「米国で見るリオ五輪」

 

私はオリンピックを見るのが好きだ。88年のソウル五輪から米国で見ている。アトランタ五輪を見に行った時のことを3年前にこのエッセイで書いたことがある。オリンピックなんてそうそう生を見に行けるものではない。リオ五輪はテレビで観戦。毎回のことだが、米国ではオリンピックは始まるまで盛り上がらない。一体いつから始まるのか、この私でさえよく知らなかった。

 

米国では毎回五輪放映はNBCテレビ局の独占放映だ。放映権と広告収入の巨額なビジネスが絡んでいるので、視聴率を高めることがテレビ局としては最重要だ。今は大会5日目が終わった所。例年のことながら、今回はあまりにその視聴率稼ぎのやり方が「ひどすぎる」と感じる。

 

8月5日金曜日の開会式。リオデジャネイロと米国東海岸は時差1時間しかない。それなのにNBCは生放送をせず、3時間遅れで夜のゴールデンタイムに合わせて録画放映しかしなかった。現地で開会式が始まるのは午後6時。それは米国東海岸では午後5時、西海岸では午後2時にあたる。まだ多くの人が家に帰っていない時間になるのでゴールデンタイムに録画を流すというのはわかるけれど、開会式の生放送がないというのは五輪ファンとしてはまったく失望。ツイッターで日本の人たちが開会式のもようをつぶやいているのを見ながら、そうかそんな感じで開会式は進んでいるのか、生ではもう選手の行進が始まっているのか、こっちはまだ開会式始まったばかりだぞとかぼやきながら見ていた。

 

大会2日目、柔道女子48キロ級の近藤亜美選手と、重量挙げ48キロ級の三宅宏実選手を見たいと思って、NBCのライブストリーミングで見た。ライブストリーミングはロンドン・オリンピックの時から可能となっている。パソコンでインターネット上で見るので画質はよくないし不安定だ。時々わけもなく画像が静止して、少ししてからまた動き出したり、フリーズしたり、やっかいだ。しかし以前は米国であまり人気のない競技は全くテレビ放映はなかったので、ライブストリーミングでマイナーな競技も見られるのはありがたい。

 

近藤選手は3位決定戦で最後の数秒で1ポイント取って銅メダル獲得。三宅選手はスナッチで最初2回失敗した時は崖っぷちで、3回目に挙げられなかったらこれで彼女の五輪は終わりになるところだったが、3回目にみごとに81キロを成功させた。ジャークでは1回目に105キロを成功、3回目には108キロを成功させ、銅メダル獲得。精神力の強さ、勝負強さがさすがだった。

 

夜のゴールデンタイム、NBCのメインチャンネルでの放送は、競技によって録画と生放送をまぜて、人気種目と人気選手を中心に番組編成する。どの種目を放映するかはだいたいは紹介されているが、一体どの種目を何時に流すのかは言わないので、見たい競技がある場合はずっとチャンネルを変えずに見続けるしかない。夫と私はテレビで水泳男子400M個人メドレーを見ていた。日本人二人がトップを争っていたので、てっきり予選かと思って見ていたら決勝だった。萩野選手が金メダル、瀬戸選手が銅メダル。NBCはちょこちょこ場面を切り替えるので気をつけてよく見ていないと、今何を放映しているのかすぐにはわからなかったのだ。

 

大会3日目、米国のマイケル・フェルプスが出場する男子自由形100X4のリレーは表彰式が印象的だった。フェルプスの隣に並んでいた若い選手がこらえきれずにぼろぼろと嬉し泣き。オリンピックで金メダルを取るという夢がかなった、それも子供の頃に見たあこがれの英雄フェルプスとリレーで一緒に泳いで金メダル。彼の気持ちを想像するだけで私は胸が熱くなった。

 

大会4日目、体操男子団体決勝は昼間の時間帯に行われた競技で、日本が金メダルを取ったことはツイッターのニュースで知った。ライブストリームがあったのかどうかははっきりしない。仕事が忙しくて見ていなかった。米国は内村選手を注目していたのでゴールデンタイムの夜に放映されるだろうからそれを見ればいいと思った。その日8時からNBCをずっと見ていた。水泳、飛び込み、ビーチバレーボール。いつまでたっても体操男子団体決勝が放映されない。人気競技だから最後にもってくるのだろうけど、夜11時過ぎても映らずイライラがつのる。やっと1140分になって放映したが、なんと米国選手の床とあん馬が放映されただけ。信じられない!外国選手は一切放映されず日本の内村選手も白井選手も全く映らず、12時に番組が終わった。いくら米国が5位だったからってそれはないでしょう、人気競技なのだから世界のトップ選手の試技を見たかった人も少なくないはずなのに。NBCは米国がメダルを取れないものは放映する価値なしと言わんばかり。8時からずっと見ていたのにひどすぎる。

 

大会5日目、体操女子団体決勝で米国は金メダルが予想されていた。しかしNBCは生放送をテレビでは放映しない。私は午後3時からのライブストリーミングを見ていたのだが、今度はなんと外国の選手ばかり映す。米国の選手の試技を映さない。米国の選手の試技を見たかったら今夜のゴールデンタイムのテレビ番組で見てくださいということだ。ストリーミングで最後の種目の床だけ米国の選手3人の試技が映り、金メダルが確定して米国チームの5人が喜ぶ姿が放映されただけ。これには米国人も不満がつのったようでツイッター上でNBCを批判するつぶやきが激増した。

 

そして夜8時からNBCのメインチャンネルで五輪番組を見た。8時代から体操女子団体決勝が放映され、競技の前半が終わった所で水泳に画面が切り替わった。マイケル・フェルプスのバタフライ200M金メダルと、リレーでの米国チームの金メダル。そして10時半ごろから体操女子団体の後半が放映され、喜びの金メダルシーンと表彰式でその日の番組が終わった。

 

米国に住むようになって初めて知ったことだが、米国には歴史的に柔道で強い選手はいないので柔道がテレビ放映されることは普通はない。米国に来て初期の頃、柔道の山下選手の名前を知っているかと米国人に尋ねたら誰も知らなかった。今回は米国の選手が柔道で初めてのメダルを取ったのでちらっとだけテレビに映った。逆に日本でマイナーだが、米国で人気なのは水泳の飛び込み競技だ。日本には飛び込みで強い選手があまりいないのでテレビ放映されることがめったにない。私も米国に来てから飛び込み競技を見るようになった。とてもアクロバティックで美しい。競技が進んで行くうちに最後数回で難度の高い試技を成功させ、高得点を取ることが決め手となるので、かけ引きもあって、強い精神力が要求され、見ごたえのある競技だ。米国のスター選手が毎回いる。

 

視聴者の間であれはなんだと話題沸騰なのは、水泳のフェルプス選手や体操の男子選手の何人かが肩や背中にしているカッピング・セラピーの跡。私がそれを今回見たのは体操の選手のぶんが初めてだったので「何だろう?入れ墨消しかな?」と思った。フェルプス選手がたくさんしているのをみて、入れ墨なんかなかったし、ああ、あれはお椀のようなもので強く吸引して筋肉を良い状態にさせるセラピーの跡だろうと気が付いた。そういうセラピーがあることは以前日本のテレビ番組で見たことがあって知っていた。五輪の解説者もそう説明していた。

 

フェルプスが200Mバタフライで金メダルを取ったのはさすがだった。彼はもうピークは過ぎているし一旦引退してからの復帰。メダルはたいして期待されていなかった。彼は泳ぐ前とてもナーバスそうな雰囲気で、どのくらい自分がやれるのか確信がなさそうな感じだったが、なんと堂々の金メダル。カッピング・セラピーは急に世界で人気になりそうだ。

 

五輪でアスリートたちが見せてくれる本物のドラマは素晴らしい。長年つらい訓練に耐え、いろいろな犠牲をはらい、この日、この時、この瞬間にかけてきたのだ。日頃の力を十分に発揮してメダルを獲得し喜び輝く選手の顔、あと一歩の所でメダルを逃した選手の悔しさ、失敗して途中棄権せざるを得ず無念の選手。本当に心を打たれるものがある。五輪競技はこれからまだ続く。リオ五輪の次は2020年の東京五輪だ。東京で今度は是非生で五輪を見たいと思っている。