ニューヨークの風
肥和野佳子
米国の年末年始
米国ではクリスマスは日本でいうお正月のようなもの。日頃は遠くに住む家族が帰省し、親戚も集まってクリスマスを一緒に祝う。だから日本の年末年始のような帰省ラッシュが起こる。12月25日は祝日だが、クリスマス・イブは休みではない。会社によっては特別に休みにしている所もある。米国のオフィスはだいたいどこでもクリスマス・イブは午後2時か3時ごろに早じまいになる。先の12月は12月26日が金曜日だったので26日に有給休暇を取って連休にする人が多かった。
キリスト教の人はクリスマス・イブには教会へ行ってクリスマスの特別なミサに参加する。米国のクリスマス・イブと日本の大みそかは似ている。どちらも社会全体がお休みモードになって夜の街は静寂で、家族で一緒に過ごす団欒がある。
クリスマス・ディナーは日本ではなぜかチキンが多いようだが、欧米でクリスマスにチキンを食べる習慣はない。家庭によるが、ローストビーフ、ビーフステーキ、ターキー、ハムなどが主流。日本でなぜクリスマスにチキンということになったのかはわからないが、たぶん昔、庶民には牛肉は高くて手が届かなかったし、ターキーもないので、チキンということになったのではないかと思う。ちなみに日本の事情をよく知らない英会話の先生に「クリスマスに何を食べますか?」と聞かれて、「ケンタッキーのフライドチキン」と答えると驚かれるので気をつけた方が良い。それは、クリスマスにマクドナルドを食べると言っているようなものだから。
米国でクリスマスのプレゼントは誰かに事前にもらってもすぐには開けずに、24日の夜か25日の朝になるまでクリスマスツリーの下に並べておく。プレゼントにはクリスマス用のシールが貼ってあって誰から誰へのプレゼントかわかるように書いてある。
クリスマスが終わるともう全部終わってしまった感じで、日本のような年末からお正月へ向かっての独特のわくわく感は全然ない。米国で生活しているとそれが本当にさびしい。日本ではクリスマス・イブが終わると本番であるクリスマス当日がまだ終わってないのに、クリスマスはもう終わりましたみたいな感じで、商店街のクリスマス飾りは一晩でお正月用の飾りにさっと変わってしまったりする。しかし、米国ではクリスマス飾りはクリスマス後もしばらく出したままで、だいたい1月7日ごろに片づける。家庭によっては2月ごろまで出しっぱなしにしている人もいる。
クリスマスが終わるとまだ年が明けてなくても、人々の挨拶は”Happy New Year!”になる。年末に言う場合は「良いお年を」という意味で使われる。年が明けてからは「新年おめでとう」の意味になる。初めて米国で暮らすようになった時、まだ年が明けてないのになぜみんな ”Happy New Year!” って言うのかなととても違和感があったのがなつかしい。
ちなみに、いまだに日本で ”A Happy New Year!” とAをつける人がいるようだが、それは日本英語の間違い。”Have a good morning!” の略が “Good morning!” であるように、“Have a Happy New Year!” の略は “Happy New Year!” だ。なぜそんな間違いが広まってしまったのか想像するに、きっと大昔、日本の英語の大御所がクリスマスカードに”Merry Christmas and a Happy New Year!” と書いてあるのを見て、新年おめでとうだけを言うなら”A Happy New Year!” だと思って使い始め、弟子たちがそれを広めてしまったのではないかと思う。私たちの年代では日本の中学の英語の先生に ”A Happy New Year!” とAをつけるのを忘れないように、と教えられ、先生も生徒もなぜだか理由はよくわからないままにそうなのかと思わされていた。
米国で年末のエンターテインメントといえば、バレエではチャイコフスキーの「くるみ割り人形」、クラシック音楽ではヘンデルの「メサイア」、オペラではヨハン・シュトラウスの「こうもり」だ。ニューヨークではこれに加えて、ラジオシティー・ミュージック・ホールのロケッツと呼ばれるラインダンスで有名なクリスマスのショーと、リンカン・センターの特設会場で行われる「ビッグ・アップル・サーカス」だ。日本で年末と言えばベートーベンの第九だが、米国でそういう習慣はない。
米国では大みそかには各地でカウントダウンのイベントがあって花火があがる。マンハッタンのタイムズスクエアのカウントダウンは特に有名で全米で特別番組が放映される。日本でも毎年その様子がニュースで流される。ニューヨークの大みそかは例年とても寒い。今年は零下6度くらいだった。しかしタイムズスクエアのカウントダウンを見る為に世界中から観光客が押しかける。当日の午後5時頃から警察がタイムズスクエア一帯を封鎖するので、それより早く行かないと近づけなくなる。早い人は前日から場所取りをして長時間座りこむ人もいるそうだ。普通はイベントの時間が来るまで近くのレストランやバーなどで寒さをしのいでいるのだろうと思う。
5・4・3・2・1とカウントダウンして、年が明けると”Happy New Year!” となって、その直後に「蛍の光」のメロディーが流される。この曲はもともとめでたい曲なのでそれであたりまえなのだが、長年、紅白歌合戦の最後に「蛍の光」でさよならして、それから年が明けて「新年おめでとう」になる日本で育った人間にとっては、ここでコケる。タイムズスクエアではこのあと「ニューヨーク・ニューヨーク」の曲が流れて、群衆が騒いで三々五々お開きになる。
カウントダウンのイベントが終わった後のタイムズスクエアは途方もなく散らかっている。米国では公共の場での飲酒は禁止なのでタイムズスクエアでもビールなどアルコールの持ち込みは禁止なのだが、隠し持って飲む人もいる。そのビール瓶やら紙くずやら大量のごみが出る。しかし、毎年の行事なのでニューヨーク市によるごみの回収は極めて手際が良い。その様子を見たことがあるのだが、ビン類はブルドーザーで粉々にされて、他のごみと一緒にゴミ回収車に吸い取られていく。あんなにめちゃくちゃだったタイムズスクエアが翌朝には全く何事もなかったかのようにきれいになって普段通りになっている。
日本には12月28日の御用納めやお正月三が日のお休みがあるが、米国にはそういうものは全くない。大みそかも休みではなし1月1日が祝日で休みなだけで1月2日からまた普通に働く。米国ではお店の初売りも何もない。デパートなどでは人々がクリスマスにもらったプレゼントを他のものに交換するためにレシートをもっておしよせる。米国ではもらったプレゼントが気に入らない時、店に持っていけば他のものに交換できるように、値段がついていない特別なレシートをつけてクリスマスプレゼントを渡す場合がある。結局いくらだったかは他のものに交換する時にばれてしまうのだが。
クリスマス後の年末年始は日本の方がよい。日本が最も日本らしくなる時期で、あの、うきうき感がとても恋しくなるし、お正月のお雑煮やおせち料理も恋しい。次の年末年始は日本に帰省しようかなと思う。