海外こぼれ話 179   

 

飛行機が飛ばない

 デュッセルドルフ空港からベルリン行きのフライト時間は、1855なので1730に通訳がアパート前に迎えに来てくれる手筈であった。突然1625に通訳から電話があった。15分前にユーロウィング航空(以前のジャーマンウィングから名前を替えた)からメールが来て、われわれの飛行機が飛ばないと連絡があったという。それで急きょ列車でベルリンまで行くことにしたので、急いでデュッセルドルフ駅の18番乗り場に行ってくださいという用件だった。

通訳とドイツのわれわれの会社に勉強に来ている学生のBさんは、早速車でデュッセルドルフ駅に向かっており、1649発の列車にギリギリ間に合うという。ドイツ鉄道の出発は、遅れがあるのが半分以上であるが、このような時には時間通りに出発するものだ。のんびり構えていたので、私も慌てて準備して出掛けた。駅に着いて時刻表を見ると、18番乗り場ではなく7番になっていた。慌てて電話をして確認を取るが、彼らも慌てていて間違えたようだ。

7番乗り場に行くと、既に1649発の列車は遅れなしで待機していた。マーフィーの法則がいつものように、こんな時に限って列車は時間通りに出発した。彼らは6分遅れで到着したが、がっくりしたようだった。「事故に合わなかったことだけでも幸いと思いましょう」と言って、「ゆっくりコーヒーでも飲みましょう」と気分転換するために、駅構内のスタバに行くことにした。

その間にベルリンまでのチケットも購入しておく。ドイツのスタバのマグカップは、実に大きく重く大量にコーヒーも入っているのでゆっくりと次の列車まで居座ることができる。世界共通の仕様のはずだが、微妙に違うようだ。

移動時間で良い仕事ができた

1等車の指定席を取る時に、駅員には机の付いている席を指定したがまったくそのサービスをしようと席を探そうとしない。ただ作業が面倒くさいからという理由だけであり、本当に困ったことだ。でも、サービスの悪いドイツ鉄道にもよいことがいくつかある。

机のある席がいくつか用意されており、そこでパソコンや飲み物を広げて楽しむことができるが、しかもそのサイズは日本の2倍以上だ。しかもその席は向かい合わせになっており、4人や2人の席も用意されている。さらに長期間の旅行者のために大きなトランクも網棚(実際には金属とガラスでできている)に載せることができる。新幹線や在来線では、それができないので不便だ。

さらにわれわれのように使用頻度の多い利用者のために、特別な席が用意されている。また指定した席でなくとも、空いていれば好きな席に移動もできる。

1時間のフライトが、4時間の列車の移動となり急に時間ができた。飛行機にはできないデスクワークがゆったりとできる。以前から気になっていたパソコン内の写真の整理をすることにした。デジカメで本格的に改善事例を撮影して保管していた写真を、企業様ごとに集約して再活用できるように整備するのだ。データを見ると2005年ごろからデジカメに移行したようで、さらに整理して見ると2007年から本格的に記録していたことが記録ですぐわかる。

企業1社ごとに編集開始だ。多い企業では数百枚もあった。企業の数は20社を超えて記録していた。集約して見るとその総枚数は、6652枚もあった。重複していると思われるモノを3割と想定しても、4000件以上の改善事例の写真を持っていることがわかった。一瞬にしてパソコンは件数を集計してくれる。

件数は多いと思っていたが、実際の枚数を見てびっくりした。オムロン時代の26年間に実施改善件数を集計したら、6000件以上もあったが、大体そのような似た数値になっていた。訪問先で改善をしているので、自分自身の数とは関係ないが、何かこの数値に魅かれる思いが出てきた。

これを再編集していくと、面白い企画が考えられる。それは、今検討して編集している「数えないで数える」、「検査しないで検査する」、「運ばないで運ぶ」などといった逆説的なことを実際の改善事例で示すことができる。欧州の人たちには、言葉で説明するよりも実例で見せることの方が納得をしてくれる。

「数えないで数える」とは、玉子のパックのように10個入りの透明なケースに入っているので、10個と数えなくとも10個とすぐわかる。そのような事例が改善のヒントになる。当たり前のことは見えなくなるので、見える事例を編集するのである。また同じ事例でも年数が経ち、他社の事例を紹介していくと自ら改善をする事例も並べると、さらに上を目指そうとする。この4時間は集中することができ、貴重な良い仕事ができた。

対応の悪さは相変わらずだ

ユーロウィング航空からのメールの連絡には、飛行機が飛ばない理由は何も記入してなかったという。この点はドイツ鉄道も同じで、不思議にも彼らは明確な理由を説明しようとしない。詳細は言わすに「技術的問題です」などと責任逃れというか、面倒なことにならないように自己防衛をしている。

飛行機会社に電話をかけようとしたが、多くの人が電話を掛けているらしくまったくつながらなかったので、すぐに列車に切り替えたという。このような不具合があれば150人くらいの乗客に直接電話すべきと思うが、ドイツのサービスの悪さというより、いかにもドイツ的対応だ。

メールを見ていて偶然に発見したから良いものの、知らずに空港に行って飛ばないことを初めて知ると、そこからの移動だとベルリン郊外のホテルには真夜中になっていたはずだ。でも考え方次第の問題として捉え、「この飛行機はもしかして墜落していたかもしれないので、神様が助けてくれた」と考えましょうと笑って済ますことにした。

列車で移動中にユーロウィング航空に電話をして、帰りの飛行機について相談しようとしたが、あとでかけ直すと言ったまま一向に電話を掛けてこない。「ドイツにようこそ!」だと笑って済ますしかない。

レンタカーは高級車になった

急きょ列車を使ったので、ベルリン駅からはレンタカーを頼むことになった。しかし駅構内のレンタカーは22時までなので間に合わない。そこで24時間営業をしている市内の営業所までタクシーで移動することした。急な変更だったこともあり、営業所にある車は少なくなっていた。交渉に時間が掛かっていたが、ベンツのSクラスしか残っていなく、それを少しの金額でグレードアップして借りることになった。

今までEクラスまでは借りることができたが、Sクラスは高いので普通は借りることはない。Bさんの運転でホテルまで移動する。私は後部座席に座ることになった。後部座席なのにリクライニングシートで、テレビやシート暖房、エアコンも付いていてまるで社長気分になれる。ちなみにベンツのセダンタイプは、最も小さいのがA、次にB、C、E、Sとサイズが大きくなっていく。

帰りの飛行機も予約していたが、その日にベルギーでテロ事件があり、ドイツの各空港も飛行機が飛ばない可能性が出てきた。そのままレンタカーを借りて、デュッセルドルフまで帰ることにした。3人の飛行機代を考えると結局は安上がりになった。

ベルリンからデュッセルドルフまでの530kmを、通訳1人で運転するのは酷な話である。たまたま若いBさんがいたので、Bさんがすべて運転をしてくれた。休憩を入れて4時間半だったが、ふかふかのヘッドレストやリクライニングシートで、仕事もゆっくり片づけることができ、しかも社長気分も十分味わうことができた。

普段は助手席での移動なので、後部座席は滅多にない。しかし仕事をしていたのだが、あとで気づいたら愛用の筆箱を忘れてしまっていた。47年間使っていたシャープペンや4色ボールペンなども消えてしまった。まあ社長気分を味わった代償としては、安い損失で我慢できる額だ。

この手の落し物が戻ってくる可能性は、日本以外はないと言っても過言ではない。特にワインや本なども宅配便で送っても、運送会社や配達した人がくすねることが当たり前の世界であるからだ。そういう点日本のモラルはまだ捨てたものではないが、最近は欧米化しつつあるのが心配だ。

季節外れのカーニバルに遭遇

 この前とても良い天気の日曜日になったので、少し足を伸ばして遠くの公園まで散歩に出掛けた。3月中旬になると水仙やクロッカスが咲き始めていた。公園の水鳥も餌を求めて、人のそばまで近づいて口摘まんでいる。人を全く恐れないようで、なんとリスまで飛び出してきた。

ドイツの都市の公園は、緑が多くこれらの動物もたくさんいるので、目を和ませてくれる。最近は、音楽を聞かないようにして散歩するようにしている。自然の音を聞いた方が良いと思うようになったせいか、それとも多分年を取ったからだろう。自然の音だけでなく、肌で感じることも大切であり、音楽がない方がそれらを感じ取ることができると思えるようになった。

耳を澄ますとブラスバンドやパレードの音が聞こえてきた。普段行かない通りの方向なので、音のする方に足を運ぶ。そうするとトラクターやトラックに10mもある荷台に色々な飾り物を載せた山車が見えてきた。山車の上には、10人くらい仮装をした人が飴玉をばらまいていた。1つ拾ってなめてみたが、春を感じるような甘い味だった。 

その周囲を囲む人たちの服装の多くは、牛やカエル、クマ、猫、犬などの着ぐるみ姿であった。顔にもカーニバル独特のペイントをしている。赤ちゃんから老人までこの山車のデコレーションや音楽を楽しんでいた。すぐ近くにはビール売り場やプリッツエル(丸い塩パン)、風船売りなどの露店もあった。

数えてみると数十台の山車が連なっており、それを囲む人たちも何層にも取り囲んでいた。後からわかったことだが、季節外れのカーニバルであった。本来は2月8日に行われるはずであったローゼンモンタークというお祭りが、当日暴風になり、この日になった。山車の内容は、難民問題や選挙などの風刺をしたものだ。ドイツ人らしくない結構細かいところまで細工が施してあった。

ローゼンモンタークとは、イースター(復活祭)の46日までに行われる「肥沃の火曜日」の前日の月曜日に行われるお祭りで、いわば断食前のどんちゃん騒ぎをしてしばらくイースターまで耐え忍ぶのである。また女性が男性のネクタイを切る行事もこの祭りの前の木曜日に行われるが、これらは毎年日付が変わるので、海外出張の日程を組む時に難儀する問題の1つである。宗教問題には口を出さないのが、海外で賢く生活する手段の1つである。

航空会社の戦い

今回は、ドイツ、スイス、ハンガリーの3か国を回った。スイスへの移動は飛行機であるが、空の上でも企業間の戦争になっている。デュッセルドルフとバーゼルの飛行機は、LCC(格安航空会社)が争っていた。最近はユーロウィング航空だけの1往復しかなくなってしまった。

その背景には、フルトハンザ航空が独占しようとしている。エアベルリン航空が、ベルリン空港の権利を買っていたが、何度も空港の開港が遅れてしまい欠損を出して潰れかけている。一気にエアベルリンを潰そうとLCCを使って似たような時間に飛ばし、しかも格安にしてケンカを吹っ掛けている。相手が廃線になれば、独占できるので値段を上げて儲けるという汚いやり方である。

実はハンガリーのブダペスト行きもハンガリー航空がつぶれてしまい、デュッセルドルフからはユーロウィング航空のみになってしまった。だから今の航空料金は、かなり高額になってしまっている。12月にケルンからクロアチアまでの飛行時間は約2時間であったが、ブダペストまで同じ2時間を飛ぶのに値段は4倍以上に跳ね上がっている。

鳥取や島根も同様で、JALとANAが別々なので料金が高額になっており、岡山のように2つの航空会社があれば、値段が半額以下になる競争の原理が働く。値段は相場というのが良くわかる。言い方を代えれば、取れるところからは取ればよいという企業側のエゴが見えてくる。失礼、国の税金もその通りでした。

ただ最近ユーロウィング航空が、昨年の副操縦士の事故以来変わってきつつある。ジャーマンウィングから名前を替え、飛行機のロゴ、内装、制服、機内サービスも一新しようと異例の速さで取り組んでいる。余程イメージが悪かったことがあり、それを払拭しようとしている努力は認めざるを得ない。

見学が絶えない工場

スイスの工場は、以前からかなりオープンな性格であり各企業からの訪問者を受け入れて工場見学や一緒に改善活動もしている。バーゼル地方の企業や商工会議所などからも見学が増えているという。トヨタ方式を着実に取組み、経営成果に結びつくようになったのは、活動をはじめて4から5年目であった。

当初の混乱した生産現場が思い出せないほど見事に日々改善しており、近郊の企業からも奇跡だと言われるようになったという。やはり成果が出せるのは、トップと幹部の改善に対する姿勢や志、そして諦めない精神力という目に見えない力を結集し継続している点が共通点と思う。今までに200工場以上もコンサルしていているが、この工場ほど後戻しのない工場はない。工場見学があると、従業員も緊張感とプライドが上がってくるのは、日本でも欧州でも同じだ。見られることで、お互いに気づきが生まれ、さらに良くしようと意欲も出る。

あと1年で定年というZさんには、必ず現場に出向き挨拶するようにしている。この工場の前工程の生産の規律を、一手にまとめ上げている方だ。トヨタ方式を導入してから毎日仕事がとても楽しくなったというお礼だった。日々改善してそれば見るようになってからまた楽しさが倍増しているというので、私の目頭も熱くなってしまった。このようなことがあるから、コンサルタントの仕事にまたやりがいが出てくる。欧州の人で仕事が楽しいというのは珍しいことだが、そのような人を一人でも育成できたことが嬉しいことだ。

2008年当時の在庫仕掛から比べて、現在は30分の1以下になっているという。次第に仕入先からの協力も良くなってきて、善のサイクルも見えて回ることを感じているという。部品を見たら、OMRONの製品もあった。以前は日本のT社のリレーの製品だったが、品質不良がとても多く切り替えしたという。

旧車の話に花が咲く

 スイスのいつものレントランでは、ビールを赤ワイングラスに入れてくれる。普通はビールグラスに入れるが、このレストランで初めて体験をしてからアパートでも赤ワイングラスに入れて飲むようにしている。白ワイン用のグラスより、赤用はブランディーグラスのようにそこが丸くなっているので、ビールの香りがしっかり鼻に届き楽しむことができる。しかも飲み口が広くビールを胃袋に流し込むというのではなく、ワインのように味わうようになり、少し違った美味しさを楽しめる。

 この飲み方が一般的ではないと思っていたが、先日あるフリーペーパーの「ビール小話」というコラムに掲載されていた。このビールジャーナリストもワイングラスで飲むことをしているという。ドイツではビールの種類が多過ぎてグラスまで気づいていなかったが、これからは色々な注ぎ方も見ていきたい。

 このレストランのソムリエと話していると、今日駐車場に赤のボルボの旧車があった。調べてみると、1969年ごろの「Amazon」という機種であった。ソムリエに「今日駐車場にいい車がありましたね」と訊ねたら、急に口を開き始めた。なんと彼もオールドタイマ―(旧車)のファンであった。彼の車は、1984年製のVW社のサンタナといい、しかも特別車であり滅多に残っていない機種であり自慢だという。人は見かけではわからないものであり、積極的に話し掛けてみることだ。ビールからワインに切り替わりますます舌は回り始めた。