89回「米国議会と大統領の権限」

 

今年の118日は大統領選挙が行われるだけではなく、下院の全議員、上院の3分の1、いくつかの州の知事選挙、地方議員選挙も同時に行われる。大統領選挙の行方だけでなく、米国議会の行方もきわめて興味深いので、まず基本を押さえておきたい。

 

米国議会は上院と下院に別れており、上院の定数は100議席で、米国各州(50州)から2名ずつで、任期は6年。2年ごとに3分の1の議員が改選。州の人口にかかわらず各州から2名というのは、米国はあくまで合衆国であり、それぞれの州が一つの国のようなものなので、人口の少ない州が不利にならないように配慮されている。上院では1票の重みは人口の多い州と少ない州でものすごく違う。

 

下院の定数は435議席で、任期は2年。解散はない。各州の議席数は人口比例。選挙区割りは各州で行われる。10年に1度の国勢調査で決定される人口に基づいて議席数は各州に配分されるので、1票の重みが州によって違うということは起こらない。アラスカ州、バーモント州、モンタナ州、ノースダコタ州など人口の少ない7州では1議席しかなく、一方人口が多いカリフォルニア州は53議席、テキサス州は36議席、フロリダ州は27議席、ニューヨーク州も27議席ある。

 

現在は、上院は共和党が54議席、民主党が44議席、独立系が2議席で、共和党が多数派。下院は共和党が246議席、民主党が188議席、空席1で、これも共和党が多数派。オバマが2008年に大統領になった年の選挙では上院も下院も民主党が多数派だった。2010年の中間選挙及び2012年の大統領選挙の年は上院は民主党が多数派を保ったものの、下院は共和党が多数派に。そして2014年の中間選挙では上院も下院も共和党が多数派になった。そして2016年の大統領選挙の年、米国議会の議席は上院・下院ともどうなるかが見どころだ。

 

日本では歴史的に衆議院と参議院の多数派が同じ党であることが長年続いたので、両院が同じ党にならないと「ねじれ」になって何も決まらなくて問題だとされる。しかし米国では「ねじれ」の状態はよくあることで、両院とも同じ党が多数派になっている期間が長く続くということはない。上院・下院を別々の党が抑えていることで法案が良く吟味されるという効果もある。

 

上院・下院を通過した法案は大統領が署名して初めて法律として成立する。大統領には拒否権があり、大統領が署名を拒否した法案は、上院・下院に差し戻され、各院で3分の2以上の賛成があれば、大統領の署名なしで成立する。大統領は法案も予算案も提出することはできない。たとえば予算案は、大統領は要請的な性質をもつ「予算教書」を議会に送付し、議会が独自の予算法案をまとめる。したがって大統領が自分が思うような法律を成立させるためには、国民や議会に協力を求め、いかに理解を得るかが重要となる。大統領が法案を拒否するのは簡単だが、法案を通すことは難しいのだ。

 

米国大統領は大きな行政権を持っている。大統領裁量で任命される職は政府閣僚や高級官僚など数千にものぼるといわれている。大使の任命も大統領の権限で、大統領選挙の際の協力者や大統領の信頼する友人・知人などが大使に任命されることも少なくない。連邦最高裁判所と連邦下級裁判所裁判官の任命も行う。大統領裁量の任命には上院の承認が必要。大統領は条約の締結も行うが、条約の場合は上院の3分の2以上の賛成による承認が必要。

 

大統領には大統領令の発令権限がある。これは議会を通さずに発令することができる。大統領令の例では、古くはリンカーンの奴隷解放令や、日系人の強制収容があり、近年のオバマ大統領が発令したものでは、気候変動対策強化や化学物質の管理に関する大統領令がある。議会は大統領令に反する法律を作ることでそれに対抗することができる。また、連邦最高裁判所が違憲とすることもある。

 

大統領は米軍の最高司令官として指揮権を持つ。宣戦布告は議会の権限だが、議会による宣戦布告を待っていては敵対国から先制攻撃を受けてしまうリスクがあるので、ベトナム戦争以降の戦争は大統領は指揮権を根拠に議会による宣戦布告なしで戦争を始めている。核兵器使用の権限も大統領が持つ。

 

現在米国では大統領選の予備選が行われている。共和党ではトランプが予想以上に善戦し、それに危機感を持った共和党主流派がトランプ阻止に本腰を入れてから、トランプの勢いはやや落ちてきた。共和党主流派はクルーズを快く思っていないが、トランプに対抗するためにはクルーズに票を集めるしかないという状況になってきた。

 

7月の共和党大会ではトランプもクルーズもケーシックも代議員の過半数を取ることができない可能性がある。その場合、新たな大統領候補が立てられることも予想される。共和党上層部はポール・ライアン下院議長を共和党の大統領候補にと考えているとうわさされている。現在の所ライアン自身は否定しているが、どうなるかわからない。ライアンは4年前の大統領選挙で共和党の大統領候補ロムニーの副大統領候補だった人物だ。下院議長というのは下院の多数派の党の重鎮から選ばれる。下院議長は大統領、副大統領に次いで大統領の代行をする権限を持つナンバー3の要職だ。ちなみに上院議長は副大統領が務めることになっている。

 

共和党主流派がここまでトランプやクルーズを避けたがるのは、やはり上院・下院選挙で議席を減らすことをなんとしても避けたいという切実な問題があるからだろう。トランプは言わずもがなだが、クルーズは右派すぎて中間層の有権者票を集めるのは難しい。一方トランプは、以前は自分以外の人物が共和党の代表として大統領候補に指名された場合でもその人物を支持すると言っていたのに、最近、自分以外の人物が選ばれた場合はその人物を支持しないと前言を翻した。トランプが代議員の過半数を取れなくても候補者の中でトップであった場合、トランプがどういう行動に出るのかも見ものだ

 

民主党は相変わらずで、あまり面白みはない。残りの代議員の75%をサンダースがとらないとクリントンに勝つことは困難とCNNが言っていた。共和党の場合は州によって代議員数は勝者総取りということもあるが、民主党の場合はすべての州で代議員数は得票数で比例配分されるので、サンダースが小さい州でちょくちょく勝ってもそれほどの意味はない。各州の選挙結果に左右されず自由に民主党の大統領候補を選ぶ権限を持つ特別代議員のほとんどがクリントンを支持しているというのがやはり決め手だ。

 

これも民主党のお家事情がある。サンダースは長年ずっと独立系で大統領選挙に出るために2015年に民主党に突如入ってきただけの人で基本的によそ者だ。社会民主主義をうたうサンダースの政策案はあまりにも左派過ぎて、サンダースが民主党の代表としての大統領候補では、これまた上院・下院選挙を戦うには問題がありすぎる。

 

米国のテレビ局は民主党の予備選を少しでも盛り上げて視聴率を取る為に、サンダースはけっこう勝っているとか、特別代議員がサンダースに寝返るかもしれないとか、まだまだサンダースにも勝機があるとか報道することもあるが、大統領選挙に関しては米国のメディアの言うことをそのままうのみにしてはいけない。メディア・リテラシーをつけて冷静に判断すれば、民主党はどう考えてもクリントンだろう。