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「フロリダの冬」

 

フロリダに転居してから初めての冬だ。しかしここフロリダ州南部は暖かく、冬という感じではない。例年なら11月ごろから丁度よい気候が始まるそうだが、暖冬で12月の初め頃まで冷房をつけていた。12月終わり頃からさすがに冷房はたまにしかつけなくなった。このあたりでは1月が一番寒い月らしい。しかし外気は日中だいたい20度Cから24度Cくらいで、今日は寒いなという時の室内気温は22度Cくらい。

 

室温が20度Cくらいになった日にはセントラルヒーティングを初めて稼働させた。しかしこの古い賃貸住宅ではあまりにも長い間セントラルヒーティングを稼働させていなかったとみえて、ものすごい匂いがしたのですぐに切った。そしてニューヨークから持ってきた蛇腹のポータブル・オイル・ヒーターを時々つけることにした。密封されたオイルを温めるタイプで火も風も出なくてほんわり暖かくて気持ちがよい。日本でも近年人気らしい。

 

セントラルヒーティングなんてなくても大丈夫なくらい暖かいのになぜフロリダ南部の家にまで津々浦々セントラルヒーティングの設備があるのか、日本人としては不思議だ。しかし米国では、給湯設備、セントラルヒーティング、冷蔵庫設置は最低限の生活インフラとして行き渡っている。住宅を賃貸する場合、オーナーはこの3つは住宅に備えなければならない。だからどこの家を借りてもこの3つは最初からついている。

 

米国でセントラルヒーティングはどこの家にでもあるが、セントラルエア(集中冷房)は北部では一部の家にしかない。南部は暑いのでたいていどこの家にもある。フロリダ州は夏は猛暑なので住宅にはセントラルエアを取りつけなければならないという法律があるそうだ。たしかにそれがなければ熱中症で亡くなる人が続発するだろう。

 

家じゅうのどの蛇口をひねってもすぐお湯が出るのは便利だ。日本のような瞬間湯沸かし器は米国には存在しない。賃貸住宅では冷蔵庫は最初から設置されているから、そこにあるものを使うしかない。自分の使いたい冷蔵庫を選べないのは不便ではあるが引越しの時あの大きな冷蔵庫を運搬しなくてもよいのは助かる。

 

ちなみにニューヨークで私が住んでいた集合住宅には各戸に洗濯機・乾燥機を置くことはできず、地下にコインランドリーがあった。ニューヨークの建物は古いものが多くてほとんどの住宅ビルがこのスタイルで、いちいち洗濯するのにコインランドリーに行かねばならなかった。しかし、現在フロリダで住んでいる家には洗濯機と乾燥機が設置されている。自分の家に洗濯機があるのは本当に便利だ。しかし、コインランドリーの頃は一度に4台か5台の洗濯機を使って大量の洗濯物を一気に洗濯することができたが、今は、洗濯機は一度に一台しか使えないから、何度も何度も回さなければならず、洗濯し終わるのに時間がかかる。

 

冬は暖かいお風呂に入るのが気持ちいい。しかし私はフロリダのこの賃貸住宅に来てから一度もお湯につかるお風呂に入ったことがない。私も夫もお湯につかるお風呂は好きなのだが、このうちは古くて給湯タンクが小さい。お風呂にお湯をためても十分な暖かさの温度になるかどうか不安がある。シャワーを使っていても髪を洗ったりして長く使っているとお湯の温度がだんだんぬるくなってしまうのだ。夏のうちはそもそも暑いからシャワーだけで十分でそれほど思わなかったが、冬の今はお風呂に入りたいなあと感じる。

 

夏の間はあちこちにたくさんいたトカゲを見かけることがとても少なくなった。さすがに冬にはあまり出てこないようだ。一方、フロリダの冬には渡り鳥ならぬ「渡り人」が激増する。フロリダでは「スノー・バード」という言葉が使われていて、夏の間はもともと住んでいた居住地に戻り、冬場になるとフロリダの住宅(別荘)にやって来る人たちのことだ。

 

6月末に引っ越してきた当時、近所の人がこう言っていた。「夏の間はこのコミュニティーの居住者は少なくなっているので、ゴミ捨て場がゴミでいっぱいになることはないから引越しのダンボールなど廃棄物を捨てても余裕があるから大丈夫よ。」と。レストランの人にはこう言われた。「今は夏場で人口が少ないから大丈夫だけど、秋以降はスノー・バードが戻って来るから予約しないと席が取りにくいかも。」と。また別に人にはこう言われた。「今は車が少なくて道が混まないけど、冬になると人口が増えるから道が混んで運転しにくくなるよ。」と。

 

そうなのだ。フロリダは「スノー・バード」のおかげで冬の人口がかなり増える。私は夏場は別の地元で生活し、冬場はフロリダの別荘で過ごすなんていう生活スタイルはお金持ちの一部の高齢者がすることだろうと思っていた。しかし、そんなにたいしてお金持ちでもなさそうな人たちが結構行っていることだったのだ。

 

考えてみれば、私たち夫婦はニューヨークではずっと賃貸住宅で自宅を持っておらず、夫が引退後、ニューヨークに住み続けることが経済的に困難になったことがフロリダ転居の理由の一つだった。しかし他の場所に自宅を保有していれば、そこをキープしたまま、フロリダにもう一軒自宅(別荘)を持って、行ったり来たりすることはたしかに可能だ。フロリダの不動産はぴんきりで豪邸は数億円するが、きりの方なら一千万円弱で百平方メートルくらいの居住空間の住宅は買える。

 

私たちが賃貸で現在住んでいるコミュニティーは庶民的なコミュニティーで決してお金持ちそうな人が住んでいるようには見えない。しかし夏場は6割くらいしか居住者がいなかった。冬になってようやく一杯になったという感じだ。ということはこの程度の社会階層の人たちでもフロリダに別荘をもって本拠地と行ったり来たりの生活が成り立っているということなのだ。その現実を目の前にして、落ちぶれたのなんのと言っても、さすがに米国は豊かなのだなあと思った。

 

そういえば、米国の所得税確定申告では、項目別控除で住宅ローンの支払利子を所得控除可能なのだが、主たる住宅と別荘一軒までの住宅ローンの支払利子がその対象となる。別荘一軒まではOKというのはそれなりに意味があったのだなあと実感した。

 

このコミュニティーのクラブハウスには屋外プールがある。2月初旬の今も、天気のいい時は日中28度Cくらいになるのでプールサイドで水着で日光浴をしている人たちを見かける。毎年秋に私はインフルエンザの予防接種をするのだが、今年はしなかった。こんなに暖かくて湿度があるフロリダでインフルエンザにかかる気がしなかった。結局フロリダには事実上「夏」と「酷暑の夏」があるだけだ。フロリダの冬は暖かくて高齢者には過ごしやすく本当に向いていると思う。血液循環がよくて免疫力も高まる。雪の心配をする必要もない。冬のフロリダは「スノー・バード」が各地からやって来るメインの時期なのだ。