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「米国大統領選挙予備選」

 

今年ほど予備選が盛り上がっている年はない。なんと言ってもトランプ効果がすごい。前半戦の山場、スーパー・チューズデーが終わって、共和党ではトランプが他の候補者たちをひきはなしてトップとは。誰もがまさかトランプがここまでくるとは1月頃には予想していなかった。共和党の首脳部はここにきてあせり、重鎮ロムニーを引っ張り出して、トランプがいかに大統領にふさわしくない人物か攻撃し始めた。(この原稿は3月6日時点のもの)。

 

3月3日共和党の討論会が行われた。トランプが出る討論会の放映はテレビの視聴率が高い。昨年からテレビ局は共和党及び民主党の予備選の討論会番組を何度も行っている。私は米国に1988年から住んでいるが、四年に一度の大統領選挙の本選はともかく、予備選の討論会でこんなに視聴率が高かったためしはない。予備選は本選ほどには盛り上がらず、予備選の選挙に行くのはコアな人だけというのが普通で、投票率は例年とても低い。米国人の夫に聞いてみた。「予備選、投票に行ったことある?」「一度も行ったことないよ。本選は行くけどね。」その程度のものなのだ。

 

米国の予備選の制度は複雑だ。かいつまんで説明したい。予備選挙は民主党と共和党の大統領立候補者がそれぞれ党代表としての指名を勝ち取るための選挙で、州によって選挙日が異なり、2月初めから6月にかけて行われる。州によって選挙の形式も異なり、コーカス(党員集会)と呼ばれる形式と、プライマリーと呼ばれる普通の選挙の形式とがある。コーカスは近所の学校や集会所に集まって、夜の7時頃始まり、各立候補者の有力支持者が応援演説をした後、話し合いがあり、その後その場で参加者が投票する。

 

投票権のありかたも州によって異なる。民主党や共和党に登録した人だけが投票できるクローズド方式と、党に登録していなくても投票できるオープン形式(これだと民主・共和の両方の予備選に投票可能)、オープン形式ではあるがどちらか一方の党の予備選にしか投票できない準オープン形式もある。

 

党に登録というと日本のイメージではなんだかたいそうなことのように聞こえるかもしれないが、そんなことはなくて、たんに選挙権登録の際に、民主党か共和党かどちらでもないか選ぶところがあって、✔マークをつけるだけだ。選挙権登録は18才になった時に行うほかに、他州に転居してその州の運転免許に切り替えるときに、ついでに行うのが一般的。ちなみに夫は18才になって選挙権登録する際、母親に民主党にしとけと言われてそうしただけと。実際には様々な選挙の時、とくに気にせず、共和党の候補者に票を入れることも多いと言っていた。その程度のものなのだ。

 

予備選で、民主党も共和党も各州人口比例で党の大統領候補者を指名する権限を持つ代議員数に割当てがある。人口が多い州の代議員数は多いし、人口が少ない州の代議員数は少ない。総代議員数の過半数を取った者が党の大統領候補としての指名を受け、本選に進める。民主党の場合はどの州も立候補者の獲得投票数によって獲得できる代議員数は比例配分だ。しかし共和党の場合は州によって異なり、比例配分の州と、勝者総取りの州、変則的な勝者総取りの州がある。それから各党とも予備選の選挙結果に拘束されず党の大統領候補を指名する権利を持つ非拘束代議員も何割か存在する。非拘束代議員は党の幹部や有力者がなっていることが多い。

 

2月初めにアイオワ州を皮切りに予備選が始まり、3月第1週の火曜日がスーパー・チューズデーと呼ばれ、民主党は11州、共和党は14州で一斉に予備選が行われる日だ。現在それが終わって数日後。次の山場は3月15日で、フロリダ州、オハイオ州、イリノイ州など重要な州の予備選が行われる。

 

スーパー・チューズデーが終わる前は、民主党のヒラリー・クリントンはバーニー・サンダースに苦戦しているとも言われたが、実際には圧勝だった。それは私は初めからそうなると予想していた。なぜなら、サンダースが予想以上に人気が出たと言ってもそれは反体制に共感する若い層を中心としたもので、社会主義的な理想をメインに押し出しても資本主義の権化の米国で勝てるはずがないのは明らかだ。オバマは若い層だけでなく中身のある内容で世代を超えて支持が広がって行ったが、それとは全然違った。

 

それに米国のマスコミがテレビ等で流す調査結果は統計学的に適切に行われたものとは思えない。精度が低く、うのみにすべきものではないのはわかっていた。テレビ局が行う調査は、調査の質問の仕方や分析の仕方にドライブがかかっている。母集団の取り方もサンプリングの仕方も適切ではない。なにしろ米国のテレビ局は視聴率命だ。真面目すぎておもしろくない日本のNHKの政見放送とは大違い。四年に一度の米国大統領選挙は大きなイベントで、莫大な広告料収入がかかっており、何が何でも視聴率を上げる為に接戦をあおるような調査結果を利用する。

 

民主党はどう考えても最初からクリントンが優勢なのはわかっていたが、「サンダースがいくらがんばっても結局はクリントンでしょう。」なんてマスコミが言うはずはない。クリントンの一人勝ちでは全然面白くないので視聴率は取れない。マスコミはサンダースを盛るような調査結果をどんどん流していた。

 

私の眼には、若者たちはサンダースが本気で大統領になれるとも思っておらず、米国を彼の言う北欧型民主主義の国にしたいと思っているわけでもないように見える。ただただ若者の不満を体制派にぶつけたい、怒りを社会に示したいという感じ。いまどきの若者は昔の学生運動に憧れをもっている所がある。「革命」とか「反体制」とかいう言葉に惹かれて、かつての学生運動の闘志サンダースをかついでいるだけという雰囲気だ。

 

共和党はトランプがまさかここまで来るとは私も思わなかった。そのうち選挙民の反感をかって失速するか、自前の選挙資金が底をついて撤退するだろうと思っていた。ところが共和党支持の庶民の中にはトランプを本気で大統領にしたいと思っている有権者が結構いるもので、まったく理解しがたく驚きだ。いずれ共和党首脳部がなんとかしてトランプを失速させるだろうとも思っていたが、行動に出るのが遅かった。

 

共和党の予備選に出馬していたニュージャージー州知事クリス・クリスティは討論会ではトランプを叩いていたのに、撤退後、なんとトランプ支持に走った。トランプに副大統領か司法長官のポジションを約束されたかと憶測されている。彼の行動も理解しがたい。結局はクリスティは「民衆の為に何かをするような人物」ではなくて「自分の立身出世が一番大事という人物」であることを米国民にさらけたようなものだ。トランプが共和党の大統領候補の指名を勝ちとったとしても本選で大統領に選ばれる可能性は大きくはないのに、政治生命かけるのか。クリスティはトランプ支持を表明してからニュージャージー州の地元の新聞やSNSで叩かれまくっている。今後トランプと全国行脚でニュージャージー州に不在で知事としての仕事をろくろく行わないなら知事を辞職せよと。クリスティは知事は2018年の満期まで辞職しないと今の所言い張っている。

 

3月3日の共和党討論会テレビ放映で、最後に司会者からの「あなたはもしトランプ氏が共和党大統領候補の指名を勝ち取った場合、トランプ氏を支持しますか?」という質問に対して、ルビオ、クルーズ、ケーシックの3人ともが「イエス」と答えた。トランプは大統領にはふさわしくない人物だ、米国の為にならないと討論会で激しい言葉であんなに戦ったのに。党の縛りがきついにしても、これまた結局は「米国や米国民のことよりも、自分の保身が大事」と米国民にさらけたようなもの。共和党のエスタブリッシュメントたちが支持されず、トランプに走る共和党支持の庶民の出現、トランプ旋風の遠因を垣間見た気がした。

 

118日の選挙日は、たんに大統領選挙だけの日ではなく、下院の全議員、上院の三分の一、そして複数の州で知事選挙や地方選挙も同時に行われる重要な選挙日だ。共和党内部からは大統領候補がトランプという看板の下では地元で選挙を戦えないと悲鳴が上がっているそうだ。共和党首脳部はこれからどうやってトランプに対抗するのかがこれからの予備選の見どころだ。