今月の執筆者
佐々木委世子
「野心のすすめ」
六月某日、昼休憩終了間近に気付いた着信履歴。慌てて返信するとN女史から「十五日締め切りの」「?」「リレーエッセイ」何たる不覚。「明日から留守にするので、十六日には」と回答したものの、エッセイ…。書き始めると「作文」にしかならず、時刻は夕方。急ぐのは夕飯。いやいや出発の準備。まずは書店へ。
片道六時間。長いようで実は嬉しいたった一人の時間と空間。好きな作家の新作にするか、文庫にするか…。そうだ。これ。林真理子著「野心のすすめ」。彼女の名前は知っているけれど未だ読んだことはない。なぜ。
きっかけは二つの新聞記事。最初は、子育てについてのインタビューの一節。「(略)子育てで自分が変わったという人がいますが、それは成長ではなく癒し(略)」「癒し」この二文字に自分を否定されたような衝撃。数日後、新聞に「野心のすすめ」の書評。「すがすがしい人生訓(略)とりわけ、四十代の母親から「二十代の娘に読ませたい」という反応もあるという(略)」
読んでみるか。
往路。
本を開いたものの、彼女の野心の自叙伝(と私は思った)に反発しながら読んでいく。逆境をバネに、高い目標に向かって努力し続けるその人生観は確かに素晴らしい。だけど、全ての人が彼女のような富と名声を得られるわけじゃない。仕事を辞め、専業主婦を選んだ私の人生は失敗か。「癒し」の文字もちらつきながら悶々として読み進んだ第四章。
『野心と女の一生』
ページを開くと、文字に吸い込まれるように(内容は直接本を読んでください)。「結婚や子育てで成長することは否定しないが、仕事での成長の非ではない。」ほら、正しくあの「癒し」?否、これは、私にとってのメッセージ。四章最後「仕事や結婚、子どもを持つことの意味を含めた優先順位を若いうちから考え続けなければならないのが、女性にとっての野心のあり方だと思います。」
三十年前、専業主婦となった私。でも職業を持ち続けた母が羨ましい。収入があるから。仕事をし、収入を得ることは、「自分」に対する評価であり、「自立」だと思うから。でも「仕事」だけが全てではない。五十代、今の私。家族のこれからを想い、母の生きがいであるバレエ教室を想いつつ仕事に向かう。娘たちが自立した六十代、私の夢を叶えるために。これが私の野心。
帰路。
本は読む人によってとらえ方は様々。まして時代が変われば…。ともかく、この一冊、隣席の二十代の娘へ。
締め切り間近。焦って娘の部屋で向かうも既に三日。いくら読み返しても思うように書けないこの文章力のなさ。やはり林真理子はすごい。比べる方がおかしいか(笑)。
N女史、明日送信します。