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NYの郊外通勤列車

12月1日にNYの郊外通勤列車メトロノースのハドソンラインの列車が脱線事故を起こし、大きなニュースになった。

機関車1両、客車7両の8両編成で、乗客約150人、死亡4人、負傷者63人。スピードの出しすぎで大きなカーブを曲がり切れず、車両が大きく脱線し横転。先頭車両はもう少しで川に落ちるところだった。日曜の朝7時20分頃という乗客数の少ない時間でましだったが、もしこれがウィークデーに起こっていたら大惨事になっていただろう。

NY郊外のウェストチェスター地区には優良な住宅地や評判の良い公立学校がたくさんある。マンハッタンに住む独身者は、結婚して子供ができると郊外で一軒家を購入し、そこからマンハッタンに通勤してくる人が多い。日本人駐在員家庭もウェストチェスター地区在住者が多い。家からもより駅まで車で行って、駅の駐車場に車を止めて、この通勤列車に乗ってマンハッタンのグランド・セントラル・ターミナルまでやって来る。

メトロノースにはマンハッタンから北に延びる3路線があり、東側はニューヘイブン・ラインと呼ばれ、コネティカット州方向へ行く。中央はハーレムラインと呼ばれ、日本人駐在員はこの沿線に最も多く住んでいると思う。西側がハドソンラインで、比較的日本人は少ないが、Tarrytownに日立アメリカがあり、ときどき日本人を見かける。

実は私はこのハドソンラインの列車にはとてもなじみがある。昔、NY郊外の生活をしてみたくてCroton-on-Hudsonという町に1年半ほど住み、そこからマンハッタンに毎日通勤していたことがある。通勤時間に90分くらいかかるので残業が多い仕事だと通勤がたいへんで、引っ越してまたマンハッタンに舞い戻ったが。

それと、現在は米国企業のクライアントから期間的なプロジェクト仕事を請け負っていて、Tarrytownにあるその企業のオフィスへ行く為に、私はこの列車を今年4月後半から12月第1週までほとんど毎日のように利用していた。多くの人は郊外からマンハッタン方向への通勤だが、私の自宅はマンハッタンにあるので逆方向の空いた列車に毎日乗っていた。

ハドソンラインはニュージャージー州を対岸にハドソン川沿岸を走る。かなり川に近いところを線路が通っていて、いつもそれを見ながら、こんなに川の近くを走っているのに堤防も柵もないし危険ではないのかなあ?洪水のとき大丈夫なのかなあ?万一列車が脱線して川側に倒れたら車両が川に落ちて死ぬなあと思っていた。

しかしまあ、訴訟社会の米国で特に何もしていないということは、ハドソン川は川幅が広くて日本の川のように狭くないので多少水量が増えても洪水になることはないのだろうなあ、川のごく近くを線路が走っていても直線が長いだけだから列車が脱線する可能性は低いのだろうなあとも思っていた。

しかしこうして事故は起こった。列車はやはり先頭車両とそれに近い車両は事故の時、乗客は死亡や大けがになるリスクが高い。マンハッタン方向への列車は終着駅のグランドセントラルに到着する時は、先頭車両に乗った方が出入口に近いので多くの乗客は先頭に近い車両に乗りたがる。だけど私は、日本で過去に電車が終着駅の車止めで止まりきれず突っ込んだ事故とか、数年前のJR福知山線での脱線事故の教訓で、先頭車両近くは怖いと認識していたし、人が少ない車両でゆっくり座って新聞を広げたかったので、いつも後方の車両に乗るようにしていたが、それで正解だなあと思った。

メトロノースの列車は通勤列車だが、日本のような混み方はしない。3人席の真ん中に座るのがいやで立っている人もたまにはいるが、ラッシュアワーでもたいてい座れる。定期券や一週間券などを持っていない人は、乗車する前に切符を買うが、駅に改札はない。本数は少なくて、時刻表を見て乗る列車を決める。掲示板にどの列車は何番線から出るか表示されるので、それにしたがって列車に乗る。すると車掌が回ってきて検札する。車掌は前方・後方・中央の3人だ。切符を持たずに列車に乗ることもできるが、列車の中で買うと割増し料金になる。

ちなみにマンハッタンのグランド・セントラル・ターミナルは「ターミナル」であって、「ステーション」とは呼ばれない。終着(始発)駅でこれより先はないからだ。欧州のターミナル駅と同じで、列車が入って来るトラックは櫛状になっている。マンハッタンから郊外へ出るときは列車の先頭は機関車だ。しかし逆に郊外からマンハッタン方向へ戻るときは、機関車が最後尾で車両を押して進む。この時、先頭車両には運転席があって機関車をリモートコントロールで操作する。

新聞報道によると、郊外からマンハッタンに向かっていたあのハドソンラインの運転士は大きなカーブにさしかかったのに、うとうと居眠りをしていて、ブレーキをかけるのが間に合わず、あのような大きな脱線事故になったらしい。機関車が先頭で運転士が乗っている時はこういうときの為に危険を知らせる警報システムがあるそうだが、機関車が車両を後ろから押して動かす時は、警報システムは使えないそうだ。

私は毎日のようにこの列車に乗っていたのに、列車のメカには無知で、マンハッタンに戻るときは機関車が最後尾で車両を押して進んでいるとはこれまで気がつかなかった。そもそも機関車が車両を後ろから押して進むこともあるなんて知らなかった。マンハッタンを出るときはディーゼル機関車が先頭であることは気が付いていたが、逆方向の時は普通の電車みたいなのが先頭なので、ディーゼルではなく電車なのだろう、この路線はディーゼルと電車の両方が走っているのだろう、ハイブリッドなのかなとか思っていた。

ところで、ハドソンラインはハドソン川をはさんでニュージャージー州の対岸が見えて風光明眉な路線だ。特に秋は紅葉のパノラマが続き、とても美しい。そしてハドソンラインはロマンティックな路線としても有名である。ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ主演の名作映画「恋に落ちて」の舞台になったのは、このハドソンラインのDobbs Ferry駅からマンハッタンに通勤する既婚の男女が、列車で出会うロマンスだ。あのあたりは落ち着いた住宅地で人気がある。

メトロノースのハドソンラインの線路には、米国内を走る長距離列車、アムトラックの列車も本数は少ないが走っている。ハドソンラインは途中の駅で終わりだが、アムトラックの路線はその先もずっと続き、カナダのモントリオールまで行く。列車での旅行はけっこう不便なので、米国ではあまり一般的ではなく、飛行機か車が普通だ。ニューヨークに来るまで列車や地下鉄に乗ったことがなかったという米国人もいる。飛行機には慣れているけど、列車に乗ることはめったにないので、子供たちは列車に乗るとえらく興奮するそうだ。

それに比べると日本はなんと列車天国なのだろう。沖縄を除いて鉄道が日本中張り巡らされており、とても便利。新幹線は本数が多い時間帯では5分おきに出たりする。日本帰省中に電車に乗れば「ただいま3分遅れで運行しております。ご迷惑おかけします。」と車掌が丁寧にアナウンスする。「3分くらいたいして迷惑でもないではないか、そもそも3分くらいで、なんでアナウンスするの?」と思った。

メトロノースが時々乗客に無料で配布する小冊子には、当月の列車の時刻表通りの運行率が掲載されていて、87パーセントとか書かれているが、6分未満の遅れでの運行率と注意書きが書かれている。すなわち6分未満の遅れは遅れとはみなされていないということだ。私が乗っていたラインはいつも6分くらい遅れて目的の駅に到着していた。あんなに毎日遅れるなら最初から時刻表をその時間に書けばいいのにと思っていた。そんなものだ。日本の鉄道がいかに正確で便利で先進的か、外国に住んでいるとよくわかる。