「土足文化の米国」

 

NYの我が家は土足だ。米国人と結婚していても奥さんが日本人だと、玄関のドアを開けたところで靴を脱いでスリッパに履き替えるスタイルにしている人もいるが、我が家の場合はもともと夫が住んでいたアパートに私が転居してきたので最初から土足だ。

 

土足といっても外で履いていた靴をずっと家でも履いているわけではない。家に帰ると楽なサンダルなどに履き替えるのが普通だ。靴を脱いで特に何も履かずソックスのまま家の中を歩く人もいる。当然ソックスは汚れるが気にしない。米国ではスリッパは原則的に寝室で履くものという感じで、家庭にもよるがリビングルームで履く人は少ないと思う。

 

私は家の中ではMephistoのサンダルが気に入っていてここ数年間そればかり履いている。Birkenstock のサンダルもよい。値段が高いけれど足の健康を科学的に研究して作られているので、足にフィットして履き心地が良いし、頑丈にできているので長持ちする。毎日履いていたら、いつの間にかカールしていた足の指先がまっすぐに延びたし、タコもなくなった。

 

米国人の夫は家に帰ると寝室で靴を脱ぎ、私が日本で買ってきたユニクロのスリッパに履き替える。それでどの部屋も歩いている。何も履かずにソックスだけの時もあるし、夏は暑いので素足の時もある。床は絨毯を敷いている所と板間のままの所もあり、もちろん全部土足だから素足で歩くと足の裏は汚れる。だけど気にしない。

 

私は米国生活が長いのでなんとも思わなくなったが、初期の頃はこの土足文化には結構抵抗があった。米国人はこんなふうに土足の床に平気でソックスや素足のまま歩いたりするし、土足の床にぺたっと座ったり、寝転んだりもする。汚いとはある程度わかっているのだろうけど全く気にしないようだ。椅子の上を靴を履いたまま乗りあがったり、ベッドに寝転ぶ時も靴を履いたままだったり。

 

ベッドといえば、日本でもホテルでベッドカバーがベッド全体にかけてあって、さらに足元の方にベッドカバーとは色が違う帯のような布がかけられているのを見かけることがあるだろう。あれは何だろう、単なるカラーアクセントかなと思って、寒い時などに襟もとにかけたりしてはいけない。あれは、靴を履いたままベッドに寝転ぶときに靴でベッドを汚さないようにかけられているものだ。

 

日本のホテルにはたいていスリッパが用意されているが、米国内のホテルにはたいていスリッパがない。靴を脱いでリラックスするときはソックスのまま部屋を歩き回るのが普通だ。だけど私は日本人。それはなるべく避けたいので、米国内のホテルに泊まるときは、日本のホテルや飛行機でもらった使い捨てのスリッパを持参することにしている。夫もそれに慣れて私のまねをしてスリッパを持参するようになった。

 

米国では玄関に下駄箱というものはない。靴はどこに置くかというと寝室のクロゼットの中の床に置く。どこの家でもクロゼットは作り付けで、洋服をたくさんつって、その下に靴が置いてある。たくさんの靴を置けるように2段か3段の靴棚を置くこともある。日本的な感覚で考えると、服をつっている所と同じ空間に靴を置くなんて汚いのではないかとか、靴の匂いが服に付くのではないかとか思うだろう。私も最初そう思ったが、気にしないことにした。みんながそうしているのだから、それでいいのだろうと。実際、履いた直後の靴をクロゼットに入れなければ、別にたいして靴の匂いが服に付くということはない。

 

米国は家の中が土足なので、当然、犬は家の中で飼われる。犬だけ外で生活するように犬小屋が庭にあるという家を見かけることがない。犬は人間と同じ屋根の下で、夏は冷房冬は暖房のきいた室内で家族の一員のように生活している。近年は日本でも家の中で犬を飼う家庭が増えてきたが、犬の土足は気にしなくなったのだろうか。

 

米国人の赤ちゃんは土足の家をはいはいして育つ。赤ちゃんが普段いる部屋には赤ちゃんが動く範囲にきれいな赤ちゃん用のカーペットを敷いたりするが、赤ちゃんの行動範囲は事実上それでは済まないから赤ちゃんの服はすぐ汚れる。日本人の友人から聞いた話だが、彼女が大学生の頃に米国人の家庭でベビーシッターのアルバイトをしていた時、赤ちゃんをベビーベッドで昼寝させる為に靴を脱がそうとしたら、赤ちゃんの母親が「あ、靴は脱がせなくてもいいの。この子はお昼寝の時は靴を履いたまま寝るの。」と言われてびっくりしたそうだ。

 

生まれた時からそんな感じで育つから、土足の床が汚いという感覚が日本人よりかなり低い。日本人の中にはえらく神経質で、電車の床や、レストランの床などにカバンや紙袋などを絶対置かないという人もいるが、米国人は当然のごとく置く。大学のトイレでは学生はトイレの床に平気でむき出しのままの教科書を置いたりする。

 

米国在住の日本人家庭では夫婦とも日本人の場合、たいてい家の中は土足にしていない。玄関先に靴を脱ぐ場所を作って、そこでスリッパに履き替える。お客さんが来てもスリッパを出してそれに履き替えてもらう。日本人はそれに全く抵抗がないが、そういう日本文化を何も知らない米国人だと、スリッパを出しても土足の靴を履いたままスリッパを履こうとしたり、靴を含めてトータルファッションだからとスリッパを断ったりすることもある。

 

家を土足にしていない日本人から聞いた話だが、洗面所の修理の為に配管工が家に来て、靴を脱いでスリッパに履き替えるよう言うと、「これは安全の為に履いている靴だから脱ぐことはできない。」と言われ、しかたなく彼が歩く範囲に新聞紙を敷き巡らせたと言っていた。私はなにもそこまでしなくても、ちょっとくらい土足の人が歩いてもいいではないかと思った。

 

 日本人が土足を厳禁にするのは、ベッドで寝るスタイルではなく、畳の上に布団を敷いて寝たり、畳の部屋にちゃぶ台を置いてぺたっと座って食事をする場合があるので、床や畳が清潔であることが重要なのだろうと思う。しかし、ベッドで寝て、テーブルで食事をする米国の生活では、あまり神経質になる必要はないと思う。気にしていたらきりがないので、郷に入れば郷に従えの精神で、ある程度土足を受け入れる方がいいと思う。