ハリケーン・イルマ
ニューヨークからフロリダに転居してから3回目のハリケーンの季節。フロリダ州ではハリケーンが到来する可能性のある時期は6月から11月まで。日本でいうと気候が沖縄とよく似ていて沖縄に毎年台風が来るようにフロリダも毎年ハリケーンがくる。
最初の2015年はまだフロリダに来たばかりで、停電になっても懐中電灯の電池が足らず、ラジオも頼りないものしかなく手際が悪かった。さいわいハリケーンのコースがそれてたいしたことはなにも起こらずに済んだ。その後、停電した時にとても役立つ大きな電池付のランタンを3個買い、懐中電灯用の電池もコストコで大量に購入。携帯電話に使える充電器も、しっかりしたラジオも買った。2016年は大型ハリケーン・マシューが私たちの住むフロリダ南東部に直撃するという予想で直前まで接近したが、最後の最後で北にそれて停電も起こらずたいしたことはなかった。
そして今回のハリケーン・イルマだ。9月4日月曜頃からテレビなどで「今週末にフロリダに巨大なハリケーンが来ることが予想されるので準備するように」と大きな報道が出た。9月5日火曜に近所のスーパーに行くともう水は売り切れていて、店員に聞いても次はいつ入荷するかわからないと言う。家に買い置きの水があるからまあいいかと、とりあえずスポーツドリンクをたくさん買った。それから調理しなくてもすぐ食べられるフルーツの缶詰やパンなどを買った。
テレビでは連日ハリケーン・イルマの巨大さと強烈さが強調された。まだ4日も5日も先のことなのにフロリダ州政府は非常事態宣言をし、学校は木曜から休校に。「直前に避難するのは危険です。避難するなら3日前までに余裕を持って避難してください。」と広報は言う。フロリダ州の中でもマイアミよりもっと南の観光地でキーウェストがあるキー諸島は全島が強制避難になった。フロリダ南東部でも日頃からよく洪水の可能性のある沿岸地域も強制避難になった。車に家族を乗せて北の州へと避難する車で渋滞した高速道路の様子がテレビで何度も流される。飛行機で避難する人も多くて航空券が取れないという報道も。
うちはフロリダ南東部だが沿岸部から7マイル(11キロ)くらい離れているので強制避難地域ではなかった。近所で自主避難して北に向かう人もいたが、わが家は新築の家で頑丈だしハリケーンの強風にも耐える強化ガラスの窓だし、準備も十分しているし大丈夫だろうと思ったので避難はしなかった。日本で「フロリダ州の約700万人に避難命令」と一部で報道されたが、実際には避難勧告程度のことでそんなに多くの人が家から離れて避難はしてはいない。というか700万人(フロリダ州の人口は約2千万人)もが一斉に避難は不可能だ。
ハリケーンの避難所はところどころにある。うちのあたりでは地域の公立学校のいくつかが避難所になっている。水や食料、簡易ベッドなどが用意され、停電になっても避難所に指定されている所には自家発電設備がある。しかし収容力はそんなに多くはない。米国でハリケーンで避難という場合、多くの人は近所の避難所へは行かず、遠くの州の親せきや友達の家に避難したり、ホテルに宿泊避難したりする。近所の避難所へ行くのは寝心地が良くないし、どんな悪い人がいるかわからないので怖いからというのが主たる理由らしい。そこが日本と大きく違うところだ。
ハリケーンが来ると言われた前日、9月7日金曜日は青くてきれいな空。風もなく、ほんとうにハリケーンなんて来るのだろうかという快晴だった。まさに嵐の前の静けさ。CNNは24時間ハリケーン・イルマのことばかり報道していた。実際、カリブ海の島々はすでに大きな被害にみまわれていた。ニューヨークの親せきや友達から「ハリケーン大丈夫?」と次々に電話が来る。「いやいやまだこれからでハリケーンは始まってないのよ、今は天気が良くて青い空。土曜の夜からで日曜が一番ひどいらしいのよ。」と話す。
金曜にもう一度スーパーに行くと水が入荷されていたので水を買った。ガソリンスタンドはガソリンの売り切れで閉鎖されている所もある。ハリケーンで大変なのはハリケーンの最中ではなく、何と言ってもその後長く続く停電だ。大きな被害が出ると停電が1週間以上にも及ぶことがあるのは、ニューヨークでの数年前のハリケーン・サンディで私たちは経験済みだ。あの時はハドソン川沿いの駐車場に置いていた愛車が水没してお陀仏になり、停電は5日間半続いた。他の地域では2週間以上停電していた所もあった。マンハッタンでは徒歩でも何とかなるが、フロリダの郊外では車が動かなくなったら生活ができない。車が動かなくなることだけは避けたかった。ガレージのシャッターから水が入って来ないようにタオルなどで隙間をふさいだ。土のうを買っていなかったのが準備で足りない所だった。
ハリケーンはもともとフロリダ半島南東部直撃のコースが予想されていたが、土曜の朝になってフロリダ半島の西側直撃というコースに変わって、西側の人たちがあわてることになった。我が家のあるフロリダ州南東部のパームビーチ・カウンティは土曜の午後3時から外出禁止令が出ていた。水害になるとハリケーン後は水道の水が汚くなるので、次にいつきれいなお湯でシャワーを浴びることができるかわからないと思い、土曜日にしっかり念入りに髪を洗った。
ハリケーン・イルマは予想よりゆっくりと、うちのあたりでは9月10日日曜の午後から暴風雨が始まった。ハリケーン中心部の右側になるので風はかなり強い。雨はそれほどでもなかった。CNNはマイアミのダウンタウン沿岸部が洪水になっている様子を流している。午後4時頃から停電。「ああ、ついに停電か、長くならなければいいけど。」暗くならないうちに夕食を済ませ、ラジオを聞いたり本を読んだりしていつもより早く寝た。
翌朝起きるとハリケーンは去っていたがまだ停電していた。庭の幹が細くて小さめの木が2本斜めに倒れていた。大きなヤシの木は全く無事。ハリケーンの最中、葉っぱがわさわさしていたが幹はびくともせず、とても強い木だ。どうりでフロリダにはたくさんヤシの木が植えられているわけだと思った。停電はうちの地域ではその日の午後2時ごろ復旧して早かった。停電が短くて本当に助かった。電気がないとインターネットも使えず、携帯電話が命綱だが、その電源にも限りがある。それに9月はまだまだ酷暑の時期なので冷房がないとフロリダは毎日の生活がたいへんなのだ。特に夫は循環器系の疾患があるし、熱中症になったらたいへんだと心配だった。
同じ地域で車で5分くらいの所であっても、木が倒れて電線が切れた地区などはその後何日間も停電が続いてたいへんそうだった。学校は停電していて冷房が使えない所が多いからということでずっと休校が続いた。子供を連れて他の州に避難している家庭も多いので戻って来るにも時間がかかる。バイオリンの先生が言っていたが、バイオリンの生徒の3分の2は他州に避難して今週はキャンセルだらけだったと。学校は結局翌週の月曜まで連続休校になった。
夫と私は9月14日木曜に近場のフォートローダーデールのハードロックホテルというカジノリゾートに1泊遊びに行く予約を何カ月も前から取っていた。ホテルやカジノが運営できる状態なのか電話すると大丈夫とのこと。ハリーケーン4日後だが自分からキャンセルするとキャンセル料がかかるので予定通り行った。近所の道路はところどころで信号機が停電していて危ない。有料の高速道路を走ったがハリケーン前から非常時ということで特別にずっと無料になっていて他州から戻って来る車もあり、いつもより混んでいた。高速道路沿いは風が強かったようで植木がなぎ倒されている所をところどころ見かけた。
ホテルに着くとフロントの人に「今この地域では水道水を飲むのは危険と指導されているので飲まないでください。ペットボトルの水を部屋に用意していますからそれを飲んでください。」と言われた。それからフロリダのキー諸島から避難の人がたくさん泊まっていて来週の月曜まで満室とも言っていた。犬を連れている宿泊客を何度か見かけたが、ああ、あれは避難の人たちだろうなあと思った。
翌日家に帰ろうとホテルの駐車場に行くとエレベーターで一緒になった若い男性が、ホテルは涼しくていいよねと私たちに話しかけた。彼の所は停電で冷房が使えないそうだ。うちは停電はたいしたことなかったが木が倒れてと言うと、彼は倒れた木を処理する仕事もしているそうで、やりましょうかと言われ、商魂たくましいアメリカらしいなと思った。
フォートローダーデールでこのホテルの近くにある老人ホームは停電で冷房が使えなくなり、熱中症で高齢者が8人も亡くなるという悲惨な事件が9月13日に起こっていた。老人ホームのすぐそばには大きな病院があり、そこへ避難させることもできたはずなのに、いったい老人ホームの係り員たちは何をしていたのかと、あまりにずさんな管理に避難が沸き起こり刑事事件としての可能性も示唆された。この事件ではその後に病院に運ばれていた高齢者が数日後に2人亡くなり全部で10人亡くなった。
フロリダの夏は酷暑だ。冷房がないと死者が出る。だからどこでも集中冷房が設置義務と法令で決められていて、どこの家にも集中冷房がある。停電になると本当にたいへんなのだ。9月16日土曜時点でフロリダ州でまだ停電しているのは家庭全体の10.5%というところまで復旧した。しかし地区によっては50%が停電している所もあった。
フロリダ州ではこうした大きな被害が出るハリケーンは10年に一度程度と言われている。遠くの州に避難といってもホテル代にお金がかかる。停電にそなえて家庭用の発電機を購入している人もいる。フロリダ州に住んでいる以上、ハリケーンは大なり小なり毎年来る。これは宿命でしっかり準備するしかない。