海外こぼれ話 153              

 

ハンガリーのセミナー

 

 久しぶりにブダペスト市内にある商工会議所のセミナールームで、トヨタ方式のハンガリー版のセミナーが開催されることになった。昨年は7回もハンガリーでセミナーや現場改善などが行われたが、今年になって担当者が替わったことやハンガリーの経済状況の不振で、めっきりと回数が減ったのは残念である。訪問回数が減ることは、美味しいワインや料理そして素敵な風景を見る機会が少なくなることに直結しているからだ。

今回のセミナーは、連年通りのタイトルであったが、毎年のように市場環境は変化している。その変化していることも考慮しながらセミナー参加者の皆さんには、有効な情報提供をしていきたいと考えているので、配布したテキスト以外にもフリップチャートや改善事例の写真集やさらにはビデオもその都度最適なモノを提供している。当日ホテルで遭遇したバカバカしいホテルマンの対応に怒りを、セミナーへのエネルギーに変えていくことにした。

 朝9時スタートであったが、その準備のために40分前に会場に到着したが、既に受付を済ませてテキストに目を通している人たちが数人いたのは驚きだった。意欲満々の態度が伺い取れるので、こちらもモチベーションがさらに上がっていく。すぐに関係者との挨拶を終えて、フリップチャートに今日のセミナーの内容の一部をイラストにして記述しておく。マジックインキの色も黒、赤、青に加えて緑の4色を使う。「マジックインキ」というのは、1953年に商標権ができて某企業の商品名になっているが、これも化学調味料が「味の素」と一緒のことである。実際に使っているのはハンコのメーカーのシャチハタ製のラインアートという商品であり、インキの匂いがとても感じが良く、1本で2oの細描きから6oの幅広い字も書けるので、これを最近は常用している。

 

遅刻がなく時間通り開始

 

 毎回このセミナーには、遅刻者が何人かいたが今回は全員が時間内に席に着かれた。ハンガリー時間というのがあって、特にオペラでは7分遅れが当たり前になっているそうだ。今回はやる気のある人たちの参加のようだ。最初に商工会議所の担当のエバさんからの挨拶があった。その挨拶の言葉の中に、スティーブ・ジョブスの言葉の引用があった。彼が2005年にスタンフォード大学の卒業式にスピーチした「ハングリーであれ、愚直であれ」の一節の紹介をエバさんが紹介をした。たまたま今回訪欧する飛行機の中で「ジョブス」という映画が上映されており、ジョブスの半生記を紹介した映画を観る機会があった。本当はセミナーの話を別なことを話しようと準備していたが、「ジョブス」に関する話を取り込んでスタートすることにした。実は以前にも彼の本を読んでいた予備知識もあり、すんなりと話題に入ることができたのは幸いだった。

 2007年に押しボタンがないというガラス板の携帯電話(いわゆるスマホ)を発売したが、当時は誰もそれで電話が出来ると思わなかった。むしろ押しボタンがたくさんある方が良いという風潮もあった。でもジョブスのこだわりは、押しボタンをなくしシンプルにするという考えを貫き通し、3年で世の中を一変させることができた。映画には紹介されなかったが、彼は道元の禅の思想をかなり取り込んでいた。禅だけでなく、寿司も大好きであった。その当時にNOKIAは世界の携帯電話のシェアが40%もあったが、NOKIAの社長はこんな携帯電話は流行らないと宣言して開発をストップさせた。そのため現在のシェアは10%以下に激減し、買収される危機も生じている。トップの決断の恐ろしさを教えてくれるなどと話を展開して、本題のトヨタ方式の話に導いていく。

 話の導入は大切であると考えている。特に主催者側の導入の話の中から一つでも、話の展開をすると主催者側も参加している側も共通の話題になることで、親しみが湧き導入が容易になってくる。これは経験知である。だてに落語の枕詞を「あっはっは」と、笑って聞いているだけではなく、いかに本題にスムースに導入が出来るかをいつも考えている。これは日本だけでなく、欧州でも一緒であることは興味深い。笑いは世界共通のパスポートだと思う。

 

セミナーを楽しんでもらう

 

 朝9時から夕方の5時までの8時間、実質6時間余のセミナーなのでやる方も聞く方も大変であるが、聞くだけではなく実際に少しでも会社に帰ってから1点でも実践してもらいたいのが本音である。そのために緩急を織り交ぜて、要所要所は繰り返し説明しながら、頭にしっかり入れてもらうために、あの手この手奥の手、猫の手、孫の手まで使ってインプットしていく。リズムを作る、オンとオフを明確にする、規律を作るという点も念頭に入れて置く。そして大切なのは、一方的ではなく双方向のコミュニケーションを取りながら話を進めていくことである。そのために多くの質問を投げ掛けることもヒントである。

それを仕掛けるには、まず時間の規律を作ることであると考えている。次の休憩は何時何分、スタートは何時何分で、遅刻したら「ハンガリー・ラプソディー」を歌ってもらうと宣告しておく。これは誰でも知っている曲である。しかしドイツでは、最近ゲーテが作詞しシューベルトが作曲した「野薔薇」を知らない若者が多くいて、この歌を指示してもダメになってしまったので、別な曲を選定中である。

そして改善事例、ビデオ、フリップチャートそしてクイズも多用して、セミナーの中に変化を入れながら進めていく。セミナーは私にとっては、舞台である。舞台役者であると考えている。同じことを分かってもらうにも、物語で伝えることと言葉だけで伝えることは全く大違いである。物語風にアレンジをして、それに感情移入して伝えていくと、聴衆(参加者)にも確実に伝わっていくものだ。ゆるキャラの「ふなっしー」や「くまモン」ほど派手ではないが、舞台で所狭しと動き回ることもある。今回はフリップチャートも20枚も描いていた。またトヨタ方式といっても、最終的に話をするのは自分自身の人生観や人間性になってしまう。だからこそ普段から人間力を、より一層高めておかなければならないと感じている。今回は特に若い女性が多かったせいか、いつも以上に張り切ってしまい、汗びっしょりになってしまった。張り切ったお蔭で暑くなり、窓を少し開けて冷気を入れていたら、あとで風邪を引いてしまった。

セミナーは全員から今日の感想などを、聞くことにしたが概ね大好評であった。3人の若い女性グループが最後尾にいたが、聞いてみると3人ともコンサルタント会社の社員だという。3人とも可愛くてスラリとしているが、会話をしてみると本当でコンサルが出来るか心配だったが、何のコンサルをしているかは聞き洩らした。一番前にいた女性は、日本の車のメーカーS社の社員で、この話は会社にいる4千人の人に聞かせたいといっていたが、どうなるか楽しみだ。中には以前2回、公開セミナーと3日間の改善をした企業からも来ていたことが分かった。ハンガリーには9年くらい前から既に30回近く訪問しているので、そのような企業もあるのも不思議ではない。以前ドイツの空港でハンガリーの某社長もばったり会ったくらいだ。またエバさんからは、お土産としてハンガリーの香辛料を数点とハンガリー民謡のCDをもらった。前回は長さが50cmもあるサラミをもらったが、食べきるのに数か月もかかった厄介ものだった。もらう立場も考えて欲しかったくらいの不満が残っていていたが、今回は何とか処理の出来る範囲であった。欲を言えば、南ハンガリーの赤ワインがベストだ。

帰りは空港まで通訳のキッシュさんに見送ってもらった。空港内で時間があったので、免税店を覗いてみた。興味あるのは酒だけである。ハンガリーしか入手できないような酒や焼酎を探すが、容器を見ているだけでも楽しい。時間を潰してデュッセルドルフ空港まで2時間のフライトだ。忘れていたが、来る時の乗務員が非常に美人だったということを思い出した。携帯で撮影したが、手が震えてぶれてしまったほどだ。これほどの美人は、ルフトハンザ航空で二人目であった。時々神は目の保養をさせてくれるようだ。しかも彼女は非常に丁寧な対応をしてくれたので、さらに眼だけはなく心まで満足をした。帰りにも期待したが、それは欲張りというものであった。

 

テキストをもっと見やすく工夫

 

最近テキストを書く機会が非常に増えてきた。このために綺麗にイラストを描くにはどうしたらよいか、それ合わせて試行錯誤してきた。色は黒、赤、青、そして緑の4色を基本にして、余り多くの色は使わないようにした。そして細線は、パイロット社製のVペンを使って特に文字を書くようにした。さらにそれより太い線は、ペンテル社製のサインペンのこれまた同じ4色を用いるようにした。この両者は完全に乾かすことが条件であり、少し焦って書くと線が滲んでしまう欠点があるので注意を要する。綺麗にトレースするために、これも色々と悩んだ。

まず窓ガラスに原紙を貼り付けて、それから別の紙にトレースする方法は非常に疲れることと夜は外が暗くて書けないことものも欠点であった。そこで、厚さ5oの分厚いがラズ板をガラス屋に行ってA3サイズのモノを発注した。なんと4000円もしたが、ガラス代よりも周囲を加工する方が高かった。そのガラス板に豆電球やLEDランプを点けて見たが、効果は余り良くなかった。

そこで学生時代を思い出し、トレーシングペーパーを原紙の上に載せて描くことを試みた。これは非常に見やすく作業もしやすかった。ただし1枚が16から18円もするので、非常に高価である。しかしこれらを天秤にかけると、最も優れた方法はこのトレーシングペーパーであった。これで一気に作業が進み、このトレースしたものをすべて通訳の基に集めることした。

今年ドイツで本を出版する計画もあり、そのイラストもこれらの中からそのまま使えることもあるので、さらに色の使い方や配色も考えて描くようになってきた。日本でも海外こぼれ話以外にコラムなどを書いているが、日刊工業新聞社様で連載している2本は、2枚のイラストも自分で描いているので、ちょうど良い練習にもなっている。言葉で100文字を使って説明するよりも、1枚の絵やマンガで表現する方が相手に伝わりやすいものだ。でもそれを1枚に集約して的確に表現することは難しいが、これも訓練だと思う。幸いドイツではコンサルタントで話も出来て絵も描ける人はいないようなので、この特技を活用したいと思っている。

 

ホテルを変えてみた

 

いつも通っている工場はいつものホテルが定番であるが、時には事前予約をしていても、セミナーや結婚式があると断われることもある。お互いが商売なので、あまり無理も言わないで他のホテルを利用することも良いこともあるものだと他の展開などを期待してみることもある。今回はその状況になった。幸いなことに、そのホテルはいつも通りがけに見ているホテルであった。傍から見るとテニスコートやサッカーの練習会場があるので、てっきりスポーツセンターと勘違いしていた。今回はそのスポーツセンター兼ホテルに宿泊することになった。駐車場から玄関までは20数mもあったが、それはテニスコートがあったからである。ホテルのフロントは、レストランやスポーツジムの受付と兼用になっていた。ジーンズを穿いた若い女性が受付をして、部屋まで案内をしてくれたが、途中はスカッシュのコートが3面もあり、2組が練習をしていた。スカッシュのコートは現物を初めて見させてもらったが、今はもう体力がなくまったく関心もない。部屋に入ると非常に広い部屋だった。しかもダブルベッドが2つも並んでいた。値段表を見ると、一人だと49ユーロで本当に格安の部屋であった。インターネットも無料で、コーヒー(銘柄は日本でもお馴染みのスイスのN社のもの)や紅茶も無料で、水もボトルで2本も置いてあった。

しかもポットまで用意されており、ドイツには珍しいサービスの良さだった。夕食は他のレストランが近くにないので、このホテルのレストランを使うことにした。食事は食べて見ないことには評価もできないのである。メニューを見ると、有名な某修道館のビールが置いてあったので、早速このビールを頼んだ。食べる方を見ると何かメニューが限定されていたので、少々心配になったが、ソーセージがあったのでホッとした。ビールもソーセージも期待通りに美味しかった。テレビはちょうどヨーロッパカップのサッカーの試合を中継していたので、他のお客様も食事をしながら見ていた。ドイツ人は一人部屋でサッカーの試合を見るのではなく、大勢で見たい習性を持っているようだ。ゴールが決まれば皆さんで大騒ぎをし、ビールもすぐに空いてしまうそんないい関係がドイツ人にあるようだ。

 

セミナーの珍事

 

何時も訪問しているV工場は、いつも1ヶ月前からセミナーのテーマを紹介してくれるが、今回のセミナーは4日前になってようやく届けられた。いつもの担当者が入院しており、代理人が担当したので要領を得なかったらしい。ただし、3日間のセミナーの内容がまったく異なり、何の関連性があるか問い合わせしても、工場長が出張だったりして回答が当日の朝になって分かった。この工場は以前からこのような突然のテーマ設定をして、即興でもセミナーを開催して欲しいというコンサル泣かせの工場であるが、逆に鍛えられていると考えて、断ることなくいつも笑顔で対応させてもらっている。

始まる30分前に工場に出向いて、すぐに工場長との面談があり、その関連した趣旨をようやく理解できた。しかしすぐにその第一日目のセミナーに対応する必要があった。テーマは、設計開発から製造までの流れ、作業安全、そして物流と製造の流れの3つであったが、根底にはリードタイムの短縮によるコストダウンのテーマであった。わずか15分の事前打ち合わせであったが、一気に趣旨と狙いが分かった。頭の中ですぐにアレンジをして対応しなければならず、久しぶりに頭が高速回転することになった。

しかも工場長からの数々のキーワードも盛り込む必要もあったので、メモを見ながらそれも100分(予定は90分)のセミナーにちりばめていった。内容が非常にマッチしていたようで、拍手大喝采であった。設計開発メンバーも目からウロコが取れたようで、イキイキとした顔になっていた。2日目は、作業安全に関する講義であった。ちょうど日本で「ヒューマンエラー」に関する6時間のセミナーを開催したばかりであったので、それを90分用にアレンジして講義を行った。この辺のどんぶり勘定は得意中の得意である。

朝一のセミナーが好評であり、すぐに昼のシフトのマイスターやチームリーダーも参加したいとの要請が来たので、すぐに了解した。朝は50人、そして昼は40人の参加があったが、いつも安全を最優先にしていることが皆さんの参加意識に現われてきたことを嬉しく思った。ここでまた同じネタなのに、まったく違う枕詞で導入していった。朝と昼の講義を聞いていた製造部長は目を丸くしていた。タイトルは同じでも導入とストーリーは全く違っていたので、当惑しただろう。しかし最後まで話を聞くといいたいことは全く同じであったこともようやく理解をしたようだ。

彼らはこれらの講義をすべてビデオに収録して、あとですべての内容を文章化して、テキストにしたり、マニュアルにしたりしているので、色々な角度で作業安全の重要性を認識してもらえればよいと思う。この日も工場長からの10分間狙いについて話があり、そのキーワードも講義の中にちりばめて話を進めていったので、製造部長は大喜びであった。ただし当初所要時間が90分のところを、10分延長しての100分になってしまった。感情移入が始まると次々とセリフが湯水の如く湧いてくるので、時間制限が難しくなっていく。自分自身でもよくセリフが湧いてくるものかと不思議だと思う。講義を聞いていた参加者は全員が眼の色を爛々と輝かせていた。やる気になった眼は本当にイキイキとして、現場に出て改善を始めた。

翌日の物流と製造のテーマは、どのような役割分担にすればお互いが最も効果的になるかというテーマであった。これはイラストを丁寧に描いて説明することで、彼らの疑問を氷解させて、さらに考え方の納得を得ることができた。頭の言語のイメージと絵で解説を付け加え、さらに例え話や事例を追加することによって納得しやすくなる。これも実は私自身の勉強にもなっている。