海外こぼれ話 140                  

 

誕生日にセミナーの依頼があった

 

7月に突然にセミナー依頼があり、それはなんとドイツでは有名なコンサルタント会社が主催する権威あるセミナーの基調講演の依頼であった。たまたまその日が私の誕生日であり、14年ぶりに日本で家内と一緒に祝おうと今年最初から予定して、帰国するようにしていた日であった。このセミナーは2日間の入場料が、日本円で20万円もする超高額なセミナーと工場見学がセットになっていた。このセミナーに参加するのは、経営者クラスの人がほとんどであり、商売の宣伝には非常に良い機会だったので、日本に帰国しないで居残ることにした。面白いことに飛行機代と宿泊費用は出すが、講演料はタダでやって欲しいというリクエストがあり、これは慣わしだというので渋々承諾した。

講演のテーマは何かと問い合わせたら、「次の危機にあなたはどう対処するか?」というものだったので、すぐに承諾の返事を出した。11月までは随分と時間があったが、ストーリーをすぐに作成してノートに書き写しておいた。90分の講演なので、40から50枚のスライドを使ってやればよいことは今までの経験で承知している。この内容から参加者が何を期待するか、逆にこのタイトルから気づいて欲しいことを紙に描いてストーリーを考えることにした。考えるには素面よりも、ワインの力を借りた方が断然いいアイデアが出るのは昔からの体験でもある。早速アイデアのメモを描いて壁に貼り出して、ノートに整理しておく。2ページほどにまとめ上げて、「人財育成」(人材→人財のタイトルは、12月に訪問したトヨタの九州工場にも掲げてあった。質問したら最近変えたという)として講演のストーリーを作ることにした。すぐにやってしまうのがミソであり、間際になってからやると、よいものができないのは常である。

そのストーリーからスライドを作成する時は、カレンダーの裏などを使って、A5サイズの紙にイラストや漫画を描いておき、ストーリーの流れに沿っているのかとアパートの壁をキャンバス代わりにして、何度も並べ替えたり差し替えたりして完成させていく。それが出来たのは10月末であったが、土日の2日間で合計54枚のスライドの原紙を書き上げた。それを通訳に送信して翻訳をしてもらうようにした。日本語のコメントを書き上げて、パソコンに入力したらなんと12時間も掛かった。というのは、私の文字は綺麗に書いたつもりでも時々判読が不可能なものがあるので、一度パソコンに入力するのである。54枚の原稿を読み上げたら、4730秒だった。これをドイツ語で通訳が翻訳して話をするので、1.5倍の時間が掛かることで換算すると72分となるので、スライドの量はこれでよいと判断した。あと適当にアドリブを入れれば80分の講演ができるはずだ。あと10分は質疑応答に当てて、合計90分の講義だという。

 

11年ぶりの再会

 

セミナーの前日に会場のホテルがあるミュンヘンに飛んだ。そのホテルはミュンヘンの中央駅のすぐそばにあったが、IPhoneのナビ機能を使ったらとんでもない回り道になってしまった。ホテルは“SOFITEL”という名であったが、昔の宮殿を改造した5つ星クラスのホテルであった。フロントで名前を記入する時に、「明日が誕生日だけど何かしてくれますか?」と質問したが、「考えておきましょう。」とさり気ない返事だけだった。部屋に入るとBOSE製のステレオセットがあり、IPodが使えるようになっていた。でも実際にセットしてみるとまったく作動しなかったが、この辺がいかにも電気に弱いドイツを垣間見せてくれる。その他のステイショナリーグッズなどは、立派なものであった。

晩ご飯はセミナーの事務局の担当からすべて無料なので、ホテル内のお好きなものを食べて下さいと指示があった。あちこち探してみたが適当なものがなく、軽いもので済ませることにした。しかし22時半から、関係者が集まって顔合わせをしたいという事務局からの依頼があり、せっかくなので夜が遅くなるがお付き合いをすることにした。フロントの後ろにあるバーに行くと、禿げ頭でニコニコした顔が「マツダサン」と声を掛けてきた。なんと彼は11年前にG社で改善担当をしていたCさんだった。このセミナーに私を推薦したのが彼であったと初めて知らされた。Cさんも11年前のことを良く覚えておいてくれたものだ。2年くらい訪問していたが、私の印象は強烈であったらしい。Cさんはその後すぐに転職してコンサルタントになり、ドイツで有名なコンサルタント会社の社長になっていた。世の中はわからないものであり、11年前のこともよく覚えていてくれたものだ。このコンサルの世界の種撒きは、いつ芽が出るか本当にわからないものだ。これまでは4年間が最長の冬眠期間であった。その他に事務局のメンバーやセミナーの発表者など、10人ほどで賑やかに話し込んだ。ある人はバナナジュース入りのビールを3杯もお代わりをして飲んでいたが、これが実に美味いという変人はどこでもいるようだ。

 

時間通りの発表

 

朝食は5つ星のホテルであり、非常に豪華なものでむしろ晩ご飯よりも良かったほどだ。しかし簡単に済ませて部屋に戻り、講義の内容に何度も眼を通した。30分前に会場に行くと、発表者用に一番前に席が取ってあった。軽い緊張感が久しぶりに走る。私以外の発表者は、45分の発表そして10分の質疑応答になっていた。発表時間の45分間は、発表者の前に時計が仕掛けられて残り時間が一目わかるようになっていた。さらにCさんが中央の真ん前にいて、残り時間を知らせる札を、7分、5分、3分、1分と出していた。どの発表者も強制的に時間を守っていた。

いよいよ出番だ。久しぶりのネクタイ姿だったので、ネクタイを題材に枕詞にしてスタートする。身近なところから参加者の興味を引き寄せる。上着やネクタイを外し、壇上のフリップチャートに漫画やグラフを描いたり、壇上から降りて最後尾まで行って質問やクイズを投げ掛けたりする。まるで舞台で芝居をしているかのようにして、「人財育成」の重要性と必要性を説いていく。最後のスライドが終わったら、予定の80分に対し時間ピッタシの7930秒であった。笑いを誘うことも雰囲気作りに大切だ。他の発表者は、壇上でただ立って話をするだけなので、刺激や面白みがなく眠くなってしまうことが多い。

やる気を量るには、話を聞いた実際の時間と腹時計(感じた時間)の比較をしてみることだ。90分の発表に対して、どれくらいに感じたかを訊ねてみた。あっという間、10分、30分、60分など色々返ってきたが、30分が一番多く実際に短く感じたようだ。大拍手であった。すぐに主催者のLさんがすぐに飛んできて、来年も是非お願いしますと講演の依頼を受けた。このセミナーは毎年ゲストの発表者は代わるのが恒例になっていたが、非常に感動したので特別にお願いしたいということであったが嬉しいことだ。

 

エンジン工場に工場見学

 

昼からは3つの工場で見学会があり、それぞれの場所に分かれて移動することになった。大型エンジン製造工場のMAN社に行くことにした。ミュンヘンから60km離れたアウグスグルク市にあり、ディーゼルエンジンを発明したディーゼル氏が初めてエンジンを作った工場であった。工場見学の前に、45分間の工場概要の説明があった。その時に私がコンサルしているトレーラー会社の改善の素晴らしさの話が出てきた。

説明が終わるとすぐに、発表された製造部長のOさんに訊ねた。「工場見学したのか?」「いいえ、先輩のSさんから何度も聞いていた。そして、マツダサンのことも聞いていた。」と返事があった。Sさんは、元MAN社の取締役で、2年間トレーラー会社の取締役として招かれていた時に出会っていた人であった。SさんはMAN社のトラック事業部にいた頃に出会ったことがあり、トレーラー会社で出会った時に、お互いが顔を見詰め合ったことがあった。そのSさんの後輩が、この製造部長のOさんだったという訳である。なんと世の中は狭く縁があるものだと、またまた痛感することができた。

工場見学をすると、古い建物が目に付いた。1882年などと建物に表示してあり、この工場自体が文化財になっていて、勝手に外観を修理することができなく、文化庁にすべて申請しなければならないという面倒な工場でもあった。しかし工場の中は数年前から改善活動が行われており、鋳造や切削などの金属加工する現場にしては、非常に綺麗に整備されていた。この工場の社員食堂は、ドイツで一番美味しいと評価されたという。そこはモダンな食堂であった。

この工場の製品は、発電用や船舶などの大型のエンジンで、注文は1台がほとんどで量産が出来ない一品ものを生産していた。設計に半年間掛けて行い、組立は10日間で組上げるという。説明する人は現場の管理職だけではなく、一般従業員も行ってくれたが、日本の小集団活動の発表のようであり懐かしく思い出した。質疑応答も誠意あるものであり、非常に好感を持つことが出来た。

 

誕生日祝い

 

帰りはそのままホテルに帰るのではなく、参加者全員が晩ご飯を兼ねてホテルから数百m離れているブルワリーの地下室にあるレストランで食事会をするようになっていた。このブルワリーは500年間も続いているという。地下室に階段を何段も降りていくと、蒲鉾上の半円の大きな部屋が3つもあった。昔ビールを貯蔵していたらしいが、暖房が余り効いていない少し肌寒いが、ビールを飲んで暖かくなれということらしい。メンバーが集まり、それぞれ好きなビールを注文する。丸太を半分にしたベンチには、5人くらいが座ることが出来向かい合わせで10人ほどが1つのテーブルを囲むことに成っていた。

分厚い板のテーブルには、既にハムやチーズそして野菜の入ったオードブルが入った大皿がジョッキの上に載せてあった。乾杯になった時に主催者のLさんが、大ジョッキを2つ持ってきた。その中にはローソクが点灯していた。それを渡してくれた。そしてその周囲いた200人くらいが、一斉に“ハッピーバースディー”の歌を歌ってくれた。お礼に参加者の皆さんに、一人ずつ乾杯(グラスを合わせるだけ)して回った。普通500ccのビールは2杯しか飲まないが、小宵は4杯目の半分まで口にしてしまったほど気分上々だった。

お開きになって歩いてホテルに戻ると、部屋にはシャンパンと誕生日専用の大型の板チョコが用意されていた。昨日のフロントマンは、さり気なく気を利かしたようだ。おまけにマネジャーからの手書きの手紙も添えられていた。チョコは食べられないが(甘いものはダメ、ホント饅頭怖いです)、シャンパンはウキウキしながら飲んでしまった。

翌朝からまた各社の発表が続いていた。夕方の飛行機を頼んでいたので、最後の発表は聞くことが出来なかったが、それでも合計8つの改善事例を確認することができた。変わった発表では、銀行の事務業務や軍用機の製造というものがあり、色々な業種でも改善が展開されていることがわかった。社員をはじめ企業人が企業でやることは、@原価を低減する、A自分、会社そして製品の価値を上げるという2つに集約されるものだ。以前はモノづくりをしていた製造業だけに改善は展開されていたが、モノづくりの定義が段々広くなってきており、今やアニメ作りも現場ではモノづくりと呼ぶようになってきている。だから改善が今や製造業以外にも展開されているわけである。後から聞いたら、「私の講演が非常に良かった。」と多くの人が朝食会場で盛り上がっていたという。これが商売につながるとこちらが嬉しくなってしまうが、まあ余り期待はしないで“果報は寝て待て”である。

 

またまた講義を連発

 

トレーラー会社は私の改善のモデル工場でもあるが、彼らが要求するセミナーの講演のテーマは非常に内容が厳しいものである。彼らはインターネットで色々調べて、わからないことをテーマに取り上げたり、今問題になっていることのヒントの提供を求めたり、毎回のようにテーマが異なる。今回は「品質」についてであったが、サブテーマが合計で15もあった。それも2つのチームに分けて講演をして欲しいとのリクエストも来た。

1つのチームは、工場長から一般社員まで全部署からの参加があり、80名以上もなるので工場内の施設では間に合わないので、隣の敷地にある大型レストランで催すという。並々ならぬ品質の問題があるのかと想像してしまう。サブテーマを詳細に検討しながら、これも数日掛けてシナリオを作成し原稿を練ったら、何と20枚以上にもなってしまった。これを2時間半で話をすることになる。この工場は時間にうるさく、1分でもオーバーするとブーイングになるので、少し伸びる時には数分前に了解を取る必要がある。

事前に用意したスライドを上映し始めたら、余りにも大勢の人だったので、後ろの席では見えないことがわかり急きょスライドなしの講義に変更した。フリップチャート(模造紙)を使いながら、大きな文字やイラストを使い、他社の事例や例え話などを盛り込みながら、「品質」の重要性を説いていく。ここで最も納得できる事例が、「1001=0」の算式である。たった1つのミスや失敗がすべてをゼロにしてしまうことを示唆する事例の算式を冗談ビデオで見せると、全員が一発で納得できる。これには笑いの中にミスが許されないことを、強烈に伝える要素が入っている。これも医者の処方箋と一緒で、使うタイミングが非常に重要であるが、それはライブ経験の賜物である。すぐにチーム編成して活動に取り掛かった。工場長はまた新たな気づきで、ノートが一杯になったと嬉しそうに評価してくれた。恐らく何度も聞いているはずだが、聞く場面のシチュエーションやタイミングが変われば、以前馬耳東風のような感じだったことも必要な情報になっていくものだ。こちらも同じ表現ではなくよりわかりやすく伝わりやすいように、例題や例え話の組み方や伝え方なども少しずつ変えていっている。日々企業努力することはどの世界も一緒だと思う。コンサルタントの世界は、売るものがモノではなく、ましてやソフトでもなく、ただの言葉だけなのである意味大変な商売である。

翌日の2つ目のチームは30人ほどで、参加者は完全に製造現場のチームリーダークラスの人たちだったので、また急きょ彼らのレベルにあった内容にその場でアレンジして説明を加えていった。何度もワークショップを経験しているメンバーであったが、今回のテーマはすぐに原因や真因が発見しにくいテーマ内容に果敢に取組んだ。10年以上訪問しているが、改善すべきところはレバルが高くなればなるほど発見できるものだ。トヨタがいう「問題がないことが、不安になる心境になる。」ことが、この工場も段々そのように近づきつつあるようだ。やはり今回は短時間では解決できないようであり、次週まで継続して取組むことになった。

 

行き着けのワイン屋で買占め

 

帰りは行き着けのワイン屋があるボッホム市に行くことにした。事前に電話を入れておくと、お勧めのワインを用意してくれる。そのワインの講釈を聞きながら試飲して、購入するワインを選んでいくというちょっとした贅沢気分を味わうのである。日本ではこのようなことがほとんどないので、是非考えてもらいたい。店に行くと主人のAさんが、いつものハエ男宜しく手をスリスリして出迎えてくれる。今日は、珍しく白ワインをまず紹介したいという。スペインワインには本当に珍しい白の良いワインが手に入ったと曰く因縁を説明し、いよいよ試飲だ。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。これには少し桃の香りも入っているなどと詳細な説明が入っていく。爽やかな飲み口と喉越し、さらに口内に残った味がまろやかであった。お勧めは2本ゲット!だ。

次のワインは赤ワインだ。このブドウの木は世界で残り1本になった木を大事に育てて、その畑だけにしか収穫できないという非常に貴重なワインだという。それをさらに樽の内面を程よくローストした樽に漬け込んだという。開封すると非常に濃厚な赤色で、グラスに注いだ瞬間に芳醇な香りが飛んできたほどだ。グラスを何度も回してさらに香りを楽しむ。口に含むとローストした香ばしさと濃厚なブドウの味が渾然一体となって、口の中でフラメンコを踊っているであった。思わず6本買い上げ!と言ってしまった。これは旨い!