「山陰への旅」
10月後半から11月前半にかけてフロリダに転居してから初めての日本帰省をした。東京、蒲郡(愛知県)、京都、沖縄とまわって、それから実家のある広島に滞在し、最後に島根と鳥取の山陰旅行をした。太平洋側は行きやすいが日本海側はなかなか行く機会がなく、是非行きたいと思っていたのがようやくかなった。
広島駅の新幹線口から出る松江行きの高速バスに米国人の夫と二人で乗る。私は松江に行くのは15年ぶりだ。高速道路は中国山地の奥深くになるとなんと片道1車線になっていて驚いた。「えー、高速道路なのに片道1車線?前の車が遅かったら追い越せないじゃん。このバスの後ろに何台車がつらなってるのかな?」そのうち2車線になっている所が少し出てきてそのタイミングにバスの後ろにいた乗用車が6台追い越して行った。
後で調べたら、片道1車線の高速道路は日本には結構あるようで、ドライバーたちには不評だが、交通量のあまり多くない所に高速道路を建設する際のコスト削減の為の苦肉の策らしい。なるほど。
高速バスで3時間ほどで松江駅前に到着。それからタクシーに乗って熊野大社のそばの「ゆうあい熊野館」に行った。温泉のあるローカルな旅館だ。受付けをしていた男性が、あとでコンセントの延長コードを持ってきてくれたり、お酒を飲む時の氷を持ってきてくれたり、一人で何役もしていたので「あれ?受付の人がなんで来るの?」と夫は不思議がった。そういえば米国のホテルでは小さな所でも役割が固定されていて本来の担当の仕事以外をすることは普通はない。その点、日本はホテルや旅館に限らず、会社や店でも臨機応変に顧客に対応することがかなりあって合理的だ。
翌日、熊野大社の近くに住む私のいとこが熊野大社を案内してくれて、そのあと車で松江堀川めぐりの「こたつ船」に連れて行ってくれた。「こたつ船」は橋の下をくぐるとき、普通の高さの橋は問題ないのだが、4か所、船の屋根を低くしないとくぐれない橋があって屋根が下がってくる仕組み。船頭さんの合図で乗客はみんな一斉に頭を低くして橋の下をくぐり抜ける。それがめずらしい体験でとてもおもしろかった。
次の日は松江駅から米子まで特急で行き、そこから快速「とっとりライナー」に乗り換えて倉吉まで行くのだが、あやうく乗りそこねそうになった。米子で同じホームで待っていればよいはずなのでホーム先頭側の椅子に座って待っていた。発車時間近くになってもまだ電車が来ない。あれ?おかしいな?よく見たらホーム中央に2車両だけの電車が止まっているではないか!あわててその電車に乗った。まさか2車両だけの電車とは思わず、当然ホームの先頭側の目の前に電車が来るものと思い込んでいた。
「とっとりライナー」が止まる駅は無人駅がほとんどで、乗客は降りるときに一番前の運転手の所まで行って料金を払っていた。ほう、なるほど、このシステムは広島電鉄の宮島線と似ていると思った。倉吉駅も無人駅なら運転手のところまで行って切符を渡すのかなあ、どうするのかなあと思っていたら、さすがに倉吉は有人駅だった。
倉吉駅からタクシーに乗って三朝温泉へ。後楽という旅館に泊まった。まだランチを食べていなかったので後楽の受付の人に聞くと2つ3つ候補のお店を教えてくれた。その中の一つ、「ゆのか」というカフェ・レストランに行った。旅館宿泊が続いて和食ばかりになるので私たちは洋食を食べたかった。ランチセットで950円でスープ、サラダ、パン、メインディッシュがつくとはなんとお得なのだろうとびっくり。料理は品が良くてとてもおいしい。岩盤浴の湯治宿に併設されたカフェ・レストランで、今年8月に出来たばかりでとてもきれいでおしゃれだ。オーナーシェフと話していたら、「計羽孝之さんならよく知ってます。以前、仕事でお世話になりました。」「えー!私は計羽孝之の姪なんです。」世間は狭いねと話が盛り上がった。
そのあと三朝バイオリン美術館へ。ここはバイオリン製作の学校を併設していて、私のようにかなりの大人になってから趣味でバイオリンを始めた人にとってきわめて興味深かった。バイオリンを分解するとどうなるのか、各パーツはどうなっているのか、初めてしっかりバイオリンの中を見ることができた。バイオリンを自由に弾いてよいというコーナーがあって、客は私たち夫婦しかいなかったのでまあいいかと、私はバイオリンを手にしてへたくそながらサンサーンスの「白鳥」を弾いた。フロリダに引っ越してからまだ生活が落ち着かず、バイオリンのレッスンは一度もやってなくて、久々にバイオリンを弾いたので自分でもへたになったなあと思いながらも、意外と覚えてるものだなとも思った。
翌日11月15日は待ちに待った日。今回の日本帰省で山陰への旅を入れたのは、この日に倉吉未来中心で行われる、とりアートオペラの「魔笛」(モーツァルト)を絶対見たかったからだ。いつも鳥取のいろんな音楽関係のイベントと私の日本帰省のタイミングがなかなか合わず、行く機会がなかったのだが、今回は帰省のタイミングとぴったり合った。
オペラは午後2時からだったので午前は白壁土蔵群を観光した。骨董品のお皿を3枚買ってそれから夫が気に入ったという夫婦箸を買った。倉吉未来中心の隣には鳥取二十世紀梨記念館があってそこも見学しておいしい梨もいただいた。まだ時間があったので倉吉未来中心の売店をのぞいた。すると「牛乳せんべい」が売られていた。「あった!やっとみつけた、牛乳せんべい!」と私は大喜びで買った。私は小学校6年の時、親に連れられて三朝温泉に来たことがあって、そこで買った「牛乳せんべい」がおいしくて脳裏に焼き付いていたのだ。ほどよい甘さ、さくさくした食感、シンプルな味。三朝温泉に行ったら「牛乳せんべい」を買おうと思っていたのにそれまでどこの土産物店でも売ってなくて、もう販売してないのかなあ、残念だなあと思っていたので、見つかって特にうれしかった。
そして、いよいよオペラの時間になって大ホールへ入る。エアメールで送ってもらった5月の「魔笛」のガラ・コンサートの時のCDを何度も何度も聞いていたので、本番のオペラの舞台がどんなふうになるのか興味津々でとても楽しみ。
5月の時より、それぞれみんなうまくなっていて、演技も上手で感心した。オーケストラもレベルが高い。「魔笛」はなじみのある曲が多いし、ストーリーもわかりやすくてほんとうに楽しい。舞台の作りも、衣装も、演出もオーソドックスな感じで私の好み。いつも思うのだが、アマチュアの集団でここまでできる団体が日本にほかにどれだけあるだろうか。倉吉未来中心にしてもこんな立派なコンサートホールが鳥取にあるなんて。しっかり地元に音楽が根付いているのだなと思った。
オペラが終わって倉吉から鳥取駅に向かう電車の中で、とりアートオペラ「魔笛」のパンフレットを持った人を何人も見かけた。私たちの席の斜め向かいの若い男性はたぶん「魔笛」の総譜らしきものを読んでいた。音楽専攻の学生なのか、それともクラシック音楽のコアなファンなのか、彼は鳥取大学前で降りた。そういえば、三朝バイオリン美術館の受付のアルバイトをしていた若い女性は音大を近年卒業したバイオリニストだった。近く山陰弦楽アンサンブルのコンサートに出演すると言っていた。若手もどんどん育つ。山陰発の音楽はまだまだ奥が深そうだ。