「オバマケア −実際どんなものなのか?−」

 

トランプ大統領と共和党がオバマケアを廃止して新しいヘルスケア案を作ったが、議会を通りそうにもなくひっこめたままだ。オバマケアは継続し、たぶん来年も続きそうな雰囲気。日本で学者がオバマケアについて自分で調べて紹介しているものを読むと、生活者レベルのこと書いてないのでちょっと違うんだけどなあとか、日本のライターがオバマケアについて不満を持つ特定の人たちの話を聞いただけでとんでもないものだと決めつけたような本を出しているのをみるにつけ、これ違うんだけどなあと思うことがある。

 

オバマケアは米国に住んでいる人でも会社に雇われていて会社を通して健康保険に加入している人には関係のないことなので、あまり何がどうなっているのかよく知らない人も多い。私はオバマケアを実際に使ったことがあるので他の人よりは実際の所がどうなっているのか経験的に分かっていると思うので、それをおおまかに紹介したい。

 

その前に、まず知っておくべきこととして、米国には「メディケア」という公的健康保険があってこれは65歳以上の人が加入できる。手ごろな保険料でカバーの範囲もそこそこよいのでこれは日本の国民保険に近い制度と思う。ほかに極貧生活者とみなされた人には「メディケイド」というものがあり、これは保険というより社会福祉であり、医療が格安や無料になったりする。

 

オバマケアは基本的に、従業員に健康保険を提供しない組織で勤務している人、自営業の人、無職の人が加入するものだ。しかし日本の国民保険とは全然ちがう。米国の各州に管理責任があり、それぞれの州がオバマケア・マーケットプレイスというネット上で色々な民間の保険会社が売っている様々な種類の健康保険プランから、自分と自分の家庭事情にあうものを選択して購入する。ネット上で買わなくても保険会社のエージェントを通して購入することももちろんできる。

 

オバマケアの健康保険プランとして認められる保険は、既応症があっても加入できる、年に1回の健康診断を受けられる、基本のワクチン接種を無料とするなどの条件をクリアしたものだ。それからオバマケアの場合、一定の所得以下ならば、その所得の大きさに応じてプレミアム・タックス・クレジット(健康保険料の補助)があり、月額保険料が本来の金額より減額される。確定申告時でないとその年の所得ははっきりしないので、予想額で進められ、年が明けて確定申告の時にプレミアム・タックス・クレジットの正しい額が決定し過不足が清算される。

 

まず、オバマケアのプランには保険の内容によってブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナというカテゴリーがある。ブロンズは保険のカバーの範囲や使える医者・医療機関の範囲が最も狭く使い勝手は悪いが保険料は安い。プラチナは保険のカバーの範囲や使える医者・医療機関の範囲が最も広く使い勝手は良いが保険料が高い。複数の保険会社が同じカテゴリーの中でも多様なプランを用意している。全く同じ保険プランを選択しても、本人や家族の年齢、喫煙の有無によって保険料が違ってくる。高齢になるほど病気をしやすいので保険料は高く、若い人ほど保険料は安い。

 

米国では個人で健康保険に加入する時は、その人がどのくらい保険を使う可能性があるかを考慮されて月額保険料が決まる。ちなみに、会社を通して健康保険に加入する場合は喫煙者は多少保険料に上乗せがある場合もあるが、同じ保険プランを選択したのなら年齢に関係なく月額保険料は一定だ。

 

オバマケアは州ごとに管理されているので、売られている保険プランも月額保険料も州によって異なる。ここでは実際にフロリダ州のブルークロスという大手の健康保険会社が売っている2017年のオバマケアの中で月額保険料が安い健康保険の一例をまず見てみよう(表1)。所得が5万ドルで本人のみ、夫婦合算所得が5万ドルで夫婦のみ、夫婦合算所得が5万ドルで10才の子供がいる夫婦の3種類で、年齢を35才、45才、55才の場合でそれぞれ比較してみたい。夫婦は同年齢夫婦とし、子供はいつも10才とする。全員喫煙者ではないという前提。ちなみに現在米国では地域や職種にもよるがまあ大学新卒の初任給はだいたい5万ドル程度なので、夫婦合算で年収が5万ドルという家庭はあまり豊かな家庭ではない。

 

オバマケアの健康保険の中で安い方のものといっても健康保険料の補助がなければ月額保険料は結構高い。表1を見ればわかるように、全く同じ保険プランを購入しても月額保険料はそれぞれ異なる。たとえば45歳の場合、夫婦と子供一人だと月額保険料は本来の価格は854ドルだが保険料補助で482ドル減額されて372ドル。夫婦のみなら月額保険料は本来の価格は700ドルだが、保険料補助で269ドル減額されて431ドル。本人のみなら月額保険料は350ドルで保険料補助は無しだ。

 

保険料補助がつく所得の上限は居住地域や家族の人数で異なる。所得の額が多くなるにつれ小さくなり、夫婦のみの場合、2017年では夫婦合算所得が64000ドル程度を超えるとゼロになる。夫婦と子供一人の場合は夫婦合算所得が80700ドル程度を超えるとゼロになる。表1の例では夫婦合算所得を50000ドルに設定しているので、健康保険を買うのがやや難しい家庭とみなされて、政府の補助で安くしてもらっているということだ。

 

次に今度は中間的なシルバークラスの健康保険の中から一つを選んでその詳細を見てみよう。フロリダ・ブルークロス社のブルーセレクトシルバー1736と名前が付いた健康保険プランだ。

 

前回、米国の保険制度を紹介したときにCo-pay(定額制の医療行為)、ディダクティブル(その年にその額に達するまでは全額自己負担となる額)、Co-Insurance(保険会社負担と自己負担の割合で、ディダクテイブル額を超えてからCo-Insuranceが有効となる)、Out of pocket maximum(年間の自己負担の最高額でこれを超えると年末まで保険会社が全額負担となる)、In networkOut of networkか(保険会社と医者・医療機関が提携しグループを作っていて、そのグループ内の医者や医療機関を利用する場合か否か)を説明したが、それを思い出して以下の事柄に備えてほしい。

 

この健康保険プランでは、Co-payはかかりつけ医なら30ドル、専門医なら65ドル。ディダクティブルはIn networkの医者や医療機関なら個人で3000ドル、家族全体で6000ドル。Out of networkなら個人で6000ドル、家族全体で12000ドル。ディダクティブルを満たした後に効力があるCo-InsuranceIn networkなら自己負担2割、Out of networkなら自己負担5割。Out of pocket maximumIn networkなら個人で5700ドル、家族全体で11400ドル、Out of networkなら個人で12500ドル、家族全体で25000ドル。

 

この健康保険を購入する場合の月額保険料は表2に示されているように、夫婦合算所得が50000ドルで10歳の子供が一人いて、夫婦が35才の場合、本来の価格は1002ドルだが、保険料補助で減額されて624ドル。同じ条件で夫婦が45才の場合は、本来の価格が1147ドルで保険料補助で減額されて665ドル、夫婦が55歳の場合は、本来の価格が1658ドルで保険料補助で減額されて810ドル。オバマケアの健康保険は保険料補助が付かないとかなり高い。

 

それからオバマケアで特殊なものとしてCatastrophic Health Planと呼ばれる月額保険料が100ドル台の格安健康保険プランもある。これは30才未満の人、またはHardship exemptionの基準に当てはまる人のみが購入できる。この基準に当てはまる人というのは、ホームレス、料金が支払えず電気・水道・ガスなどを止められている人、ドメスティック・バイオレンスを受けた人、稼ぎ手の家族が最近死亡した人、6か月以内に自己破産した人など。

 

米国では風邪をひいて熱を出して診療所の医者に行くと、医者にもよるが保険適用前で350ドルくらいはする。Co-payのシステムがある保険を買っているなら、かかりつけ医に30ドルとか40ドルとか払うだけで済む。Co-payは通常はディダクティブルを満たさなくても何度でも使える。

 

月額保険料が安い保険プランを選択すると、Co-payのシステムが無く、ディダクティブルの額がとても高くてOut of pocket maximumの最高額と同じだったりする。2017年にオバマケアで許されているOut of pocket maximumの最高額はIn networkで個人で7150ドル、家族全体で14300ドルだ。ということは、1月1日からの累積医療費が7150ドルになるまでは100%自己負担で、それを超える医療費がかかった場合は12月末までは保険会社が100%払ってくれるということだ。そんな高い金額まで100%自己負担なら保険に入っている意味がないではないかと思うかもしれないが、大きな病気をすると医療費は数万ドルとかすぐかかるので、オバマケアで最低の保険さえ買っておけば医療費で自己破産をすることはないというメリットがある。また、もう少し月額保険料を上乗せすれば年に一人3回まではかかりつけ医のCo-payが使えるという変則的なプランもあるので、ちょっと風邪をひいたくらいならそれで十分なので、健康に自信のある人向けの保険プランになっている。

 

それとオバマケアの良いところは既応症のある人でも健康保険の購入を断られることはないということだ。個人でオバマケアではない健康保険を買う場合は、健康がおもわしくない人はバカ高い月額保険料を設定されることになり、健康保険を買うことができないこともある。

 

オバマケアはどの保険プランを選択するかよく吟味することが重要だ。個人で以前に入っていた保険よりオバマケアでの方が医療費が高くなってしまってオバマケアなんてとんでもないと言っている人も中にはいるが、それはおそらく保険プランの内容をよく理解していない人がいるからだと思う。たとえば、それまで使っていた医者・医療機関が以前はIn networkだったのにオバマケアで自分が選んだ保険ではOut of networkになってしまっていて、保険が全く効かないとか、自己負担が5割とかになってしまっている可能性が高い。安い保険を買ったならIn networkの医者・医療機関しか使えないのだからそこへ行けばいいのに、そういうことを調べもせずに自分の好きな医者・医療機関へ行ったのでは医療費が高くなるのは当たり前だ。

 

オバマケアの保険は結構高いので、メディケア(65才以上が加入できる公的健康保険)に入れる年齢になるまでは、米国の庶民は夫婦のうち一人はなるべく雇われて働こうとする。そうすれば配偶者の勤務先で健康保険に入れるからだ。我が家では夫は健康問題があり60才で引退したので、健康保険は大問題。私は基本的に自営業だ。夫が会社を辞めてから1年半はCOBRAという制度があり、会社の健康保険に入り続けることができるが会社負担分はなくなり全額自己負担になるので月額保険料がそれまでの2倍程度になった。数か月間オバマケアも使った。私たち夫婦は昨年は月額保険料は平均1350ドル位払った。高くてひいひい言っている。