第63回
「スキーの思い出、日本と米国」
現在ソチ冬季オリンピックの真っ最中。毎日見ていたら、自分がスキーをよくしていた頃のことを思い出した。近年、日本ではスキーは若者の間であまり人気がないらしく、スキー場は経営に苦労していると聞くが、私が20代だった頃は特に若者は猫も杓子もスキーに行くと言われていた全盛期。まだスノーボードなんて存在していなかった。
私が初めてスキーをしたのは大学1年の冬休み。女友達と二人で斑尾スキー場にバスツアーで行った。今思えば、大胆にも二人とも全くの初めてで、現地でレンタル・スキーして、スキー・スクールに入ればいいやと思っていた。しかし、スキー・ブーツの履き方もわからず、スキーの付け方もわからず、宿の人に教えてもらって、なんとかスクールに入って、プルーク・ボーゲンだけ覚えた。
スクールを終えて、のんきな私たちは簡単そうなゲレンデを降りて行った。なんとか行けるねーなんて思っていたら、斑尾はスキー場がすり鉢状になっていて、宿があるところに戻るには最後にリフトに乗って上がらなければならない。リフトに乗るのも生まれて初めて。雪がまだリフトの高さまで十分積もってなくて、雪の坂が作られていて、スキーを横付けしてエッジを立てながら坂を登らなければリフトまでたどり着けない。だけど全くの初心者の私たちはエッジを立ててスキーを横にしてちょこちょこ昇ることがうまくできない。少し上がったかと思えばズズズっと滑ってしまって、見かねたリフト係りの男性が私たちの手をひっぱって、なんとかリフトのある位置まで昇ることができた。
それから蔵王に行った。この時は最初からきちんと習わなければと思い、大学生協で最初からスキー・スクール付のバスツアーを選んだ。都内のいろんな大学の学生が集まっていて、女子は相部屋で他大学の人とも仲良くなって楽しかった。4泊5日だったのでけっこうみっちりトレーニングされてシュテム・ボーゲンでだいたい回れるようになった。蔵王は樹氷がきれいで温泉もあって趣があってとても気に入った。
その後、信州地域では志賀高原、野沢、白馬八方。上越地域では苗場、石内、湯沢。北海道はニセコ・アンヌプリ、ルスツ、札幌国際。マイナーなところでびわ湖バレイに行った。なかでも私が一番好きで、思い出深いのは志賀高原。ここはなんといっても広くてスキーバーンの数が多く、あきない。もっとうまくなりたいと思って、スキー・スクール付のバスツアーで志賀高原に行って、パラレルをなんとかマスターし、中級コースならだいたいどこでも、上級コースなら、ゆっくりとなら降りられるようになった。
志賀高原のジャイアントの上の方は超怖かった。まだうまくないのに、スキー・スクールのインストラクターが、私たちを連れて、こぶこぶのところを行かせる。その時、上の方は、がりがりのアイスバーンになっていて、「ひえー、こんなのとても無理!」と言っても押し出される。私はこぶがうまく回れず、ころんで20メートルくらい大きく滑り落ちて行った。「リフトの人たちにしっかり見られてたよね。かっこわるぅ。」とか思いながら、起き上がって、その後、こぶこぶをなんとかゆっくり回りながら下まで降りた。そのあとは簡単なところをインストラクターを先頭に、トレインで飛ばしてすごくうまくなったよな気がして気持ちよかった。
こぶこぶといえば白馬八方。黒菱というゲレンデも怖い。毎回「よし、いくぞ!」と気合を入れて一つ一つのターンに集中しないとうまくいかない。その時、思ったのだが、スキーのいいところは、スキーをしていると、目の前の次のターンをどこでどんなふうに回るかに意識を集中させることで、すべてを忘れることができることかなと思った。山の上は雪の別世界。下界の日常のこと、いやなことも、何もかも忘れて、目の前の雪と格闘し、そして、真っ白な世界、強い光、青い空を楽しむ。
米国での初めてのスキーは、なんとカリフォルニア。大学1年の春休みに西海岸に2カ月滞在という学生ツアーの際、連れて行ってもらった。ロサンゼルスから車で2時間くらいの所に小さなスキー場があった。2月ではあったが、ロサンゼルスは暖かい。ちょっと海辺に出ればビーチで日光浴をしている人やサーフィンしている人がいるのに、こうして山に行けば影側にちゃんと雪が残っていて小さいながらもスキーができる所があるなんてと、とても驚いた。ほんとに小さなスキー場でリフトは動いておらず、オート・ロープが一本あるだけだった。スキーとブーツをレンタルして、スキーパンツなんて誰も持ってきてなかったから、日本人学生はみなジーンズで滑った。
ニューヨークに住むようになってから、初めて行ったのは、バーモント州にあるストラットンというスキー場だ。勤務先の同僚数人とマンハッタンから車で片道6時間くらい。宿はコテージ形式で、グループごとに一軒ずつのタイプだ。スキー場はまあ日本とたいして変わらない普通のデザイン。だけどどこへ行っても空いていて、リフト待ちすることはないし、ゲレンデも人がまばら。雪質は重くていまひとつ。アイスバーンも多い。そしてかなり気温が低くて寒い。
次に行ったのは同じくバーモント州のキリントンというスキー場。ここもストラットンとたいして差はない。同じような感じで空いていた。そして当日は特別だったのかもしれないがえらく寒くて、上に行くと手がしびれるほどの寒さで、こんなところでとても滑っていられないと、そうそうに降りて、下のゲレンデでゆっくりする。日本のような春スキーで暖かい日に、ちんたらのんびり滑るという雰囲気はみじんもない。考えてみれば、北海道より緯度は高いところにあるのだから、山の上はすごく寒くても当たり前だよなぁと思った。それから日本でのようなアフタースキーのお楽しみは全然ない。ストラットンでもそうだったが、スキー場のそばには何もなくて、宿泊施設があるだけで地味な感じ。まあ温泉がないのは当然だが、もう少し華やかさがほしいところ。
カナダに近いニューヨーク州北部にあるレイク・プラシッドのスキー場にも行った。レイク・プラシッドは過去に2度も冬季オリンピックが開催された名門スキー場。きっとすごいところだろうと思って行ったら、拍子抜け。ゲレンデは平凡だし、雪質は重く、がりがりのアイスバーンも多くて滑りにくい。その日は特別に雪質が悪かったのかもしれないが、その他のスキー場のことも勘案し、どうやら日本のスキー場の方がいろんな点でずっといいらしいと気がついた。もっとも、米国で人気のスキー場はコロラド州で、米国北東部ではない。コロラドのスキー場には行ったことがないので、どんなスキー場か、どんな雪質かもわからないが、米国のスキーヤーの間では評判はいい。
その後、ニューヨークのマンハッタンからでも週末に気軽に行ける郊外のハンターマウンテンというスキー場にも行ったが、特別なことはなかった。ここはそれほど北ではないのであまり寒くなかったし、都会の近くということで、多少の華やかさもあった。どこのスキー場でもそうだが、リフト代が日本より高いなと思った。そして日本では多くの若者がスキーをするが、米国北東部ではやろうと思えば結構近くにたくさんスキー場があるのに、ほんの一部のスキー好きの人がスキーをするだけなのだなと当時思った。
現在の日本ではスキーブームは通り過ぎて、多くの若者がスキーに行く時代ではなくなってしまったようだが、スノーボードは人気があるらしい。オリンピックでもスノーボードの競技が毎回増えているのに驚く。北海道のスキー場は外国人でいっぱいだと聞く。北海道の雪質の良さは世界トップクラスであることは間違いない。昔は東京から札幌に往復するだけで普通なら5万円くらいかかるが、航空会社の北海道スキーパッケージでいけば、ホテル宿泊が2泊ついて、スキーバスもついてその料金になるので、スキーをしない人までスキーパックで北海道に行く人もいた。
北海道の雪はほんとにパウダー・スノーでさらさらしていて滑りやすい。雪が結晶のままで落ちてくる。「え?これって雪の結晶?ほんとに雪印のマークのままだ!すごい!」小さいけどはっきり肉眼で見える雪の結晶がスキー・ジャケットについているのを初めて見て感動した時のことを思い出す。長野のスキー場でも雪が結晶のまま落ちてくるのを何度か経験したことがある。こんなにいい雪があるのに、日本人がスキーをあまりしなくなったのはもったいない。スノボもいいけどスキーもいい。