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マンハッタンへの

通勤事情

米国は車社会なので通勤は車で行くのが普通だ。しかし、ニューヨークのマンハッタンは米国の中では極めて特殊で例外的な所。東京と同じで公共交通機関が発達しており、地下鉄、バス、郊外列車での通勤が大多数だ。郊外から車で通勤する人ももちろんいるが、交通渋滞があるし、マンハッタンの駐車料金はとても高いので、一部の人がそうしているだけだ。

マンハッタンに勤務先があって、自分もマンハッタンに住んでいる場合は、通勤は楽だ。地下鉄かバスでせいぜい片道30分くらいのものだろう。徒歩圏内なら徒歩で通勤する人もいる。そしてマンハッタンは日本と比べるとタクシー料金が安くて初乗り2ドル50セントなので時々タクシーで通勤する人もいる。

ちなみに米国では通勤費用は自己負担で、日本のように雇用先が通勤にかかる交通費を払ってくれることはない。それは、どこに住むかは個人的なことで会社にはかかわりあいのないこと、という考え方に基づいている。米国で、もし従業員が雇用先から通勤手当を受け取ったら、それは給与とみなされ、所得税、住民税、社会保険料の対象となる。

独身の若い人たちにはマンハッタンが人気だ。家賃はかさむが、通勤は楽で、レストランやナイトライフも楽しめてとても便利だ。マンハッタンに住もうと思ったら、家賃が高すぎて、一人では払えないので、アパートを友人や全くの他人とシェアして住んでいる人もかなりいる。90年代終わりごろからマンハッタンのアパートの家賃は高騰し、新規参入者はかなりの年収でないと家賃を払えない。マンハッタンのコンドミニアムはとても高い。場所や物件の質によるが、たとえば百平方メートルくらいの広さのものを購入する場合は一億円くらいかかるし、購入しても毎月の固定資産税とメインテナンスの支払いが月に千ドルくらいかかるので庶民にはとても買えない。

とはいえ、マンハッタンの比較的安全な所に住んでいるのは必ずしもお金持ちばかりではない。大昔の安い時に不動産を購入した人とか、レント・コントロールといって家賃の上昇率が一定までに法律で決められている種類のアパートに長期間住んで市場価格より安い家賃なのでマンハッタンに住み続けることができている人たちもいる。そしてニューヨーク市が低所得者の為に設けた格安のアパートもある。

ニューヨーク市には5つの区(マンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スタッテンアイランド)がある。クイーンズ、ブルックリンも地下鉄があるので通勤はかなり便利だ。その中のどこに住むかにもよるが、まあ、だいたい通勤時間片道45分くらいだと思う。ブロンクスも地下鉄が便利だが、治安が良くないので日本人はあまり住んでいない。スタッテンアイランドはマンハッタン島の南に位置するマンハッタンよりかなり大きな島だ。落ち着いた郊外という雰囲気で治安は良いが、交通の便が良くないので、日本人はあまり住んでいない。

クイーンズやブルックリンなら家賃はマンハッタンほど高くないので、マンハッタンでアパートを誰かとシェアするのではなく、一人でアパートに住みたい独身者はこのあたりに居住する人が多い。既婚者も比較的家賃が手ごろで交通の便が良いのでたくさん住んでいる。

若いうちはマンハッタンなど通勤に便利な所に住む人が多いが、結婚して子供を持つと郊外へ引っ越す人が多い。それは郊外なら大きな一軒家に住むことが可能だし、子供の教育の為に、質の良い公立校のある地域に住みたがるからだ。ちなみにマンハッタンは東京の世田谷区一つ分くらいの面積しかなく、土地が限られているので庭付きの一軒家は存在しない。マンハッタンの公立校は試験に受かればレベルの高い公立校があるが、居住地の学区の誰でも行ける公立校は、あまり評判は良くない。しかし私立校に入れるには学費がバカ高い。郊外なら地域を選べば比較的良質の公立校に自分の子供を通わせることができる。公立校は高校卒業まで学費は無料だ。

ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネティカット州の郊外からマンハッタンに通勤する人は大変だ。主に通勤列車を使う。自宅から最寄り駅まで車で行って、駅の駐車場に車を止めて、列車に乗り、マンハッタンの駅に到着し、そこから徒歩の人もいるし、さらに地下鉄かバスに乗り換えてオフィスに行くもいる。通勤時間はドアからドアまでで、片道1時間から2時間程度かかり、通勤時間90分という人はざらにいる。通勤列車はたいてい座れるが、本数が少ないのが難点だ。

郊外からマンハッタンの近くまで車で来て、パーク・アンド・ライドと呼ばれる所に車を駐車し、そこで通勤バスに乗り換えてマンハッタンに行く人も多い。今でこそ、日本にもパーク・アンド・ライドのシステムはあるらしいが、私は初めて米国に住むようになった頃、車で走っていると ”Park & Ride” という標識を見かけて、「あれ、この辺に公園があって遊園地の乗り物でもあるのかな?」と全くの勘違いをしていたのをなつかしく思いだす。マンハッタンの近くで特に大規模なパーク・アンド・ライドがあるのはニュージャージーにあるジャイアンツ・スタジアム(フットボール場)の駐車場で、そこから通勤シャトル・バスが出ていて、マンハッタンまで乗車時間はたぶん15分くらいだと思う。

私の知っている人で、ペンシルバニア州からマンハッタンに通ってくるつわものもいる。通勤バスがあり、バスに乗っているだけで片道1時間45分かかる。渋滞するともっとかかる。自宅からバス停まで車で行って、そこからバスに乗ってマンハッタンに着いて、さらに地下鉄に乗りかえる。歩く時間や待ち時間もあるから全部含めるとドアからドアまでの通勤時間は片道2時間半もかかる。そんなに時間をかけてまで遠くから通勤する理由は一つだ。遠くまで行けば立派な大きな家に住める。住環境を重視する人は郊外へ住む。

どういうわけか郊外在住者の通勤時間を聞くと、「列車で45分だよ。」とか「列車と地下鉄で1時間くらいかな。」というふうに短めに答える人が多い。どう考えてもあんな遠くから1時間で来られるはずはないから、待っている時間や歩く時間などをカウントしてないのだろうなと思う。ドアからドアまでの時間を答える習慣があまりないのかもしれない。

一般的に通勤費用は日本より高い。マンハッタンの地下鉄・バスは1カ月有効のパスはあるが割引率は良くない。土曜も日曜も使えば得だが、使わない場合は1回払いで払うのとたいして変わらないので、私は1カ月パスは買わない。ちなみに現在1カ月パスは112ドルだ。郊外通勤列車の定期券も高い。たとえば列車で40分くらいの駅だと1カ月パスの料金は289ドルだ。駅の駐車料金は駅にもよるがだいたいひと月50ドルくらいかと思う。

車でマンハッタンに通勤する場合は、マンハッタンへ出入りするときの橋やトンネルの通行料金がまず高くて、現在片道7ドル50セント。EZパスという自動ゲート支払いのパスで通過する場合は、割引き料金になる。有料道路を通る場合はそんなに高くはないが高速料金がかかる。なにより高いのはマンハッタンの駐車料金で、場所にもよるがひと月5百ドルくらいする。そしてガソリン代がかかる。

このように、マンハッタンに住めば、通勤にはとても便利だが住居費が高くて狭い住環境。郊外に住めば比較的大きな家に住めて環境もよいが、通勤がとてもたいへん。通勤地獄は日本の大都市圏だけではない。ニューヨークも相当な通勤地獄なのだ。