グローバルに生きる
近年、グローバル人材の養成が焦眉の課題と言われている。日本国内だけでなく国際的な場面で活躍する人材が求められ、一部の企業では社内公用語を英語にしたり、従業員は英語検定試験のTOEICで一定以上の得点を求められたりしている。
しかし、英語よりなにより、まず大事なのはグローバルに生きる心構えだ。それは個人が生きる上での自分のプリンシプルをしっかりもつことだと思う。プリンシプルというのは日本語でいうと、主義、信念、原理、原則、方針などにあたるかと思う。私は、まず正直に生きることを基本としていて「人にどう思われるかより、自分が自分をどう思うか」を大事にしている。
私は88年から米国に在住し、90年からニューヨークのマンハッタンで米国の大手の監査法人KPMGで専門職として働き始めた。そもそも私が日本で大学を出たころは、短大卒は20歳くらいで卒業して5年間くらい働くからいいけれど、大卒女子は2−3年働いたら結婚してすぐ辞めるからと言われて、企業に嫌われるような時代だった。
とにかく私は男性と同じように働きたかったが、そういう職場には恵まれなかった。親も私の周り人たちも、私の考え方や行動にうなずく人は多くはなかった。今でこそ、大卒女子も就職活動をして正社員の職を求めるのが当たり前になったが、80年代前半ごろの風潮としては大企業に入れないなら就職せずに、アルバイト職員として大企業に入って、よい結婚相手を探そうとする大卒女子も少なくなかった。
当時私は日本でくすぶっていた。米国に出ることになったのは留学がきっかけだ。それまで米国旅行をしたことはあったが、米国に住んだことはなく、日本生まれの日本育ちだったので、米国で就職まで考えていたわけではなかったが、結果的にニューヨークで良い就職先を見つけることができ、以後、長く米国在住となった。
私は日本にいたころは全く別の職業分野にいたので、米国に来て、一から勉強して会計や税務をすることになったのは大転換だった。米国で職を見つけるにはその分野が有利だったからだ。日本では一つのことに長い時間をかけてその道のプロになるということを良しとし、短期間でころころ方向転換をすることを良しとしないところがあるが、私は全く気にしなかった。時代の流れに合わせてすばやく方向転換する方が良いと考えていた。それまでの業績を捨てるのは少しもったいなくもあったが、それよりも米国で新しい世界に飛び込む喜びの方が大きかった。
日本は島国で諸外国に比べて、歴史的にかなり単一な文化・民族で構成されている。協調性を求められることが多く、強い個性は嫌われがち。けれども国際的な場面では、日本の「常識」は「井の中の蛙の常識」であることを思い知らされることにたびたびでくわす。特に米国は移民国家だ。個々人の「常識」など通じないことが多い。発想の転換も必要だ。
たとえば、日本で正解には○をつけ、間違いにはXをつけると決まっているが、米国では正解に○をつけるという習慣はない。正しいものに✔マーク、またはXをつけるというのが米国流。テストで先生は生徒が書いた回答が正解であれば✔マークを付け、間違っているものはここがおかしいというところを○で囲んで印をつけたりする。それで、返還されたテスト用紙をパッと見るとまるで日本と全く逆で、正解にX、間違いに○がついているように見える。
いろんな場面で、人にどう思われるかなどといちいち気にしていたら、前へ進めない。とにかく自分はどう考え、どうしたいのか、相手に何をどうしてもらいたいのか、相手にそうしてもらうためにはどう説得すればよいのか、そして自分はどういう行動をとればよいのか、考えざるを得ない。
英語が苦手な人でも米国で暮らし始めると、必要に迫られて、苦情を言う英語は多くの人がすぐにうまくなる。なにも言わなければそれで満足と思われてしまうのだ。何か相手に苦情を言って、多少ましになって、相手に ”Are you happy?” と聞かれる。これは「あなたは幸せですか?」なんて聞かれているわけではない。「あなたはこれで満足ですか?これでいいですか?」と聞かれているのだ。Happinessは求めなければ得られないのだ。
日本では衣替えという季節のしきたりが残っていて、風流でもある。米国では同じ日にTシャツを着て歩いている人もいれば厚手のセーターを着て歩いている人もいる。遺伝的にも育った環境的にも個々人の快適温度がかなり違う。個々人が自分の基準で行動するので、ばらばらだ。
ある米国在住の日本女性から聞いた話。日本帰省時に姉の家に4月初めに滞在したときのこと。春だというのにとても寒くて震えるような日で、姉に冬のコートを貸してくれと言ったところ、姉は「4月に冬のコートを着るなんておかしい。人に変だと思われるから貸さない。」と断られた。「でも寒いから貸して。」「いや、貸さない。」でけんかになって、無理やりひったくって借りたそうだ。これは日常の小さなことだけれども、外国で暮らしていると仕事面でも生活面でも、さまざまな種類のカルチャー・ショックにいろんな場面で出くわす。
自分のプリンシプルをしっかり持っていないと、ハッピー(満足)になれない。もちろん相手を満足させることも大事だけれども、外国で複数の他人のプリンシプルに沿って今後ずっと生きられるわけではないのだから、他人のものさしではなく、自分のものさしで生きること、自分のプリンシプルを大事にして自分に自信をもって生きることが、グローバルに生きる上での心構えとして極めて大事だと思う。