52回 ニューヨークの風 肥和野佳子

「日本の入院生活、米国の入院生活」

 

日本の父親が病気で入院し、しばらく私は日本に帰省していた。その間に広島大学病院の医師や看護師たちと多く接する機会があり、大変興味深い経験をした。日本の医療は米国と比べると、とにかく安い。それなのにかなり質が高い。患者にとってこういう状況は世界で誇れると思う。まあそれは、勤務医やその他の医療関係者の過酷な勤務体系や報酬体系によって支えられているのだろうけれど、やはり患者にとってはありがたいことだ。

 

父親は消化器系の病気で手術をすることになり、手術日の二日前から入院。医師からだいたい入院期間は3週間と言われていた。同じ病気の場合、米国の病院なら入院は手術日の早朝からで、入院期間はおそらく1週間、長くても2週間だと思う。父親は手術後、合併症を起こしてしまい、予定よりもかなり入院期間が延び、結果的に米国では考えられないような日数、入院していた。十分回復するまで入院できたのはやはり安心だった。

 

統計によると米国の病院では入院患者の平均入院日数は5日間程度。なにしろベッド代がばか高いのだ。私の夫がニューヨークのべス・イスラエル病院に入院した時は、保険適用前の満額では二人部屋で一泊なんと5千ドル(45万円)くらいだった。保険で2割負担としても高い。広大病院ではベッド代は一人部屋で1万円、特別室で2万円。米国のことを思えば、特別室でもただみたいに安く感じる。

 

米国では救急車で運ばれるなど緊急の場合ではなく、普通に診察をして手術が必要ということで手術をする場合は、医師は患者が加入している健康保険会社から事前に手術の許可と入院日数の許可をとらなければならない。査定が厳しいので不要な手術はできないし、入院日数も最低限に抑えられる。もちろん必要に応じて入院日数は延長できるが。

 

広大病院には入院病棟の各階にデイ・ルームと呼ばれる部屋がある。そこで比較的症状の軽い入院患者が朝・昼・晩の病院食をとることになっている。病気の重い人や個室の人は自分の部屋で食べる。デイ・ルームにはテレビや雑誌が置かれていて、休憩場所としても使われている。これを見て私は、こんな食堂みたいなところに来て食べたり、のんびりしたりすることができるほど回復した人が、まだ入院していることができるのだなあと思った。

 

米国の病院は原則的に急性期の患者しか入院させてくれないので、回復期に入ればもう追い出される。結構たいへんそうな状態でも退院させられるので、自宅で家族など面倒をみてくれる人がいればともかく、一人暮らしの人はいったいどうしているのだろうと不思議に思う。訪問看護の看護師や介護をしてくれる人を家で雇ったり、療養施設に入る人もいるのだろう。加入している健康保険にもよるが、こういうケアは年間一定の日数までは保険が適用になる。

 

広大病院はなにかと便利にできている。病院内にコンビニのような売店があるし、レストランはもちろん、美容院、理容院まである。すべてのトイレがウォシュレットになっている。反面、消耗品の類がケチくさいと思った。米国の病院では入院するにあたって必要なものは病院から配布されるので家から持っていくものは特別ないが、日本ではパジャマ、タオル、歯磨きセット、箸やスプーン、ティッシュ・ペーパーなどいろいろ自分で持っていかなければならない。タオルくらいは病院のものをふんだんに使わせてくれればよいのにと思った。そもそも病室にペーパータオルが設置されていないので、手を洗うとき普通のタオルを使わねばならない。衛生面を考えると病院でこそペーパータオルで毎回手を拭いて使い捨てにすべきだろうにと思った。

 

日本の看護師はとても働き者で仕事の範囲が広いなあと思った。薬の投与、体温・血圧など定期的なバイタル・チェック、患者の体拭き、食事の手伝い、トイレの世話など多種多様な仕事をする。米国の場合は看護師の管理下にメディカル・アシスタントがいて、看護師ほどの専門性がなくてもできる仕事はメディカル・アシスタントがするので、看護師は薬の投与と患者の病状の査定にかなりの程度専念できる。ちなみにメディカル・アシスタントは資格が必要で、専門学校によって1年から1年半くらいの期間で卒業でき、資格試験に合格しなければならない。

 

広大病院の看護師に看護助手はあまりいないようですねと尋ねると、「ほかの病院ではもっと看護助手を使っているかもしれないけれど、この病院では看護師がほとんどの仕事をすることに決められていて、看護助手はベッドのシーツ交換などで数人雇っているだけ。」とのことだった。

 

日本の病院では誰が医師で誰が看護師か見た目ですぐわかるのは便利だ。看護師は白い看護師用のユニフォームを着ているし、医師は白衣を着ている。米国の病院では看護師は全員スクラブ(Vネックの手術着のようなユニフォーム)を着ていて、医師は白衣のこともあるがスクラブを着ている時も多いので、パッと見ただけではいったい誰が医師だか看護師だか、メディカル・アシスタントだかわからない。

 

日本で長い間入院しているとすっかり看護師たちとも顔なじみになり、いろんな話もするようになり信頼関係も深くなる。米国の病院ではあまりにも入院日数が短いので看護師は投薬して回るばかりで、患者といろんなコミュニケーションをとったりして信頼関係を築く間もないという。一定の期間入院していれば自然に患者の家族関係もわかるし、退院後の問題などもある程度予測がつく。米国の看護師は患者の家族関係など知る由もないのだろうなあと思う。

 

退院後のことと言えば、米国の病院の外科医は原則的には、切るのが仕事で外科手術をするだけだが、日本の外科医は患者が退院したのちも定期的に外来で診察してくれて、必要があれば化学療法や緩和ケアもするそうだ。米国の場合は、外科手術が終われば患者は内科医やプライマリー・ケアの家庭医に返される。がん患者の場合ならオンコロジスト(がん専門医)が化学療法や緩和ケアをする。広大病院の消化器外科の話では、消化器内科でも化学療法をやるし、消化器外科が消化器内科の患者に化学療法をすることもあると言っていた。日本では臓器別に縦割りになっていて、オンコロジストは日本にはあまりいないらしい。

 

日本の医師はローテーションがきびしいようだ。父親の主治医は土曜も日曜も病院に顔を出す。聞けば事実上休暇は夏休みだけという。週末休んでも、手術したばかりの患者の様子が気になったりするから結局病院に行く方がいいのでと言っていた。日頃とても一生懸命診察してくれて、説明も詳しくて、とても優秀で好感度が高い医師だ。こういう医師たちが激務で燃え尽きてしまわないように、大切にしたいものだ。