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「私が救急車で運ばれるなんて」

 

6月15日の午後1時頃、突然のめまい。私はめったにめまいなどしない。そんなにたいしためまいではなかったのでベッドで横になればよくなるだろうと思い、寝て天井や壁を見ていると、ゆらゆらと回転性で周囲性のめまいがさらにひどくなった。吐き気がして夫を呼び、トイレに駆け込んで吐く。リクライニング・チェアのほうがいいのかなと思って、こんどはそこで休んだ。しかし吐き気はおさまらない。さらに吐く。とても苦しい。あまりに苦しくて呼吸が激しくなった。両手にしびれを感じてきた。夫が救急車を呼ぼうかと尋ねたが、「車でER(病院の救急治療室)に連れて行って。」と私は答えた。

 

しかしその直後に体全体が急激にしびれてきて、体の中心部がキューっと締めつけられたような感じになり、足先までしびれた。手先は拘縮して変な形になったまま指を動かせない。「なんだこれは、私、どうしちゃったの?どうなるの?こんなのなったことない。体の両側がしびれるんだから脳梗塞じゃないよね。頭痛もしないから脳出血系でもなさそうだ。なんなんだこれは?」呼吸が速くて苦しい。

 

夫は驚いて救急車を呼んだ。電話の説明でそのひどいしびれはおそらく過呼吸による症状が出ているのだろうということで、ゆっくり呼吸するように言われた。救急車は10分くらいで到着。救急救命士が私の様子を見て、すぐに過呼吸の症状をやわらげてくれた。めまいの様子や、どのくらい吐いたのか、下痢はしなかったかとかいろいろ聞かれた。めまいも吐き気もまだ続いていた。夫に私の健康保険証の置き場所を告げるが、夫はなかなか見つけられない。私は苦しくて歩くことができない。しゃべるのも苦しかったが、なんとか夫が私の保険証が入っている財布を見つけた。救急救命士が「これから病院に行って病状の査定と治療をしてもらいたいですか?」と私に尋ねた。そんなの当たり前じゃないか、そのために救急車を呼んだのにと思った。「はい、お願いします。」と答えて、私は救急車に乗せられた。

 

救急車に乗せられる最中も私は吐き気が止まらず、口に嘔吐袋をずっと持ったままだ。吐き気を止める為、救急車の中で救急救命士に、左手の甲の静脈に短いY字管付の点滴留置針を付けられ、注射の薬剤をそこから投与された。私はそれを見て「へー、救急救命士はこういうこともするのか。」と思った。私の手先はしびれでまだ拘縮していた。そういう作業をしていたので救急車は私を乗せてから家の前に止まったままなかなか出発しなかった。私は見えなかったのだけれど、後で夫から聞いた話では、近所の人が何事かと数人出てきていたそうだ。救急車はやっと動き出し、近くの大きな病院に向かった。車で8分くらいの所なのだが、車酔いする感じもして気分が悪いままで、えらく遠く感じた。夫は帰りのことも考えて、自分で車を運転して救急車の後に続いた。

 

ERに到着するとすぐに救急用の部屋に送られ、患者用のガウン(診察着)に着がえてベッドで横になった。看護師やメディカル・アシスタントが次々に来て血圧計、指先につける血中酸素濃度計、心電図などのバイタル機器につながれた。別の一般入口から入らなければならなかった夫は、遅れて私の部屋に到着。入れ替わり立ち替わり複数の医療関係者(メディカル・アシスタント、看護師、フィジシャン・アシスタント、医師)が来て、症状についていろいろ質問される。それから医療事務の人に尊厳死委任状の有無を聞かれ、その他一通りの書類にサインしなければならなかったのだが、私はまだ苦しかったので夫に代理でサインしてもらった。

 

経口の薬を飲んだ後、しばらく休んでいるとしびれが改善し、手先の拘縮もなくなり、体の中心部が締め付けられる感じのしびれもなくなった。胸部のレントゲン撮影をしましょうと言われた。レントゲン室に行かなくてもよくて、レントゲン技師が機械をもって来て、ベッドで起き上がるだけで撮影できるタイプのものだった。それからしばらくして医師が来て、たぶん脳の問題はないとは思いますが、念のために頭だけCTスキャンをしましょうということで、私はCTの部屋まで車椅子で運ばれてCTをとった。

 

その後、吐き気はまだ少しあったので、すでに救急救命士によって左手の甲に付けられていた点滴留置針の先に付いたY字管に接続して点滴で1時間位薬を投与。こんなものを手の甲につけるのは生まれて初めてだった。夫が循環器系の病気でここ数年の間に何度か入院したことがあるので、夫がそれをしているのはよく見ていた。手の甲の静脈に点滴の液体が最初に入るとき、ぐわっと血管が急に広げられるためか一瞬痛くて思わず「うー」と声が出た。点滴は最初に留置針を刺す時だけ痛くて、その後は痛いことがあるなんて予想していなかった。夫に聞いたら、そんなもんだよと。

 

ERの医師にVertigo (回転性のめまい)と診断された。なぜこんなめまいに襲われたのか思い当たることがあった。4月初めごろ左耳の奥の方が痛くなった。単なる炎症かなと思って家に使い残しの抗生剤があったのでそれを服用すると3日くらいでよくなった。それから5月中頃にまた同じことが起こった。別に耳だれもないし、耳鳴りもしない。なんだか耳の奥の方がひりひりつんつんする感じ。耳鼻科に入った方がいいなあと思いつつ、たいした痛みでもなく数日で収まるので様子をみていた。6月15日のめまい当日は耳の痛みは全然なかったのだが。

 

めまいでひどい吐き気がするというのは、平衡感覚をつかさどる三半規管の根元の耳石器にある耳石の一部がはがれて半器管に入ってしまってそれが動くと、そうなることがあるというのは知っていた。10年位前に日本にいる母親がそれになって、吐いて吐いてたいへんだったという話を聞いたことがあった。メニエール病か、耳石が動くのだろうとかかりつけ医に言われ、専門医に診てもらったら耳石の問題だったらしい。私もその可能性もある。しかし私の場合は頭を急に動かしたときにめまいがするというのとは違う。ERの医師に数日のうちに耳の専門医に行くように言われ、めまいを緩和する薬と吐き気止めの薬3日分の処方箋を渡されて、その日の夜8時頃ERを出て、夫の車で家に戻った。

 

それから5日後に耳の専門医に診てもらって、さらに6月末に耳のいろんな検査をしたばかりで、なにが原因なのかまだよくわからない。VNG検査(耳の前庭の検査)の中の一つに、片側の耳の中に細い管で一度目は暖かい空気を入れ、そのあとで眼を覆っている特殊なゴーグルの中に映る光の点を見つめよという検査があり、2度目は同じことを冷たい空気を入れた後に行う。その検査で右耳の時はなんともなかったが、左耳の時はめまいがした。やはり左耳がなんかおかしいと感じる。検査結果を踏まえて2週間後くらいに耳の専門医にまた診てもらうのだが、それまではよくわからない。

 

そうこうしていたら、今日、6月15日に行ったERでの料金の請求書がきてぶったまげた。ERで病院がチャージしてきた保険適用前の満額はなんと総額約1万2千ドル!それが保険会社が病院と提携しているためのディスカウントで約7千ドルに減額され、さらに保険適用で、結局私の個人負担は2千百ドル!2千百ドルといえば、1ドル百円で計算すると21万円だ。救急車料金は別の請求書で保険適用前の満額で七百ドル。これは保険会社からの通知がまだ来ないのだが、保険適用で個人負担はたぶん百ドルくらいになるはずだ。

 

ちょっと救急車で運ばれてERに行って診断と検査をしてもらい、5時間位過ごしただけで21万円!請求書の内訳をよく見ると突出して高いのはCTスキャンで病院は満額で約5千ドル、保険会社との提携ディスカウントで約3千ドルに減額で、さらに保険適用で個人負担は930ドル。えー、CTとっただけで930ドルか!日本だったらタダみたいな値段なのに。

 

請求書を見て、救急車の救急救命士が「これから病院に行って病状の査定と治療をしてもらいたいですか?」と私に尋ねた理由がようやくわかった。たぶんめまいの常習的な患者は救急車を呼んでも、それで収まれば必ずしもERには行かないのだろう。

 

それにしても、私の夫は循環器系の病気の為、ここ数年、何度か救急車を呼んだことがあったが、まさかこの私が救急車で運ばれるなんて。あれから半月たったが、めまいも吐き気もすることはなく、調子は良い。左耳はやはり軽微な痛みを感じることはたまにあるがたいしたことはない。健康そのもののようでも、人間いつどうなるかわからないものだなあとつくづく思い知らされたのだった。