「フロリダヘの転居」

 

ニューヨークには1990年から長々住んでいた。正確に言うとそのうち3年間は日本に戻っていた時期があるので22年間住んでいたことになる。そのニューヨークに別れを告げ、このたびフロリダに転居することになった。

 

夫が60才になり引退したのだ。当初、夫は65才くらいまで、少なくとも62才くらいまで働くつもりだったが、循環器系の健康問題があり、早めに引退する方がよいと私たちは考えたのだ。米国の中でフロリダは引退者が移住してくる人気の州の一つで、地理的にも時差のない東海岸からの移住が多く、ニューヨーク近辺からの引退者もかなりいて、比較的暮らしやすそうな所だ。

 

私は生まれてからこれまで何度も引っ越しの経験がある。子供の頃は父親が転勤族で、幼稚園は2か所、小学校は4か所違う所へ行った。その頃はいやだなと思っていたけど、大人になって一人暮らしをするようになると、引っ越し好きになった。同じ所にずっと住むのは変化に乏しい。いろんな所に住んでいろいろ経験してみたいし、なんといっても新しい刺激が心地よい。

 

ニューヨークに来てからも、独身の頃は毎年のように引っ越しをしていた。同じ所に住むのは短ければ半年、長くても2年だった。それが、夫と結婚してからはマンハッタンで同じアパートに14年間も住んだ。これは私の人生の中で突出して長い。日本で私がまだ18才未満で親と一緒に住んでいた頃でさえ、同じ家に住んだのは7年間が最長だ。

 

マンハッタンで同じアパートにそんなに長く住んでいた理由はただ一つ。米国ではレント・コントロールといって、法律で家賃の上昇率が抑えられている物件がいくつかある。長く住んでいると市場価格よりも安い家賃で住むことができる。たまたま夫はそういう種類のアパートに結婚前から住んでいて、そこに私が入ったのだった。マンハッタンの家賃は90年代後半からどんどん高騰し、現在、市場家賃月額4千ドルくらいの物件にその3分の2くらいの家賃で私たちは住んでいた。そういうレント・コントロールの賃貸住宅に長く住んでいると、よそに引っ越すと家賃が高くなるので、出るに出られなくなるのだ。

 

私はようやく引っ越しができると喜んだ。もうニューヨークには長く住んだし、やることはやったし、マンハッタンの住宅は米国の標準から考えると、とても狭いうえに家賃がバカ高い。市場価格より安い家賃ではあったが、車を持っていたので駐車場の月額料金約4百ドルも払わねばならず、相当な住居費が毎月かかっていた。

 

夫がマンハッタンに仕事があるうちは通勤に便利なマンハッタンに住む意味はあったが、もう引退したらマンハッタンでなければならない理由はあまりない。私はまだ引退するつもりはなくこれからも働くけれど、夫が働かなくなったらそんな高い住居費を払うのは経済的に厳しい。米国では現在のところ、62歳から公的年金を受け取ることは可能だが、66才から受け取ることにしないと公的年金を満額では受け取れない。

 

郊外に住めば家は広いし家賃は安いし、駐車場は無料で当たり前。私はもともと米国の郊外の生活の方が好きだ。マンハッタンはとても便利で華やかでたくさんいいところはあるが、もうこの辺で新しい生活に入るのがよいと思った。

 

それにフロリダに引っ越すもう一つの大きな理由は、夫の娘が現在フロリダに住んでいるからだ。彼女は2年前までニュージャージー州に住んでいたが、フロリダで仕事をみつけて転居してしまった。彼女が7歳の頃両親が離婚して、母親と一緒に暮らしていたが、高校を卒業するまで2週間に1度、週末に夫が車で迎えに行ってマンハッタンの私たちの家に一泊していた。大学に入ってからは泊まりに来なくなったが、夫は車をとばして時々彼女に会いに行っていた。それが会えなくなってしまってとてもさびしくなった。夫はものすごく娘を愛している。私は彼女を10歳の頃から知っている。とてもいい子だ。

 

引退後の人生は夫にできるだけ娘と一緒にいられる時間を大切にしてもらいたい。夫自身はそんなことは何も言わず、やれラスベガスに移住がいいとか言っていたが、私がフロリダがいいと勧めたのだ。娘はまだ若いし、この先またどこか別の州に転居してしまうかもしれないが、それはその時のこと。私たちは旅行でフロリダに来たことはあっても、住むのは初めてだし、住み心地がどうかわからないので、とりあえず賃貸住宅を借りて、気に入ったら家を購入しようと考えている。

 

夫はニューヨーク生まれニューヨーク育ちの生粋のニューヨーカー。遠方への転居には慣れていない。ニューヨーク近辺に持ち家を持っていたら、フロリダはセカンドハウスということで、夏場はニューヨーク、冬場はフロリダというライフスタイルも可能だが、私たちには持ち家はない。私はそもそも遠路はるばる日本から米国に来た人間だし、フロリダ転居なんてなんでもない。しかし夫にとってはニューヨークを離れるのは心理的に複雑だろうと思う。

 

私たちが住むのはフロリダ州のデルレイ・ビーチというところで、マイアミの北90キロくらいの所にある。南から北へ、マイアミ、フォートローダーデール、ボカラトン、パームビーチと続く大西洋側のリゾート地帯の一角にあり、ボカラトンのすぐ北に位置する。

 

実は6月末からもうフロリダに転居していて、今は家の中がダンボール箱だらけ。引っ越し慣れしていて手際がよいはずの私だが、このたびの引っ越しはとても大変だった。予想外の事態も起こり・・・。この引っ越しについての詳しい内容は次回に書こうと思う。