその創作の基本と定め、作曲活動を始めた。1954年を境に、高田の創作の中心は声楽作品へと移って行った。日本語の美しさを基調とし、誠実な人柄が滲みでる高田の声楽作品は多くの共感と支持を得、その後合唱団のレパートリーに欠かせない傑作の数々が生まれている。
@やわらかに
A頬につとう
Bいのちなき
C不来方の
Dはずれまで
Eあめつちに
F浜辺の歌(林古溪作詞/成田為三作曲)
G荒城の月(土井晩翠作詞/滝廉太郎作曲)
H赤とんぼ(三木露風作詞/山田耕筰作曲)
I城ヶ島の雨(北原白秋作詞/梁田貞作曲)
プロフィール
吉田章一(よしだ あきかず)Britone
鳥取大学教育学部卒業。広島大学大学院学校教育研究科修了。声楽を小松英典、西岡千秋、佐藤晨、吉田征夫、平野弘子の各氏に師事。ソロ・コンサート、ジョイント・コンサートのほか、モーツァルトやフォーレのレクイエム、バッハのヨハネ受難曲、ヘンデルのメサイア、ベートーヴェンの第九等のソリストを務める。オペラでは、モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」に出演。特に2002年の国民文化祭オペラ公演「ポラーノの広場」では、主役のキューストを歌い圧倒的な成功をおさめた。昨年の再演では、更にバージョンアップしたキューストを歌い、全国レベルで通用する風格を見せた。また、特筆に価するのはドイツリートに対する造詣の深さと演奏力の高さである。既にCDリリースされているシューベルトの「冬の旅」は、高く評価されている。現在、淀江小学校勤務。鳥取オペラ協会理事。
兼田恵理子(かねだえりこ)Piano
武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業。新田恵理子,コッホ・幸子の各氏に師事。アザレアのまち音楽祭においてはアザレア室内オーケストラと共演の他,ソロリサイタル等で参加している。現在,後進の指導にあたるとともに,声楽,器楽の伴奏者として各地で演奏活動を行っている。倉吉市在住。鳥取オペラ協会ピアニスト。
ディレクターのコンサート案内
吉田さんは、鳥取県を代表するバリトン歌手であり、最もキャリアを積み上げ、音楽人はもとより多くの皆様から敬愛される音楽家です。実力のほどは衆目の知る所であり、あえて言いませんが、どうしても申し上げたいことがあります。それは、小学校の先生という非常に煩雑な教育現場にいながら、第一線の演奏家として活動していることです。学校に勤務する音楽専門の教師は全国に大勢いますが、演奏活動をライフワークにする人は稀です。その原因は、学校の環境にあります。学校以外の仕事をすることを、たとえアフターファイブであっても由としない風潮があるからです。個が確立しない社会人が蔓延する現代にあっては、芸術という自己主張を、何らかの組織の中で行うことに嫌悪感を持つ習性があるのでしょう。そんな中で、吉田氏のような芸術家を育む事の出来る職場に恵まれたのは、素晴らしいことです。鳥取県の宝といっても過言でない演奏家を支える職場が存在することに、私は感動しています。
今回のコンサートは、シューマンの歌曲と日本歌曲のカップリングです。シューマンの「ミルテの花」は、やはりバリトンで聴きたいものです。「詩人の恋」は、ハイネの諧謔的な詩をどう表現するかが聴きものです。そして二部の日本歌曲は、ある意味でもっとも難しい歌唱かも知れません。聴衆は、どうしても言葉の意味にこだわりますから、より音楽的な表現の強さが求められるからです。吉田さんの「冬の旅」のような深い洞察力と表現力があれば、なぜ日本人がこのような歌に心惹かれるのか分かるはずです。