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「米国人の入浴」

お風呂好きな日本人にはなかなか理解しがたいことだが、典型的な米国人は年中シャワーばかりで、湯船につかるお風呂に入ることは、めったにない。多くの人は朝起きてすぐシャワーをして眠い目を覚まし、それから学校や勤務先に出掛ける。それは子供の頃からそうらしい。そもそも一軒家にはバスタブはあるが、小さいアパートだとシャワーしかない所もある。ホテルもシャワーのみのスタイルの所がかなりある。

一軒家には、たとえば、マスター・ベッドルームと呼ばれる夫婦の寝室があり、そこには夫婦専用のバスタブ、シャワー、トイレ、そして朝の忙しい時間帯でも二人が同時に使えるようにダブル・シンクの洗面台が設置されている。そしてこれとは別に家族供用のバスタブ、シャワー、トイレ、シングル洗面台が設置されたバスルームがあって、さらに訪問客用に玄関の近くにトイレと洗面台だけのハーフ・バスルームと呼ばれているもの(いわゆる日本でいう普通のトイレ)がある。すなわちお風呂は一軒に2か所、トイレは3か所くらいある。

2ベッドルームのアパート(2LDK)でも風呂・トイレは2ヵ所という場合が多い。家族が3人くらいいればバスルームが家庭に一つでは、全員が朝シャワーをする都合上、混んで不便なので、そういう構造になっているのだろうと思う。

バスルームにはバスタブとシャワーが一体型のものと、バスタブとは別にシャワールームが独立しているタイプとがある。シャワールームがある場合はそればかり使って、バスタブを使うことがないので、バスタブはいつもきれいだ。私の知り合いの家庭ではバスタブの上にガラス板を置いて花を飾っていた。それを見て、私はこのうちの人はよほどめったにバスタブを使うことがないのだなあと思った。

もったいないなあと思うのは大きな一軒家に住んで家にジャクージ(日本で言うジャグジー)があってせっかく泡風呂でリラックスできるのに、めったに使っていないうちが多いことだ。まあ、買ったときにもともと設置されていただけで、自分が使いたくて設置したわけではないのかもしれないが。

欧米人にとっては給湯システムと集中暖房は生まれた時からあった。シャワー中心の文化はそれなくしてはこれほどに普及することはなかっただろう。日本人だって今でこそシャワーはほとんどの家庭にあるだろうが、私が子供の頃は家に風呂はあってもシャワーはなかった。お湯も台所に瞬間湯沸かし器があるだけだった。冬は朝えらく冷たい水で顔を洗っていたものだ。

今でも日本の家にはほとんどの場合、集中暖房はない。夏場はシャワーだけでもいいだろうけど、冬は家の中が寒くてシャワーだけでは風邪をひきそうなので、お風呂にお湯をためてゆったり体を温めるのが気持ち良い。

お風呂と言えば、米国人は子供の頃でも親と一緒にお風呂に入るという習慣はないので、多くの人が親の全裸を見たことがないと言う。米国生まれ米国育ちのチャイニーズ・アメリカンの女性に質問しても同じで、「えー!ないない、親の裸なんて見たくもないし!」と言っていた。米国人の夫も「小さい頃、兄弟といっしょにバスタブで母親に体を洗われていたことはあるけど、母親は湯船の外で服を着ていたし。親の裸なんて見たことない。」と言っていた。

北欧でサウナに家族一緒で入るような特殊な場合は除いて、親の裸を見たことがないというのはどうやら結構一般的らしい。アジアでも日本・韓国あたりはお風呂文化が似ているが、中国などは違うようだ。姉妹同士でも一緒にお風呂もシャワーも浴びたことがない、たがいに全裸なんて見たことがないという話も聞いたことがある。

今では日本人にも結構知られている話だが、米国で現地の小学校に通う娘が絵日記に父親と一緒にお風呂に入っている絵を書いて、それを見た米国人教師が、父親が児童虐待をしているのかと驚いて、親が呼び出されて大変な目にあった駐在員の話とか、さもありなん。

私の夫は私の影響を受けてか、近年お風呂が好きになって、週に2〜3回程度ぬるめの湯船につかるようになった。入浴剤もつかってとてもリラックスして気持ちがいいと。私も昔は熱めのお湯が好みだったが、近年はぬるめのお湯にしている。ぬるめの方が科学的に、健康によいし、湯ざめもしにくい。

考えてみれば西欧のバスタブは健康上良くできている。日本のバスタブは深くて膝を曲げて肩までつかるタイプが多いが、西欧のバスタブは浅くて細長く、寝転ばないと肩まで湯につかれない。そもそも肩までつかることを前提にしていないデザインだ。行水的で半身浴を前提にしているのかなと思う。たしかに心臓への負担を考えると肩までお湯につかるより半身浴の方が健康に良い。とはいえ日本人としてはやはり満足しないので湯船に寝転ぶようにして肩まで私はつかっている。

英国に旅行に行った時、あまりに細長いバスタブで、私は肩までつかろうとして寝転んで足を伸ばしても反対側の浴槽の淵に足が届かず、一瞬溺れそうになり、子供みたいに浴槽の左右に足をひっかけるようにしてなんとか滑らないように肩までつかったのを思い出す。

海外生活をしている日本人の多くが日本帰国時に口をそろえて言うのは、温泉に行きたい。日本のお風呂を楽しみたい、ということだ。日本とお風呂文化はやはりきってもきれない絆があるようだ。