リレー・エッセー

今月の執筆者  佐々木羊子

ハホト(ドミソ)の時代

 

 「ハニホハニホトホニハニホニ」これは何の暗号だと思いますか。ご年配の方はお判りと思いますが、実はこれは 童謡チューリップ の最初のメロディを戦時中の音名で表したもので、和音の ドミソ は ハホト、 ドファラ は ハヘイ、 というわけです。昔の話で恐縮ですが、私の小学校から旧制女学校2年生の夏に敗戦を迎えるまでの戦時中は、こんな音名で歌っていました。シューベルトの歌曲でも、ハニホヘトの音名で歌うのです。

 昭和16年12月8日に大東亜戦争が始まってもしばらくは、私が通っていた東京都の西原国民学校(余談ですが吉永小百合は後輩)の音楽室で授業中にメンデルスゾーンの無言歌 春の歌 を聞いたり、従姉の家で モーツァルトの トルコ行進曲 をかけたりと、まだのんびり暮らしていた気がします。私が音楽に親しむようになったのもこの頃です。

 しかし戦局も次第に厳しくなり、ついに昭和20年8月15日昭和天皇の悲痛な玉音を拝聴することになります。敗戦は社会も学校も一変させました。

 その中で音楽の授業になぜ日本式音名を使ったのかも分かりました。敵性語を使うのはけしからんという理由です。戦うためには 敵を知る が百戦の常道の筈なのにABCもドレミもご法度だったのです。

 「贅沢は敵だ」に始まり「進め一億火の玉だ」「撃ちてし止まん」のスローガンのもと都合の悪い情報はすべて隠し、連日ラジオは勇ましい軍艦マーチを響かせては赫々たる勝利を伝えました。多くの人は神国日本のさいごの勝利を信じていました。尤も一部の識者には最初から無謀の戦いとの批判があったようですが、とてもその声を挙げられる時代ではありません。

 以上は70年近い昔の話です。時は移ろいます。そして最近 ハホト時代の軍国少女の私は 国の将来に一抹の不安を抱くようになりました。気懸りは特定秘密保護法が閣議決定され、今年の12月10日に施行されるとのニュースです。情報統制の時代の再来のおそれはないかということです。

 どうぞ、この愚かな年寄りの杞憂であるようにと祈るばかりです。(混声合唱団みお)