海外こぼれ話 180   (2016年6月号)   

 

ハンガリーでのセミナーの準備

 

 毎年のようにハンガリーの首都ブダペストで、トヨタ方式のセミナーが開催されており、その座学の講師を務めさせてもらっている。昨年までは3年前のテキストを使っていたが、時代の変化とともに説明したいことも変わっていくので更新依頼をお願いしていた。

毎年というより、毎回内容が変わっていく必要性を感じる。日本での各種セミナーも毎回更新をして、顧客や受講者の皆さんに少しでもお役に立ちたいと思っている。毎回のセミナーで不足している内容や追加の資料は、都度フリップチャート(模造紙)に描き込んでいたが、その枚数が毎回20枚以上にもなるので結構労力だった。

 また伝えたいことの重要項目に、人財育成、思想、マネジメントがあり、これらはハンガリーではほとんど伝わっていないらしい。いわゆるハンガリーの企業はほとんどがドイツや日本の企業から教わっているのは、手法だけに留まっているようだ。毎回参加者に質問をするのだが、結局表面的な理解だけに留まっており、これらを理解して生産活動に組み込んでいけば、従業員の能力・才能・情熱をもっともっと発揮でき、そのお手伝いができると考えている。

 1月に日本語版をハンガリー語に翻訳するというので、以前の2倍の44枚となるパワーポイントの原本を送った。2週間してから、今度はドイツ語版も欲しいというので、翻訳したものを再送した。しかし開催日の10日前になっても開催するかどうかの連絡がないので、また本当で翻訳したかどうか、さらにセミナーが開催されるのか不明で心配だった。何度も督促しても回答がないので、キャンセル料を請求しようかと考えていた。

ようやく1週間前になって開催しますと連絡があった。でも飛行機のチケットは、ハンガリー側が用意するので、どの便と使うのか、既に手配したかと督促確認のメールを送った。直接担当に電話しても、出ようとしないのは不思議なことだ。多分都合が悪いので、話をしたくないことが見え見えだ。

ようやく連絡が取れたが、案の定チケットの手配はまだのようで、「旅行者が多い季節なので、チケットが手に入らないこともあるぞ!」と脅しをかけたらすぐに慌てて手配をしてくれた。担当者が替われば、まったくこのような事務手配や配慮も違ってしまった。標準化の講義もしているようだが、本人ができていないのによく他人に講義ができるものだと感心してしまう。ある意味凄い神経の太さを持っておられるようだ。

開催前日になっても、翻訳したハンガリー語のテキストがまだ届かない。さらに待ったが、飛行機が出発前になっても届いていない。日本語版なのかドイツ語版で講義をするのかと興味津々だ。私も忍耐力が問われるようだ。前日の夜遅くメールがようやく届いた。まるで綱渡りのセミナーのようだ。

 

久しぶりに通訳と食事ができた

 

 ブダペスト空港の送迎は、誰が来られるかが前日になってようやくわかった。前回は当日になっても誰が来るかもわからない状態で、20分も出口で探しまくった苦い経験があった。事前に送迎担当が通訳のKさんとわかったので、お土産も用意し、日本語版のパワーポイント、そして解説文も添えて送信した。

もっと早くわかっていれば、テキストが変わったので説明もできたのに残念だ。ちなみに帰りの送迎は、Zさんが担当するという。実は昨年7月のセミナーで気温43度を経験して、帰りにビールを飲んだが、今度事前に予定をして一緒に食事をしようと相談していた。

 今回のホテルは、会場近くの4つ星だ。でも夜食はなんと8時が最終オーダーという極めて料理に淡泊なホテルだ。普通は10時でしょ?私のホテル到着は、9時なので間に合わない。そのために近くのレストランを紹介されたが、担当者のお気に入りだという。

Kさんと夜に食事をするのは久しぶりであり、多分翻訳もKさんが担当しただろうと思ってその労いも含めて、ご招待をするつもりだった。あとでわかったが、そのテキストはドイツ語版をハンガリー語に翻訳したものだった。翻訳の翻訳版なので一部間違った内容もあったようだ。日本語をハンガリー語に直訳していなかったのだ。2か月前に送信しているのに、事務局の怠慢である。

 タクシーの運転手が、トランクをホテルまで持って行ってくれるという嬉しいサービスをしてくれた。偉く立派な運転手だと思ったら、Kさんがいつも使っている人だったので安心してトランクを預けることができた。店に入ると、ハンガリーの今までのイメージと違うモダンな雰囲気で、既にジャズの生演奏が始まっていた。事前の予約がしてあり、最も奥のテーブルが用意されていた。生演奏の音が煩くなく、周りのお喋りも余り気にならない良い席だ。

軽い食事のつもりでいたが、せっかくの美味しいハンガリー赤ワインがあるので、腹八分のメニューにした。綺麗なルビー色のワインは、香りも味も良い。最初に肉のスープが登場したが、欧州で最も煮込み料理が美味しいハンガリーならではの味だった。特に関西圏の薄味に慣れているので、このスープは薄味ながら旨味がたっぷりあった。ワインが足らなくなり追加する。

Kさんとは久しぶりなので、積もった私的な会話に話が弾む。通訳として相手の話を良く聴き、しかもその根底にある想いも探る才能も素晴らしいので、さらに話をしたくなる。メインは鶏肉のウィーン風のトンカツらしき肉にポテトのサラダが添えられていた。ポテトがトロトロで美味く、肉は柔らかで衣はサクサク、ワインも会話も進むはずだ。もう一杯と思ったが、明日の講義に差支えるので自重した。

 

セミナーが始まる

 

 朝食を終えてさらに時間があったので、事前準備を繰り返す。時間通りに会場に出向き、セッティングをして心の準備も整える。新しいテキストの時間配分を再確認する。休憩時間を除くと実質5時間20分なので、1枚のテキストに約8分で説明すればよい。と言っても現実は、途中質疑応答もあり、写真による事例説明も入るから、全体像を掴んでおく。あとは雰囲気を読んで逆算しながら流していけばよい。絶対に守るべきなのは、終了時間である。遠くからも来場するお客様もおり、列車に間に合わないとクレームになるからだ。

 今日は9時前から何人かが、開始前から来場されていたが珍しいことだ。時間がある時には、幼児番組の「ピタゴラスイッチ」のビデオを流すようにしている。欧州の人たちは、このからくりで動くビー玉の動きに非常に興味を持っており、セミナー前の息抜きにも使っている。開始時間になり主催者側の挨拶が5分ほどあり、そこからセミナーが始まる。

 事前に来た人たちと名刺交換をしたら、2人がカタカナで名前が書いてあった。企業名を確認すると、日系の自動車関連だった。挨拶も「オハヨウゴザイマス、ドウゾヨロシクオネガイシマス」と非常に流暢な日本語で聞くことが出来た。他にも挨拶程度は、日本人と変わらないくらい流暢にしてくれる人も何人かいたが、日系企業の海外進出がこのようなことでわかる。

 1つの講義が終わる約10分前に4人一組になって、講義から何を気づき感じたか、各自の意見交換も兼ねてチームミーティングを行うように指示した。欧州の人はこの時間が好きなようだ。日本でも私はこの手法を活用しており、これをやることで一方的なセミナーから双方向にして参加意識を持ってもらうようにしている。そのやり取りの状況から、チームにアドバイスをしたりもする。

 さらに午前と午後はすべての席替えを行い、前と後ろも入れ替えてお互いの交流の幅も広げるようにしているが、これも前回からの大好評のやり方である。セミナーの内容も形式も進歩しつつある。逆に同じやり方であると飽きられることもあるので、常に変化させる必要がある。失敗もあるが、何もしないより絶対に良くなることが多い。

 

遅刻した人には歌ってもらう

 

 質問をして良いかと手を挙げる人もいるが、まず相手のことを良く聴くことだ。冷やかしもあり、文句も言いたい人もいるし、勘違いの質問もあるので、まず相手の良く聴くことだ。その質問の答え方で、会場の雰囲気が一変に変わることもあり注意を要する。逆にテキストにない答えや考え方を、説明できるチャンスにもなる。まずすべてを受け止めてから、一呼吸を置いていきなり答えを言うのではなく、例え話で説明するようにしている。

そうすると答えの範囲が広がり、受け入れやすくなる。そしてまだ理解できず納得のいかない顔をしていれば、さらに例題を交えて提示して確認する。ほとんどの場合は、納得をしてもらえる。質問の時に何を言いたいかの真相を探ろうと耳と神経を研ぎ澄ましている。その態度も他の人が見ていることを忘れてはならない。90分のうち最後の10分間は、4人一組となってお互いの感想や意見交換を行う機会を作っている。これが大好評のやり方になっている。

次の開始時間に1人の遅刻者がいた。言い渡したように、彼に皆の前で歌を歌うように罰ゲームを言い渡した。ハンガリーの子どもが良く歌う「子牛の歌」を歌ってもらった。彼はニコニコしながら歌ってくれたが、そのあとの遅刻者はまったくでなかった。歌の力は、凄いものがあるなあと納得した。

 

お土産はワインではなかった

 

午前の部が終わり、セミナー参加者はサンドイッチを食べる。しかし私と通訳は、近くのイタリア料理店で食事をすることなった。会場から50mのところにあり、席も事前に用意されていた。1時間しかないので、簡単なメニューにした。前菜のアンティパストにした。出てきた料理は、生ハム、チーズ、ルッコラなど、どう見ても2人前のボリュームだ。さらにパスタの生地で作ったパンも出てきた。これにワインがあればよいのだが、昼からのセミナーに問題となりそうなので涙をのんで我慢した。結局半分しか食べられなかった。

午後の部も順調に始まった。午前と午後は席替えをして、チームメンバーを総入れ替えした。こうするとさらに人の交流ができる。これもセミナーの良いところだ。15時の休憩に担当者がやってきて、17時ではなく、16時半で終了して欲しいと要求してきた。それなら昼休憩の時に言って欲しかったが、まあええ加減だ。それでも時間通りの16時半に終わらせた。しかし本人はまだ来ない。結局彼女は5分遅刻してきたが、それはないだろう。でも全員のフィードバックの感想は、前回同様非常に良い結果だった。

前回の時はセミナーのお礼にとワインをもらったが、鞄に入りきらないので、通訳に差し上げた。今回は、トランクに入れられるように準備してきた。ところが今回は予想に反して、「夜の便まで時間があるので、サンドイッチと水を差し上げます」という。「はあ?」という感じであったが、いやな顔をすることもなくお礼を言った。あとでレジ袋を覗くと、中身はなんと昼の残飯だった。今まで、いつもワインかサラミなどハンガリーの名産だったのでガッカリした

それでも空港までの引率は、Zさんだったので会話も楽しくできた。彼女は、念願の日本の大学院の留学が決まって大喜びだ。これで彼女とも日本で会えるかもしれない。空港に早く着きすぎて、チェックインができなかった。40分ほどお茶を飲みながら時間を潰した。チェックインして機内に乗ったが、トラブルで出発できずまた時間待ちになった。結局デュッセルドルフのアパートに戻れたのは、24時前だった。疲れがどっと出てしまった出張になった。

 

新しい会社での取り組み

 

 ドイツの新しいクライアント(お客様)を開拓するために、某企業に2回目の訪問ができた。初回の時は、社長、工場長、そして組合長の3者会談だった。当初2時間の予定だったが、彼らが話に乗ってきて、最後は予定外の工場案内もしてくれるということで、結局6時間にもなってしまった。そして、会社として一緒に改善をしたい意向の連絡があった。しかしすぐという訳にもいかないという。それは組合との合意が、不可欠ということだった。 

今回は会社幹部と組合代表が、私のやり方について実際に体験してやるかやらないかの判断をする味見ワークショップになった。味見ワークショップとは、1日参加して実際に体験してやるかやらないかを判断する確認するものだ。

 食堂に臨時のセミナー会場を設けて、半円形に席を並べた。全員が着席してみると、左半分が会社幹部、そして右半分が組合代表と見事に分れて座っているとコーディネーターが耳打ちしてくれた。これですぐに幹部と組合の中が悪いことがわかった。これはどこでもそうであるが、特に欧州は日本以上に会社と組合との仲が悪い。そのために、最初の相談の時や味見ワークショップには、必ず組合側にも参加してもらうように15年前から取組んでいる。

 まずトヨタ方式のフレームワークを紹介し、さらに肝心な思想についても紹介をさせてもらった。企業の目的や人間としてどのように働くべきかなどを、双方向で分かりやすく説いていく。そして3つのテーマを選定してもらい、幹部と組合側の混成チームで、現場観察、問題点の発見、改善案の抽出、さらに残った時間に少しでも改善を自ら実施してもらうようにした。

 一通りの説明が終わり、質疑応答の時間になった。それは疑問のある人だけが残って私と話し合う設定であった。休憩後それぞれの現場に行くかと思ったら全員が残っており、疑問や質問に答えて欲しいということであった。会社幹部と組合の双方が全員関心を持って戴いたようだ。次々と質問や意見、さらに辛辣な会社側への反対意見もあったが、私もそして社長も丁寧にしかもゆっくりと説明していった。社長が組合側に説明する時は、異常かと思うくらいじっくりと説明される。神経を相当使っておられることが伺えた。説明が1時間になったので、「現場に行きましょう」と促すと皆さんが素直にそれぞれのチームに分かれて現場に向かわれた。

 

チームが一体になった

 

 少しヒートオーバー気味だったので、水を飲んでクールダウンした。30分してから3つのチームの雰囲気を確認するために巡回をした。2回目の工場見学なので、1回目で気づかなかった多くの問題や課題も見えてきた。目が肥えてきたという感じだ。

皆さんが熱心にオペレータの作業を観察し、多くの問題点も記述されていた。数年前から別なコンサルタントを呼んで現場改善しているので、観察の仕方も少しアドバイスを付け加えたらヒントを得たようだ。

 1時間の観察後に問題点のまとめに入った時に、奇妙な現象が見られた。それはセミナーの時には、幹部と組合が完全に分れていたが、問題点のまとめのための時はフリップチャートの前で両者が混然一体になっていたのだ。良い感じになってきたと思った。さらに1時間が経過すると、3つのチームが問題点をまとめることが出来た。20から30件とまずまずの数だ。

 そこからすぐにできる改善をリストアップしてもらい、残った2時間の間に数件ずつ改善もしてもらった。簡単なレイアウト変更や5Sなどは、すぐにやりあげてもらった。各チームが発見した問題、そして主な改善をプレゼンで紹介し合った。この頃になるとチーム内の雰囲気も、非常に良くなっていることが手に取るようにわかる。

 全員が着席して、今日の全員のフィードバック(感想)をしてもらった。マイクはいつもの手描きのものだ。席を見ると、幹部と組合の何人かが入れ替わっていた。一緒に仕事をすることになると、コミュニケーションが必要になる。

しかもこのやり方は、現物を実際に観察するので共通の会話ができ、同じ問題や改善案を検討するので、相互のやり取りの中で心の垣根も次第になくなっていくようだ。組合側の反発はほとんどなくなっていた。

相当納得してもらったようだが、まだ結論は出ていないので最後までフォローしなければならない。でもとても爽快な気分になれた。楽ではなかったが、楽しい味見ワークショップになった。そのあと社長自らがホテルまで車で送ってくれた。これはドイツでは、非常に良かったという意思表示でもある。