謎のモデルさん

近藤正徳

とある喫茶店の前を、通り過ぎようとした。自然と目が窓越しに店内へ吸い込まれ、そこには怪しげな謎の植物が微笑み呼んでいる様な感じがした。その瞬間、店内へ手繰り寄せられたのだ。

店内に入るやいなや、その植物は一層怪しげな色彩を放しながら、早くこっちへ来いと言わんばかりに微笑み、じっとこっちを見ている。

店内には大勢の客が飲み食い談笑していたが、何故かその怪しい謎の植物の前だけが空いている。どうしてその席が空いているのか、これも謎である。着席し怪しい謎の植物をしみじみと眺めた。花はピンクかレッドか、実に奥深く神秘的。全身で微笑みかけている姿は、まるでそこに美しいモデルさんが座っているかの様で、思わず「モデルさん」とつぶやいてしまった。瞬時にこの美しい姿を描きたくなり、ポケットからペンとメモ帳を取り出し、感じるがままに、描きたい題材を探して情報を写し取る。どんどんとモデルさんに吸い込まれて行くのを感じた。

ふと我に返り「いかん、いかん、吸い込まれてはいかん」。一歩距離を置いて新たに見つめ直す。すると花びらがかすかに揺れた。一瞬「ドキッ」としたが、横に店員さんがお冷やを持って来て差し出そうとしていた。このモデルさんは僅かな空気の変化にも反応するらしい。実に興味深い。

一息つき、注文のコーヒーを飲みながらふと思った。「このモデルさんがここまで美しくなれたのは、大勢の人々の支えと、本人の努力とでお互いに築き上げた結果だろう」…モデルさんの全身には、感謝の気持ちがあふれんばかりに詰まっている様に見え「感謝の気持ちを大切に」との教訓を頂いた。

それにしても、見れば見る程、もっと深く知りたいと思う。名前は?名前の由来は?花言葉は?…待てよ、モデルさんの事を根堀り葉堀り探るのはやめよう。このモデルさんには謎の美しさが最も似合う。感謝の気持ちあふれる、謎の美しさを描こう。題材は決まった。早速帰って制作に取りかかろうと席を立った。

入口のドアを開けて店を出ようとすると、顔が何かに引っ張られる様に振り返ると、モデルさんが微笑みつぶやいている。「描けたらみせてね、待っているよ」