アザレアのまち 原稿

                    中野 隆

合言葉は『尺八は簡単だ!!』

 

箏、尺八の曲はどうしても正月のイメージが強いのですが、これは宮城道雄の「春の海」とか「さくら変奏曲」が正月にぴったりだからだと思います。映像的にも女性の和服での演奏はいいですね。

演奏している人はいつも正月気分でおめでたい。本当にそうだったらいいですね。

 

ところで、文化振興財団の出前講座で、邦楽の鑑賞と体験授業として県内各地の小学校に出かけています。もう十年くらいになるのでしょうか。 学校での授業ですから教科書の関係でどうしても冬の季節が多くて、移動に難儀をする事があります。車が雪に乗り上げてしまい、スコップを取り出して雪かき。地面がびちょびちょの中での移動。寒い体育館での演奏。いろいろありました。

 

表題の 合言葉は『尺八は簡単だ!!』 ですが、これは尺八の体験学習をする前に言う呪文のようなものです。これも、いつのころから言うようになりました。事業の初めのころには尺八は音を出すのが難しいというイメージを持っている子どもが多くいたようでしたので、「本当は簡単なのだよ」と思ってもらおうと思い、合言葉としたものでした。

 

「尺八を吹く前に先生が合言葉を言うからみんな言ってくださいよ。これを言うとみんな尺八が吹けるようになります。じゃあ行きますよ。『尺八は簡単だ!!』はい。」(一斉に)『尺八は簡単だ!!』 ハハハハ!(笑い声)「よし、これでみんな吹けるようになります。」こんな感じで授業に入っていきます。

「尺八は簡単だ」というイメージを持ってもらうことも大切ですが、空気が和むという事も大きなことだと思っています。 5分程度で8割から9割の子ども達が音を出します。正直な所、5分程度で音が出るのは私が尺八を始めた頃を考えると、天才的なものです。ですから「すごい。天才だ!!」とほめてあげます。本当に天才だと思います。しかし、中には音が出ない子どももいます。「時間が少なすぎるから、もう少し時間があれば音が出るのに」と言うのですが、実際そうなのです。もう少し時間が有れば、音は出るのです。学校での限られた時間の中での限界です。

 

尺八の体験学習が終わってから、「じゃあ、何か質問がありますか?」

子ども 「尺八の真ん中の黒い所は何ですか?」

「よく見ていますね。いい質問です。みんなの前で聞いてくださいね。」

子ども 「尺八を上手になるにはどうしたら良いですか」

「いい質問ですね。先生も答えますけれど、あなたも、考えていてくださいね。」

 

全員が集まったところで、先ほどの子どもに同じ質問をしてもらいます。

「尺八の真ん中の黒い所は何ですか?」

「ここですね、みなさん何だと思いますか。」とみんなに聞いてから、尺八を黒い所で2つに分けて見せます。ここで子どもたちの声「ええー。」

「尺八は自然の竹でできているので、いろいろな長さの竹があります。音の高さを揃えるために切って長さを調節しているのです。びっくりでしょう。」

 

次の子どもは「尺八を上手になるにはどうしたら良いですか」と質問します。

「いい質問です。皆さんはどう思われますか? 先生はこう思うんです。 勉強ができるようになるためにはどうしたら良いですか。 先生の言う事を一生懸命聞いて勉強する。 尺八も同じだと思います。 先生の言う事を聞いて一生懸命練習する。皆さんも学校の先生の言う事を聞いて勉強してくださいね。」

小学生向けの答えかも知れませんが、勉強に頑張ってねと言いたいのです。

私は、子どもの頃に尺八を吹いたという事を覚えていてくれたら、それで良いと思っています 何かのきっかけで尺八をやってくれる人が居れば、それはそれでありがたいと思っています。

 

 時々、「中野さんは尺八を教えないの」と言われます。その時の答えはだいたい決まっています。「今、自分の吹く時間が取れないのに人を教えられない」と。もちろん、それは我儘だとわかっています。自分も教えてもらったのですから。もう少し時間に余裕があり、『尺八は簡単だ!!』と言ってもらえる人が有れば良いなとも思っています