「米国の健康保険」

 

米国でトランプ大統領と共和党が出した新しいヘルスケア案は議会から取り下げられて、現在オバマケアの廃止はとん挫している。新しいヘルスケア案は共和党内部からも批判が多く、いくら上院・下院の両方を共和党が取っていても法案が通りそうになかったからだ。それはそうだろう、オバマケアはそれを作るときに数年間の長い期間がかかった。それがトランプ氏が就任してまだ2カ月なのにオバマケアに代わるようなまともな内容のヘルスケア法案ができるわけがない。今回は日本では具体的にはあまり知られていない米国の健康保険の制度について大まかに説明したい。

 

まず、健康保険 (Health)と歯科保健(Dental)は別々の保険になっている。健康保険にだけ加入し歯科保健には加入していない人もかなりいる。というのも歯科保険は月額の保険料は高くないのだが、保険がカバーする金額が大きくはない。どんな保険を買うかによるが、たとえば保険が効く最高額が一人年間1000ドルとか1500ドルとかキャップがあるのだ。たとえばクラウンを一本すると保険なしの価格で1500ドルくらいで歯科保険で自己負担は5割で750ドル。1000ドルがキャップの歯科保険に入っていると保険はあと250ドル分しか使えない。それを超えるとすべて自己負担だ。だからたとえば治療すべき歯が複数あるなら年が明けるのを待って翌年にもう一本を治療したり工夫する。

 

歯科保険に入っていると半年に1回の歯のクリーニングと歯科医による歯の状態のチェックは無料だ。これを保険なしで自己負担すると歯科医によるが200ドル位かかる。車の保険のようにディダクティブル(最初の一定額までは全額自己負担する部分)があってそれが100ドル程度。毎月の歯科保険料がたとえば50ドルとすると年間歯科保険料は600ドルになるので、あまり歯に問題のない人は歯科保険に入ってもそんなに得でもないのだ。次に本題の健康保険だがその前にいくつかの用語の説明をしたい。

 

In-Network Out of Networkか:保険会社が医者や医療機関で作っているネットワークグループがあって、保険が効くか効かないか、効くとしても自己負担割合が異なる。しかし救急車で運ばれるなど緊急時は例外的にIn-Network扱いとされる。

 

Deductible (ディダクティブル、保険免除最低額):年間最初の一定額までは全額自己負担になる額のことで、保険によって異なり、ディダクティブルが高い保険は月額保険料が安く、低い保険は月額保険料が高い。たとえばディダクティブルが1000ドルならその額までは全額自己負担。

 

Out of Pocket Maximum(年間自己負担の最高額):年間というのは1月から12月までのことで、たとえばこれが個人で6500ドル、家庭で13000ドルとすると、どんなに医療費がかかってもそれ以上の自己負担はない。その額に達したらその後は年末まで無料だ。この額が低く設定されている保険ほど月額保険料が高く、この額が高く設定されている保険ほど月額保険料は安い。

 

Copay(コーペイ):これは医療行為の定額制料金。料金は保険や医療内容によって違うが、たとえばちょっと医者に診てもらう時に、かかりつけ医に行くと35ドル、専門医に行くと60ドル払えばよい。多くの保険ではこのコーペイはディダクティブルの額にかかわらず使える。

 

Co-Insurance(保険会社負担と自己負担の部分のこと):これはディダクティブルの額までは全額自己負担してそれを超えた後に適用される。たとえばMRIの検査をすると、保険なしの満額で5千ドル、保険会社が8割、自己負担が2割。手術をして満額で3万ドル、ベッド代が一日5千ドル、自己負担2割とか。自己負担割合は保険の種類による。米国の医療費は医者や医療機関にもよるが日本と比べるとバカ高い。だから入院なんて2日間もするとすぐにOut of Pocket Maximumに到達したりする。

 

健康保険にはいろいろな種類がある。会社にフルタイムで雇われている人は会社が従業員に対して福利厚生の一つとして提供する健康保険に加入する。会社は様々ある保険会社の中から一つを選び、通常3種類くらいの健康保険プランを用意して、従業員は本人と家族のニーズに合わせてどれかを選ぶ。たとえば以下のような感じになっている。これは2016年のあるコンサルティング・ファームでの実例。

 

プランAは月額保険料は本人一人だと200ドルだが、夫婦で加入すると650ドル、子供(子供の人数は何人でも同じ)も一緒に加入なら800ドル。ディダクティブルは個人で年間2000ドル、家族で4000ドル。コーペイはかかりつけ医30ドル、専門医は50ドル。Co-Insuranceは自己負担は2割。Out of Pocket Maximumが個人で5000ドル、家族全体で10000ドル。プランAはIn-network内の医者や医療機関しか使えない。グループ外の医者や医療機関を使うとすべて自己負担になる。

 

プランBは月額保険料は本人一人だと250ドル、夫婦だと750ドル、子供も一緒だと1000ドル。ディダクティブルはIn-Networkで一人2500ドル、家族で5000ドル。Out of Networkで一人4000ドル、家族で8000ドル。コーペイのシステムはなく、Co-InsuranceだけでIn-Networkで自己負担1割、Out of Networkでは3割。Out of Pocket MaximumIn-Networkで個人で3000ドル、家族で6000ドル、Out of Networkでは個人で12000ドル、家族で30000ドル。

 

プランCは月額保険料は本人一人だと550ドル、夫婦だと1300ドル、子供も一緒だと1700ドル。ディダクティブルはIn-Networkで一人250ドル、家族で500ドル。Out of Networkで一人3000ドル、家族で7500ドル。コーペイはIn-Networkの場合のみでかかりつけ医25ドル、専門医40ドル。Co-InsuranceIn-Networkで自己負担1割、Out of Networkでは3割。Out of Pocket MaximumIn-Networkで個人で6350ドル、家族で12700ドル、Out of Networkでは個人で10500ドル、家族で26250ドル。

 

従業員は自分も家族も比較的健康であまり医者にかかることはないと思えば一番月額保険料の安いプランAに加入すればよいし、家族に持病がある人がいて、医者も幅広く選びたいし、医療費は結構使うという人はプランBかCを選べばよい。

 

ちなみにこれらの保険はどれも毎年1回の健康診断やインフルエンザなど基本のワクチン接種は無料。米国は予防医療を重視していて、こういうものを無料にすることで結果的に医療費を削減することを目指している。

 

これは民間企業での一例に過ぎない。所属組織によって提供される健康保険は多様だ。米国の公務員や、学校、病院、非営利団体などに勤務の人は福利厚生が充実していて、健康保険の保険料もこれよりずっと安くて、知人からきくとびっくりすることもある。ほんとうに健康保険の種類はたくさんあるので、米国に住んでいる人から月額保険料がいくら位だったとか聞いてもそれは一般的ではないこともあるから要注意。

 

会社に雇われていない人は自分で健康保険を探して加入するしかない。会社を通して入る健康保険は会社がいくらか負担してくれているので個人で入るよりかなり安い。個人で同じような保険に入る場合は月額保険料は2倍位する。だから高すぎて払えないので健康保険に加入しない無保険者がたくさんいた。それで大きな病気をすると多額の医療費がかかるので自己破産する人が絶えなかった。無保険者は今でもいるがオバマケアができて、それに入っていれば少なくとも医療費で自己破産することは避けられるようになった。

 

オバマケアについてと、以前から存在する米国の公的健康保険で65歳以上の高齢者が加入できるメディケアと貧困者が加入できるメディケイドについては次回に詳しく説明したい。