海外こぼれ話 164          

 

アパートで誕生パーティー

 

 デュッセルドルフのアパートからの料理の話題が続くが、今度は私の誕生日祝いの様子からお届けしたい。誕生日前の土曜日に、鳥取県人会のメンバーを中心にアパートに集合してもらった。お祝いを受ける側であるが、料理を提供したいので前日から準備に取り掛かった。以前市内にあるポルトガル料理で味わった、海鮮のオリーブオイルとニンニクの煮込み料理を再現したかった。この料理は本来スペイン料理であるが、隣の国でありドイツ人にも提供したのであろう。この料理の名前はアヒージョといわれ、タパス(小皿)料理の一種である。

 本来は耐熱タイプの陶器(カスエラ)に熱したオリーブオイルとニンニクと海鮮食材を混ぜて料理するが、そのような調理器具がなくフライパンで代用する。具材の海鮮は海老に決めた。ドイツには海鮮の新鮮食材がなく、ほとんどが冷凍ものである。貝類は異様な臭いもすることがあり、海老、タコ、イカが良いようだ。店に買い出しに行くと、1s単位の袋詰めしか売っていなかった。

1kgはあまりにも大量であり、残った具材を我が家の小さな冷凍庫に入れるのも無理があり躊躇した。数軒の店に探し回ったが、結局見つからなかった。仕方なく元の店で買うことにした。残った海老をどうするか考えると、海鮮カレーに転用できることが閃いた。

本番に備えて、1人前のアヒージョに初挑戦した。アンチョビがなかったので、オイルサーディンに少し塩を振って、鷹の爪を少し入れてインパクトを点けることにした。レシピになかったが、カレー用のマッシュルームが400gもあったので、それも投入することにした。弱火でじっくり煮込んでいくと、ニンニクの匂いが立ちこみ始めた。料理をしている気分にスイッチが入っていく。

食べて見るとまだインパクトが足りなかったので、鳥取から持参した琴浦町産の乾燥シメジを加えると、狙い通りの味になってきた。次は海鮮カレーの準備に入る。ルーのレシピを見ると、野菜は玉ねぎだけになっていた。たくさんのマッシュルームがあるので、乾燥シメジも入れることにして、さらにニンニクを入れて、あとは数種類の香辛料で味を調えることにした。

 

嬉しいプレゼントが待っていた

 

三々五々皆さんが、料理のそれぞれの持ち寄りの品を持って集まってきた。事前に何が食べたいかリクエストがあり、あまり手間を掛けたくなかったので、マカロニサラダ、餃子、稲荷寿司、しめ鯖などを依頼して置いた。まずビールで乾杯をして、アヒージョから食べていく。皆さんにも大好評であり、用意していた海老はすぐになくなってしまった。私以外はアラサーの年齢と若いので、持ち寄った料理もドンドンと胃袋に吸い込まれていくように食が弾む。

急にライトが消されたと思ったら、キッチンからロウソクが点いたケーキではなく、ちらし寿司が登場してきた。6本のロウソクを一息で消すと皆さんから大きな拍手とお祝いをもらった。甘い物は苦手なので、ケーキの代わりにちらし寿司とは嬉しい心遣いだ。誕生日プレゼントとして、ゾーリンゲンのヘンケル社(双子マークで有名なメーカー)の牛刀を戴いた。それまで安物の包丁とかもらい物のペティナイフのような包丁で料理していたので、嬉しくて小躍りしそうになった。あとで色々と悩んだことの告白があったが、嬉しい限りだ。

さらにワイングラス2脚もプレゼントになっていた。これはスイスのスコット社の高級なグラスであり、早速乾杯の仕草でグラスを合わせると、とても澄み通った音が響く。ワインがさらに美味しくなりそうないい音だ。後片付けの時にグラスを割ってしまったということで、そのお詫びも兼ねていたようだ。でもいい品に替わって私は大満足だ。

ご飯を炊くのは、11年間電子レンジに頼っている。1合でなく半合しか炊かないので、炊飯器は買う意欲がなくタッパや100均の容器で代用していた。でも今回は6人なので3合のご飯になる。今までに炊いたことがなく思案していたが、鍋で炊くことにした。隠し味に昆布片を入れて炊いた。ドイツの電気コンロは火力が強すぎて、10分のところが数分で沸騰し始めた。すると少し焦げる匂いもしたので、すぐに弱火にして待つことにした。蒸らしも終わるとキッチンにオコゲのいい匂いが漂い出した。結果的に美味しいご飯が炊けた。前日から仕込んでいた海鮮カレーにもマッチしてすべて完食となったが、皆さんも久しぶりのオコゲに感動していた。

久々の楽しい誕生パーティーになったが、これも人の縁と皆さんのお蔭に心より感謝である。早速古い包丁を処分して、真新しい包丁を使ってみるが、素晴らしい切れ味で惚れ惚れするくらいだ。これでまた美味しい料理ができそうで、ワクワクしてきた。

 

訪問先でお祝いをしてもらう

 

実際の誕生日は、ハーメルンで仕事の日であった。訪問先で誕生日を紹介することもなく黙っているつもりであった。開始前の挨拶で工場長から、今日は記念すべき33回目のマツダの訪問になったと紹介された。今回はこの会社の販売部門から、初めてワークショップに参加することになった記念日ということであった。今までは営業と工場は、犬猿の仲だそうでいつもお互いが自己主張してケンカをよくしていたという。この話はどの企業でも良く聞くことだ。社長が先般日本の改善ツアーに参加して決意し、私の訪問日に合わせて営業と工場を結び付ける工作を今回仕掛けたという。

その話を講義の直前に聞いて、事前に用意していたシナリオを急きょ変えることにした。その変更した話は、松下電器の「熱海会議」とサムソンの「フランクフルト会議」に例えて、今日は会社を変える大切な日、つまり「ハーメルン会議」にしようと強く提案した。しかも私の誕生日と一致すると記念日だと話した。早速フリップチャートにこれらを書き出し、この2つの企業の会議内容をかなり感情移入しながら紹介していった。

そして、これからどうすべきか、トヨタ方式の思想や哲学も解説していった。話を進めていくと、特に営業マン達の顔が見る見る変わっていくことが分かった。「営業が作り、製造が売る。」というトヨタの独特の考え方などを次々に紹介して、この会社のこれからの方向性を示した。皆さんは何かを掴み取ったようだ。参加者を4つの混成チームに編成して、一緒にテーマを取り組みだした。お互いを理解しようとする姿勢や雰囲気が感じ取られる。

昼休憩は、いつものイタリア料理店のケイタリングだ。ここの店の料理はいつも美味しく、食べ過ぎて制御がきかないこともある。食べ終わって別室でコーヒーを煎れて戻って来ると、社長をはじめ皆さんが私を囲んで、ハッピーバースデーの歌と30cm以上もある大きなケーキで祝ってくれた。さらに社長からはイタリアの赤ワインもプレゼントしてもらった。一気にこの場の雰囲気が良くなり、午後からのワークショップに弾みがついて行った。

 

森の中のレストランでまたお祝い

 

夕方のプレゼン時には、それまであった見えない壁が壊れ、相互理解が随分進んできたことを皆さんが感じていた。いつもこの会社は接待があり、いつもイタリア料理店に行くが、今回は初めての場所に連れて行くという。それはいつもこの会社で、クリスマスパーティーで使っている森の中のレストランだという。真っ暗な山道を抜けていくと、急に明るい大きな建物が目に飛び込んできた。車も数十台置ける大きな駐車場もあった。200人が一度に入れるホールもあり、夏には大きな庭も満席になるほど盛況な店だと紹介された。

中に入るとすぐにドイツの伝統的な店であった。人が集まるまでに乾杯の練習をすることになった。しばらくして社長が見えたので、社長の挨拶のあとに私の乾杯の音頭を取ることになった。いつもは「プロスト(乾杯)!」であるが、今日はせっかくなので、乾杯ではなく「カイゼン!」と言って唱和してもらった。皆さんの顔がまた笑顔になっていった。

店の名物は典型的な豚料理で、面白い隠れメニューがあるという。社長から推薦があったので、すぐに承諾した。しばらくすると隠れメニューが登場した。一見中華料理の先出しにでるエビセンベイのようであったが、豚の皮を素揚げしたものだった。見ただけでも恐ろしくカロリーが高そうであるが、社長のご推薦なので口に入れた。なんとビールに良く合うツマミになるではないか!思わずカロリー関係なく、3つもカリコリと食べてしまった。しばらくすると皆さんが花火を持ってきて点火して、この場でもまたハッピーバースデーを歌ってお祝いしてくれた。

営業マンは本当に話が上手く、冗談もポンポン出してくれるので皆さんが大笑いになっている。その中でもオーストリアの営業マンのHさんは、機転が利き話も上手かった。そして日本のことや私のことについて、聞き出そうとしていたのでそれに合わせた。特にネクタイに興味を持っていて、本当に上手く褒めてくれたので、翌日プレゼントする約束をした。

そのネクタイは、倉吉の吉田たすく工房の手織りの草木染のもので、出張の時はすべてこのシリーズを使っている。いわゆる勝負ネクタイだ。30本くらいあるが、いずれもワイシャツやスーツにも合うので便利でしかもカッコいい。翌朝にネクタイをプレゼントしたら、飛び上るほど喜んで記念撮影をして欲しいとせがまれた。昨晩Hさんが友人に電話をしてこのネクタイの話をしたら、聞いただけ欲しくなり100本欲しいので何とかして欲しいと嘆願されたという。

冗談かと思ったら友人はブティックを経営しているそうで、世の中にない物に特に興味を持っているという。1本が100ユーロもするけど、大丈夫かと問いただすが問題ないという。帰国して吉田氏に確認したら、10本は提供できるが100本は絶対無理との返事があった。良い品に国境はない。私も変わっていると自覚しているが、世の中はもっと変わった人が要るものだと少し安心した。

和気藹々の内に2日間のワークショップが終了したが、社長が今までにない素晴らしかった成果があったと評価をしてくれた。非常に喜んで何度も分厚い両手で握手をして、お礼と感謝の言葉も言って戴いた。コンサルタントは、このお礼と感謝の言葉が一番の報酬であり成果でもある。参加した皆さんも感動しており、いつまでもお互いを讃え合っていた。

これを機会に営業と工場が一体になり、顧客という方向に一丸となって突き進めば素晴らしい会社になるだろう。言葉には凄い力があるもので、2日間で考え方や行動まで変えることができると再認識できた。そのためにも言葉の裏付けとなる誠心誠意と行動に、さらに磨き上げるべく研鑽が必要なことも強く意識できた。良いきっかけを戴いたものだ。とても印象に残る誕生日を、過ごすことができたことに感謝したい。

 

口コミの連鎖が続く

 

南ドイツのS社の隣に印刷会社のW社があり、S社はW社の大口客先でもあった。W社の対応や工場の5Sが良くなってきたことで、S社のオーナーが気になって、どのコンサルタントを雇っているかと相談を持ちかけられて、4年前から訪問するようになった。今度はS社の客先のG社が、最近S社の納期遵守が良くなってきたので、どうしてよくなったか持ちかけられたという。

特にトップ同士が良い関係だともの凄く信頼関係があるので、口コミの力は一番の伝達能力を持ちしかも確実である。彼らが私の営業マンになってもらえる。そのためにも毎回の訪問での対応だけでなく、その後フォローや事前準備でも誠心誠意の気持ちで臨まなければならない。

S社の訪問時にG社から2人が参加したいと要望があり、前日のホテルのレストランで親睦を兼ねた営業活動をすることなった。この時の酒は緊張感?で酔うことはまずあり得ない。営業なので羽目を外すこともなく、またこちらから自分のことを話してもダメで、主体はお客様のことを聴くことに徹する心構えが求められる。吉田氏のネクタイを、ビシッと決めて2人を待ち受ける。

私よりも一回り大きな2人がやってきた。世間話から次第に核心に入っていくが、大切なことはユーモアを持っていることであると思う。話が楽しくなければ、つまらないばかりか話が次に展開しない。逆に相手が笑顔になって笑い出すと、このお見合いは成功である。最後の最後まで気は抜けないが、「このコンサルタントは凄い!」と感じてもらうことも大切なプレゼンになる。

翌日はG社の2人も現場に入って、S社のメンバーと一緒にワークショップに取り組んでもらう。各チームの巡回を行いながら、G社の2人もフォローしていく。初めが肝心できちんとフォローしてあげないと、不安や不信感を持たれることになれば、商談もなくなってしまうことがある。将来は大切なお客様になりかもしれないので、精一杯の対応に気配りする。しかもS社とのトラブルも発生しないようにも、時々インタビューもしておく。初日の感想は2人も非常に好印象を持ったようだ。今度はS社からの招待で一緒に食事となった。

レストランでは、今日の交流と取り組みについて感想を聴き出しながら、さらに質問を投げ掛けてG社でも予備診断などで訪問の機会を探っていく。反応は非常に良かったようだ。G社のKさんは、実は取締役であり、即決ができる立場の人であった。早速訪問する日程の調整まで話が弾んでいった。翌日のワークショップも積極的な提案も出始めて、相互関係もさらに親密になって行くことを感じた。

 

S社の口コミの元になったW

 

3日目はS社の隣にあるW社の訪問日であり、同じホテルからの移動であり楽な日程だった。W社からは、2つのテーマの講演依頼があった。1つは「イノベーション」、もう一つは「タイムマネジメント」であり、どちらかを2時間講演して欲しいという要求だった。どっちを選ぶかは、私のやりやすい方に任せると連絡があった。「タイムマネジメント」を選び、シナリオを作成して準備し、説明用のイラストも描き上げておいた。

このW社のオーナー社長は、話が好きでいつも開始30分前に到着して話を聞くことが習慣になっている。その会話の中に色々を講演に挿入するネタを探し、すぐに取り入れるとタイムリーな内容になり、社長からの評価も良い。彼は以前ベンツ社に勤務して婿に来て社長になったという経緯があり、工学博士でもある。最近この地方でW社の改善活動が有名になり、近くのハイブローン大学でも年に2回の講義をするという。今回は翌週に講義があるというので、どうも2つのテーマはその講義にも使うようだ。

会場には30人以上が集まっていた。そして私を紹介するSさんが、約束とは違うことを紹介し始めた。2つのテーマを講演するというのだ。約束と違うがダメと断るのは大人げないので、頭の中をフル回転させて「イノベーション」のネタを探す。ちょうど日本人3人が今度ノーベル賞を受賞するネタを使うことにした。何事もなかったように話を切り出し、フリップチャートに3つの「J」を書き出す。それは、「Jiyu(自由)」「Jimichi(地道)」「Jimoto(地元)」で説明開始した。このW社の地方はドイツで最もケチな民族で、トヨタの名古屋と同じ中央ではなく地方にあると説明する。さらに自社は50年以上も地元で、地道にコツコツと印刷業を営んできたことなどを盛り込みながら、イノベーションとはどんなことかを説いていく。さらに私の体験談も交え、学歴はなく、鳥取の田舎で、特許や実用新案を150件も出し、改善も5000件以上も実施して、会社の大きな利益をもたらしたことを紹介し、皆さんの動機付けを行った。

ちょうど半分が終わり、残った1時間は「タイムマネジメント」だ。人にとって大切なものは何かなど、思想や哲学の話を基にユーモアをたっぷり盛り込み、途中から「イノベーション」と「タイムマネジメント」のテーマの関連性を結び付けて熱演した。2つは別な内容であったが、解説している間に色々とヒントが湧いてきて、自分でもビックリするくらい話を展開することができた。

参加した人の顔が、自信を持つ顔に変わった。社長は今までに一番良かった講演になったと褒めてくれた。哲学の話までするとは、思ってもいなかったと凄く良い評価だった。思想や哲学については何度も紹介したつもりだったが、受け取るタイミングによって、心に響くか響かないかと思った。マツダを是非大学で紹介したいというので、記念写真を10枚も撮ることになった。