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ドゥダメルとシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ

 

カーネギーホールでは今年11月から12月にかけて、ラテン音楽フェスティバルの一連で、様々な催しが行われた。その最後を飾るのが1210日・11日の、グスタボ・ドゥダメル指揮、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(以下、シモン・ボリバル)のコンサートだ。

ドゥダメルはベネスエラ出身の天才若手指揮者。現在31歳。その若さですでに名門ロサンゼルス・フィルの音楽監督。ドゥダメル指揮のコンサートはこれまでにロサンゼルス・フィル、イスラエル・フィル、ウィーン・フィルを見たことがあるが、18歳から28歳までのベネズエラの若者で構成されるシモン・ボリバルはまだ見たことがなかったので、私はこのコンサートをどうしても見たくて随分前からチケットを購入し、楽しみにしていた。なにしろあのドゥダメルを育てたベネズエラの音楽教育エル・システマから生まれた若者たちのオーケストラ、シモン・ボリバルがニューヨークにやってくるのだ。

ラテン音楽フェスティバルなので、10日も11日も演目は中南米出身の作曲家の現代音楽で、一般にはなじみのない曲ばかり。しかし前評判は抜群で当然チケットは売切れ。カーネギーホールのロビーは開演の随分前から老若男女が押し寄せ、人でいっぱいだ。ラテン音楽ということで観客はいつもよりスペイン語を話している人が多い。そして普段はクラシック・コンサートにあまり来なさそうな若い人も。逆に、観客の中でいつもはよく聞こえるロシア語が聞こえなかったのが特徴的だった。

まず10日のコンサート。時間になって楽団員入場。そのあまりの数の多さに驚く。バイオリンは第一・第二を合わせて48人、ビオラとチェロはそれぞれ約20人、ダブルベース(コントラバス)は14人、木管楽器・金管楽器・打楽器で約40人。総勢約140人もの演奏者がカーネギーホールのステージを埋めている。こんなに人数が多いのは初めてだなあと思う。メンバーは意外に男性比率が高くて女性は3割程度。さすがベネズエラ、きれいでかわいい女性が多い。

曲によって管楽器や打楽器等の人数はだいたい決まっているが、弦楽器の人数は多くも少なくも裁量で幅を持つことができる。特にシモン・ボリバルは、弦楽器に普通のオーケストラの2倍強という多くの人数を投入している。ぱっと見て、舞台右手に大きなダブルベースが並木ようにずらっと並んでいて迫力がある。指揮者の前には譜面台が置いてない。ということは、ドゥダメルはこんなマイナーな曲も暗譜で指揮をするのだ。彼にとってはいつものことだがよく頭に入るなあと感心する。

前半はラテン出身で現代音楽の巨匠、Carlos ChavezSinfonica indiaというリズミカルな12分間の曲と、Julian OrbonTres versiones sinfonicasという3楽章のコンパクトな曲。3楽章目が短くてハイテンポで気に入った。後半はSilvestre RevueltasLa noche de los Mayasという4楽章からなる30分くらいの曲。ストラヴィンスキーの「春の祭典」を思わせる感じで、フィナーレはアグレッシブなパーカッションで、迫力満点で終わる。

観客から大きな声援が飛び、拍手喝さい。アンコールが3曲。観客はまだ帰ろうとしない。あちこちから大きな口笛がヒューヒュー飛ぶ。最上階の一番後ろの方から若い人たちが声をそろえて声援を飛ばす。こんなことは普段のクラシック・コンサートでは見たことがない。そしてドゥダメルがもう一度出てきて、最後にもう一曲、シモン・ボリバルといえばこれ、バーンスタインの「ウエストサイド・ストーリー」から「マンボ」。シモン・ボリバルが07年に英国BBCのプロムスで演奏した時の「マンボ」の映像は、Youtubeで、世界で百万回以上もダウンロードされ、一躍シモン・ボリバルの名前を世界に広めた。

「マンボ」が始まると観客は、待ってましたとばかりに「ウォー」と声があがる。リズムに合わせてチェロ軍団が楽器をくるくる回す。バイオリン軍団も立ち上がってスィングしながら演奏する。「マンボ!」の声で一斉に全員が立ち上がる。トランペットも楽器を回したり振ったりしながら、みんな楽しそうに笑顔いっぱいだ。観客も、もうのりのりですでにロックコンサートのような雰囲気。大歓声。一階席は総立ち。私も立ち上がって拍手。あれがシモン・ボリバルの「マンボ」か、やっぱり楽しくていいわぁ、と大満足。

翌、11日のコンサートは前半の一つはEsteban Benzecryという中南米出身で70年生まれの若手作曲家が08年に作ったChaac from Rituales Amerindiosという10分間の短い曲。Chaacとはマヤの水の神様のことだそうで、水がわき出て流れるような自然を感じる曲だった。曲が終わるとドゥダメルに連れられて、作曲者本人が舞台に上がってきて挨拶。現代曲は作曲家が生きていてこうして会えるところもいい。彼のいくつかの作品は近年世界の著名なオーケストラや演奏家に演奏されているらしい。

2曲目はHeitor Villa-LobosChoros No.10という曲で哀悼の曲。これには合唱がつく。今日もシモン・ボリバルは140人くらいステージに出ている。それに加えて合唱団Westminster Symphonic Choir(ニュージャージー州Rider UniversityWestminster Choir Collegeの大学生と大学院生で構成)の約140人がその後ろに加わった。合唱団用に後ろのスペースを空ける為に、前日にもまして楽団員の一人一人の空間が狭くなっていた。ステージは満杯だ。指揮者の台は収まりきらないので観客席に一部飛び出すようにステージの中央に特設の壇ができている。

バイオリンは特に人数が多くて隣と隣がかなりくっついていて、よくあんな狭い空間で演奏できるなあと思った。右隣の人が弓や体を大きく動かして演奏する時、自分の顔を弓で突かれそうで、私なら怖くて落ち着いてバイオリン弾けないけどなあ…彼らはプロだし慣れているのだろうけど、そういう事故はないのかしらんとか思いながら見ていた。

中休憩が終わって、後半はAntonio EstevezCantata criollaという曲。これにはテノールとバリトンの独唱及び合唱団がつく。この独唱の二人だけは特別出演で中年の男性だった。曲の最初は西欧音楽風で始まって、途中からラテン風に変わる個性的な構成。この日の演目で前半の2曲は、ドゥダメルは楽譜を見ながら注意深く指揮していたが、後半のこの曲はとても難しい曲だと思うが、ドゥダメルはまた暗譜だった。

終わって大きな歓声と拍手。最上階の席の観客がベネズエラ国旗を掲げているのが見える。アンコールは3曲。この日は2曲目が「マンボ」だった。昨日にも増して観客は大騒ぎで私の隣に座っていた女性は体をゆらせながら、聞いていた。もっとアンコールをとせがんで観客は手拍子。3曲目は題名を私は知らないが聞き覚えのあるラテン曲で、途中でドゥダメルが観客の方を振り返ってどうぞ一緒にという感じで合図すると観客が一斉に口ずさみ始めた。スペイン語の歌でみんなが良く知っている曲らしい。観客はまたのりのりで興奮の渦。

12月のクリスマス・シーズンで外は木枯らしが吹くというのに、カーネギーホールはステージの若いエネルギーと観客ののりで爆発。明るくて熱いコンサートだった。これからのクラシック音楽界の有望な未来を感じさせるものがある。ドゥダメルとシモン・ボリバルのコンサートは、日本では2008年に東京と広島で行われたが、次に日本でコンサートがあるときは是非お勧めだ。