米国の共働き夫婦
〜普通に使う、家事・保育サービス〜
現代では日本でも夫婦の過半数以上が夫婦共働きだ。米国では共働きがもはや前提で社会が動いている。特に20代から40代の夫婦は夫も妻もフルタイムで働いている家庭が多い。子供が小さいうちは数年間妻が専業主婦をする家庭もあるが、数年後にまたフルタイムで仕事に就く女性が主流。日本との大きな違いはなんといっても既婚女性の年収の高さだ。それを可能にする社会システムの違いだろう。
米国の比較的若い夫婦は教育レベルが同程度なら夫も妻も年収の差はあまりない。妻の方が年収が高い夫婦も少なくない。大学新卒の初年度の年収は2017年では平均5万ドル(1ドル百円なら5百万円)位。30才くらいになると年収は7万ドル位になるだろうから、二人が7万ドルずつ稼げば夫婦合算所得は14万ドルになる。レベルの高い高等教育を受けた人(たとえば有力大学の経営学修士号取得者など)は30代で一人で年収15万ドルくらい稼ぐので、夫婦ともにそうだと夫婦合算所得は30万ドルにもなるのだ。
政府統計などをみて米国在住者の平均年収は4万ドル台とか書いてあったりするので、そんなに高くないはずと思う人もいるかもしれないが、ああいう統計は数字の出し方にもよるので必ずしも現実社会の実態とあっていない。米国の人材派遣会社のKorn Ferry社が2017年5月に出した報告書(7百の会社や組織で1万4千5百のポジションを調査)によると、大学新卒の初年度平均年収は$49,785。ちなみにSoftware developer $65,232. Engineer $63,036. Actuary $59,212. Buyer $44,247. Customer Service $35,848と大学新卒でも理系の方が年収が高い。
米国でも子供ができると一旦労働市場から退出して専業主婦(専業主夫)になる人もいるが、配偶者の稼ぎがかなり良くないと事実上それは難しい。なにしろ片働きになるとそれまでの半分の収入で生活することになる。それより家事・育児サービスをどんどん使ってそれまでの仕事を続ける方が経済合理的なのだ。
掃除や洗濯の家事サービスは、米国の中でも地域差はあるが現在だいたい時給15ドルから20ドル位だ。週に一度5時間位雇って月に3百ドルから4百ドル程度。保育サービスは、米国には公立の保育所はなく、すべて私立の保育所で料金は日本と比べるととても高い。どんな質の保育所かによってもちろん料金は違うが、多くの人が使うのはだいたい子供一人で保育料は月に千5百ドルくらいと思う。子供が二人いると家に来てくれるベビーシッター(どんなレベルの人を雇うかで料金は違うがまあだいたい時給20ドル位)を使う方が安上がりで便利と聞く。保育料はたいへんだが年収を一人5万ドル以上稼ぐ大卒夫婦なら、払えない金額ではないので数年間こうしたサービスを使って子育て期を乗り切るのが普通だ。
たとえ、子供が小さいうちに数年間労働市場から撤退して専業主婦(専業主夫)になっても、労働市場で売れるスキルをもっていれば、また数年後には正社員で最低でも大学新卒の初年度年収以上の仕事にありつくことは普通にできる。そういう選択肢があるのが良い。米国は長期雇用を前提にしておらず、新卒の一括大量採用ということはなく、空きポジションがあってその仕事を遂行する能力がある人物ならば原則的には年齢にかかわらず正社員で就職できる。解雇は簡単なので比較的気軽に正社員で雇ってもらえる。パートタイムのポジションもあるが時給は結構高いので、短期需要以外で使うメリットは会社としてもあまりないのだ。正社員のままで子供が小さいうちは労働時間60%、70%、80%とかの選択ができる会社もある。年収も福利厚生のベネフィットもその割合で減額されるが、同じ職場で安定して働くにはよい制度と思う。
日本では女性が働きたくても保育所が足りないとか、保育士が足りないとか聞くが、それを提供しても税金の垂れ流しになるだけかもしれないという危惧がある。自治体にもよるが、そもそも0才児一人を認可保育所で預かるのに保育所側で月に20万円位経費がかかるそうだ。年齢が低いほど手間がかかり、5才児くらいだとそれほどには経費はかからない。親から受け取る月額保育料はその家庭の経済力によるが、まあ3万円くらいの人が多く、高くても8万円くらいだそうだ。差額は税金が投入されているわけだ。年収2百万円以下の母親が0才児を認可保育所に預けて、その赤ちゃんの為に税金が月に17万円も使われているとしたら、いくら保育所を作ってもそれは社会合理に合っているのだろうかと考えてしまう。
保育所をもっと作れと言っても物理的に増やすとものすごく税金を使うことになるし、今後どんどん少子化になるのに箱モノをたくさん作ることは望ましくない。それに保育士の資格を持つ人を確保するのはどう考えても困難だ。保育士の資格の必要のないベビーシッターやナニー(乳母)を雇う選択肢がある方が良いと思う。
現在の日本の認可保育所はそもそも画一的で必ずしも使い勝手が良くない。保育料が安いので放っておいてもいくらでも入りたがる人はいるから、経営努力の必要がない。保育行政はこうした既得権の縛りがきついようで、なかなか新しい試みをやりだせないでいるようだ。何年も前から保育バウチャー制度の導入がうたわれているが、一向にすすんでいない。保育バウチャー制度になれば、認可保育所、無認可保育所、幼稚園、ベビーシッター、ナニーなど、家庭のニーズによって選択の幅が広がる。そもそも保育士資格にこだわっていたらとても需要にこたえられないのは明らかなのだ。少子化対策という点から考えると、片働き家庭も税金は払っているのだし、専業主婦(専業主夫)も子育てバウチャーをいくらかもらって保育サービスを使える方が良い。子供を預けて出かけなければならないことは多々あるはずだ。
東京都は2018年度の待機児童対策として認可保育所に入れなかった人で一定の条件を満たす家庭に民間の保育(ベビーシッターなど)で使える補助金を月に最高28万円まで認めるとし、約1500人の利用を見込み、50億円を予算に計上したそうだが、それはよい政策と思う。認可保育所よりこっちの方が良いと殺到する人気に将来なるかもしれない。
米国の共働き夫婦は別に高額所得ではなく、ごく普通の庶民でも気軽に家事サービスを使う。私が以前ニューヨークの監査法人で働いていた頃、そんなに年収は高くはない一般事務の中年女性がオフィスで言っていた。「郊外に住んでいて家が広いから、自分で掃除するのはたいへんで絶対いや。私が働いたお金を使ってクリーニング・レディー(掃除婦)を雇って掃除してもらってるの。」と。もっと言えば、独身女性でも家事サービスを使っている人もいる。私の友人が言っていた。「週1回雇うくらいなら払えるし、掃除や洗濯をやってもらえるのは助かる。週末を家事でつぶされるのはいや。ゆっくりしたいし、他にやりたいこともあるし。」と。
私自身のことを言えば、フロリダに転居してからは誰も雇っていないが、ニューヨークにいた頃は掃除・洗濯をしてくれる人(50歳代のポーランド人女性)を時給20ドルで一回4時間で週1回雇っていた。だから夫も私もめったに自分で掃除・洗濯をすることはなく、楽だった。
日本では夫婦共働きなのに夫が家事をやらないことに対して不満を持つ妻が多いようだ。男性が家事をやらない理由に「家事能力がないから」というのは聞くが、家事はたとえ身体障害があっても自分でやれることはやれるはずだ。たんにやる気がないだけのことだろう。それと帰宅時間が毎日遅くて物理的に時間がないということもあるだろう。別にやりたくないならやらなくてもよい。そのかわり自分のぶんは家事の外注をするお金を出すべきだ。
家事の外注を実現するためにはやはりお金だ。既婚女性がパートで働いて低所得にならざるを得ないような現実があるから悪循環になる。夫婦合算所得を高めることだ。既婚女性が一旦仕事を辞めてもまた労働市場に戻って普通に正社員であたり前に男性並みに稼げるような社会が実現すればもっと生活が楽になると思う。それと社会全体が家事・育児サービスを利用することに対して寛大になるほうがよい。多くの国で共働き夫婦がそういうサービスを利用するのは当たり前のこと。需要があれば供給もあるもので家事・育児サービスの職を提供することは雇用を増やすことに貢献するのだ。現在、日本の都会ではたとえば「タスカジ」という家事サービスの需要と供給をネット上でマッチングするサイトがあって結構人気らしい。
保育はやはり親がやる方が良いという面もたしかにあるだろう。ただ、家事サービスはためらわずにどんどん使った方がよいと個人的に思う。食事作りはなかなかそうもいかないが、少なくとも掃除・洗濯は別に他人がやっても問題ないと思う。夫婦が家事の分担で険悪になったり、疲れきって消耗するより、いっそのこと二人でお金を出し合って外注を使い、二人とも仕事に集中したり、家に帰ってからゆっくりできるのはいいものだ。
家庭によってライフスタイルは違い、優先順位が違うのは当然で、皆同じにする必要はない。保育サービスや家事サービスを使うかどうか選択肢がたくさんあること、選択肢を持てること自体が大事と思う。