ツイッターで日本と交流

 

私がツイッターを始めたのは3年半前くらいだ。それまではミクシィを結構やっていた。ツイッターは1回で140字までしか書けないので、短すぎて書きにくいなと思っていた。最初は時々読んだり書いたりする程度だった。ツイッターを頻繁に使うようになるきっかけになったのは2011年3月11日の東日本大震災の時だ。

 

私は夜型人間でいつも深夜遅くまで起きている。テレビ・ジャパンという日本語放送を見ていると日本でマグニチュード9.0の大地震があったと言う。日本とニューヨークの時差は14時間。ちょうど夜中の1246分。あまりに大きく広範囲の地震。そして巨大な津波。テレビ・ジャパンは予定の番組を変更し、ずっとNHKのニュースを流し続けた。こんな大きな津波の生映像なんて人間の歴史上初めてのことだろう。

 

私はツイッターでNHKのニュースで流れる映像で見たもの、聞いたことなどを連続してつぶやいた。テレビ映像では、津波で川が急激に増水していて危険な状態なのに、のんきに川をのぞいている人たちが写っていた。ツイート「何してんの、早く逃げなきゃ!津波が来ているのよ。川のそばから早く離れて!」仙台の名取川流域の田園地帯にがれきを巻き込んだ大きな津波がすごいスピードで進む映像。ツイート「あんな早いスピードで津波が押し寄せるなんて。あのあたりの人たちはちゃんと逃げられたのだろうか?」

 

夜になって千葉県湾岸で大きな炎が写っていた。ツイート「千葉の市原の丸い大きなタンクが並ぶ石油コンビナートが大きな火災になってる。」すると、「ああ、あの方向なら市原のコスモ石油だね。ここから火が見えてる。」と、避難中でテレビを見られない人から返事が来た。そうだ、今、実際に避難している人はテレビもラジオもなくて、ツイッターで情報を得ているのだ。仙台の女性からも返事が来た。「肥和野さんのツイート情報がとても役に立っている。もっとつぶやいて。」その後、刻々変わる状況を、NHKやCNNで見たまま聞いたままをたくさんつぶやいた。

 

その後、福島第一原子力発電所で電源喪失が起こった。私はCNNの報道も必死に見ていた。CNNではごく初期に「メルトダウン」という言葉を使っていた。しかし日本国内ではパニックを避ける為か、その言葉は口にしてはならない言葉のようだった。数日後に福島第一原発が水素爆発を起こして、緊迫した状況になり、米国大使館は日本在住の米国市民とその家族に向けて、ウェブサイトなどで広報し、Potassium Iodide(ヨウ化カリウム)を配布。福島第一原発から80キロ圏内に立ち入らないように警告した。

 

私の友人で東北大学で教員をしていた米国人女性とはなかなか連絡が取れなかった。後でわかったことだが、彼女はあの時、仙台にいて、青森に日本人の夫がいるのだが、交通網が断たれ青森に帰ることもできず、実家のシアトルに避難していた。

 

数ヵ月後にやっと政府は、福島第一原発でごく初期にすでにメルトダウンが起こっていたと発表した。すると私が初期にCNNが「メルトダウン」と言っていると書いたツイートがどんどんリツイートされて、やはりあれは本当だったのだと反響があった。

 

ツイッターはこうした生の情報の速さ、情報の多角性、情報の双方向性がおもしろい。私は今でこそ国際税務などという不粋な仕事をしているが、大学生の頃はマスコミの仕事に興味があった。現代社会の情報を集め、分析し、報じる。社会の動きそのものに興味があって、後に大学院に入って社会学を研究することになるのだが。

 

ツイッターでは自分は何もつぶやかず、フォロワーとして人がつぶやいたものを読むばかりの人も一定数いるだろうけど、ツイッターの面白さは、まず自分が発信することにあると私は思っている。自分がつぶやいたことを読んだ人がリツイートしてくれたり、返事をくれたりして、反応がわかるのがよい。

 

私はニューヨークで、職場で日本人は私一人だし、夫は米国人で家庭も英語だ。テレビで日本語放送はあるので、毎日日本語は聞いているけど一方的に聞いているだけだ。電話で日本人の友達と話す時以外は、日本語の話し相手がいないので、ツイッターで日本人と交流するのが楽しい。

 

140字でも結構中身のあることを簡潔に書くこともできるし、連投もできる。人が書いたものを読めば、だいたいその人がどんな人か、人柄というのもが出てくる。ツイッターには極めて頭が良く興味深い人たちもいて、良質な情報をどんどん書いてくれる。そういう良質な情報を発信する人や個性的な人をフォローして、情報をやりとりするのはとても刺激的だ。

 

一方、今日何食べたとか、これから寝るとか、有名人がつぶやくならともかく、一般人のそんなどうでもいい情報もたくさんあるので、自分のTL(タイムライン)が混みあいすぎないように、フォローは厳選したほうがよい。

 

ツイッターを通して会ったことがないけど、名前(ツイッター名)で交流する「友人・知人」が増えた。顔みたいに、だいたいアイコンで覚えているので、急にアイコンを変えられると、「あれ?だれだっけ?」みたいなこともあるが。インターネットが普及する前は自分の物理的な行動範囲が人と知り合う範囲だったが、現代では、こうして自分の行動範囲では知り合えないような人たちと、出会おうと思えば出会えるというのは革命的だ。

 

ロンドン・オリンピックの日本代表選手の一人をツイッター上で応援したら、返事が来て「えー、オリンピック選手とツイッター上だけど直接お話ができたなんて!」と、とてもうれしかった。その後、なんと本人がニューヨークに旅行に来た時に会う機会があり、生まれて初めてオリンピック選手と生で会ってお話をすることができ、すばらしい若者でとても感動した。

 

ツイッター上にはいろいろな分野の専門家たちもいるので、何か知りたいことを質問としてつぶやけば、親切に誰かが答えてくれることも多い。ツイッターで顔なじみになった専門家に直接聞くこともできる。

 

私は多忙な時は無理だが、時間があればツイッターをまず見て情報を得る。日米の新聞社や通信社などもフォローしているので、新しいニュースがあればすぐ入って来る。私は新聞も大好きで、ニューヨークで日経新聞を取っているが、新聞は一目で入って来る情報の一覧性、範囲の広さ、読むスピードの速さがよい。

 

ツイッターに限らず、現代にはいろいろな種類のソーシャル・ネットワーキング・サービスがあって、情報が氾濫している。従来のマスコミとは違って素人が流す情報は裏付けがとれていない情報も多いので、何が正しい情報で、何がガセ情報か、自分で情報リテラシーを高める訓練にもなる。また、世の中にはいろんな価値観の人がいて、人それぞれ考え方が違うことがたくさんあるのも当たり前で、ツイッター上でいろんな人と意見をやり取りするのもよいことだと思う。たまに、あまりに言葉遣いが悪すぎる人もいるので、そういう人をいかにうまくかわすかもツイッター上で訓練できる。

 

ツイッターをするようになって新聞、テレビ、雑誌などだけでは入って来ないようなたくさんの量の情報が適時入って来るようになり、私はツイッターにはまっている。私のツイッター上の名前は@lalahearttwit で、本名で名前も出している。よかったらフォローしてくださいね。