海外こぼれ話 松田龍太郎(在デュッセルドルフ/ドイツ)

連載109 2010.6

 

ハノーバーフェアへ情報収集に出掛ける

ハノーバーフェアは世界で最も大きい見本市であり、いつも4月下旬に1週間開催される。初めて訪れたのは30年前のことで、2回目の訪独時だった。その時は3日間ですべてのパピリオンを文字通り走り回った。膨大な敷地に数千のブースがあり、見るだけでも大変だった。今回の目的は、商談の可能性を探るための情報収集だった。最先端のトレンドを、肌で感じ取ることも重要なテーマだ。最重要テーマは、コンサルを再開したいP社のオーナーと逢うことだった。1時間も和やかに懇談することが出来、近いうちに再開の可能性も出来た。

さらに通訳と一緒に張子のように首を振りながら、各ブースの様子を伺った。実際にゆっくりと話ができた10社だった。それらのブースでは、コンサルの探りを入れながら駆け引きをしながらの応対だった。彼らは専門的な色々な情報を持っているので、逆に多くの気付きをもらうことができた。直接商談にはならないが、種蒔きの準備と割り切って、多くの人に触れ逢うようにした。現在のトレンドは、環境に配慮したものだった。さらに中国の進出が物凄く多かったが、アイスランドの火山の影響で訪独できず開店休業がほとんどだった。こんな所に火山の影響があった。不況のせいか日本企業は、見る機会はほとんどなかった。

若葉の季節

今年のドイツの冬は寒かったので、普段雪が降り積もらないところでも積雪があったことが話題になった。中には生まれて初めて、こんな大雪を体験したという人にも出会った。そのマネジャーは女性だったので、何歳か尋ねることは出来なかったが30数歳だった。欧州は大陸のせいで湿気が非常に少ないので、寒くても積雪になることにならないのが普通である。ニュースでも報道されたが、韓国、中国、そしてロシアなどでも大雪が降り、交通の麻痺状態になったが、欧州全般もそうであった。毎月欧州と日本を往復していると都合の良いことに、どういうわけか気候の良い方に移動している渡り鳥?のよぅに感じる。

日本で暑い時には、欧州で涼しく過ごし、欧州で寒い時には日本で暖かかったりして、結局居心地の良い方に移動していることがわかった。毎月の移動は大変であるが、気候の良い方に逃げ回っていると解釈すると、まんざら移動は疲労困憊だけの弊害ではないようだ。この体験は今から12年前の7月に、東伯郡民大会の軟式テニスの試合中に、アキレス腱を断裂してしまった時が起源かもしれない。初体験の救急車に担ぎこまれ、45日間の入院生活をしてからだ。個室でエアコン付き(当時の自宅は、扇風機と団扇のみの空調道具だった)で快適に過ごすことが出来た。その年は、鳥取県地方は非常に蒸し暑かった。その2年後から欧州に通うようになったが、梅雨時期に欧州に滞在するのは非常に快適である。湿気のない生活は、まさに大陸気候の良さである。

今年の冬が寒かったので、いつもは2月末に咲き始めるレンギョウやクロッカス、水仙もなかなか花を咲かせなかった。4月末になってようやく一斉に草花が咲き乱れた。ミツバチが、どの花で密を採ろうかと相当迷ったに違いない。若葉も遅れ気味だったが、5月に入り一気に芽吹き始めた。この毎日色が変わっていくグラディエーションが非常に美しいので、欧州の春の楽しみになっている。

春の旬の食べ物は白アスパラ

日本の春の味覚を楽しむといえば、筍が頭に浮かぶ。今年は我が家の竹林で60本収穫できた。茹でても焼いても美味く、このサクサクした食感と少しのエグ味はなんといっても春を代表する食材だ。欧州といえば、白アスパラが春を告げる味覚となる。3月くらいから店に出てくるが、これはイタリアなどのからの輸入品である。ドイツのジゲで採れたものは、5月に入ってからが本当の旬になる。ドイツで有名な産地は、フランクフルトの近郊のホッケンハイム地域だ。数年前からその地方に通っているので、色々な情報を入手することが出来る。

白アスパラは、ウネをこしらえたドーム型の地中に潜んでいる。そのウネ作りの方法は日本と同じであるが、彼らは鍬では絶対にやらない。栽培面積が非常に広いので、すべて機械化されている。ただ白アスパラを収穫するのは、機械ではなく人間が行なう。しかも腰をかがめた格好で行なうため、お腹の出たドイツ人は非常に苦痛のようだ。そのためアスパラの収穫は、チェコ、ハンガリーなどからの出稼ぎする人たちの仕事になるという。茹でたアスパラは、バーデン地方の白ワインと一緒に食べるのが一般的だ。

毎年行く先々の訪問先のレストランで食べていたが、今年は自分で料理することを思いついた。知人から白アスパラに掛けるソースをもらったからだ。ソースだけをツマミに舐めるわけにはいかないので、ついに自分で料理する決心をした。早速料理方法をメールしてもらい、初挑戦することにした。

白アスパラの料理開始

まず新鮮なものを手に入れるために、デパートやスーパーではなくアルトシュタット(旧市街)の市場にて入手することが記述してあった。料理方法も大切だが、その食材が新鮮かどうかも重要だ。まるで筍と同じだ。買い物の前に湯を沸かしておけとの指示はなかったので、安心して買い物に出掛けた。曲がっていると皮が剥きにくいので、できるだけ真っ直ぐなものであること。さらに皮を削ぐので、太いものを選べという指示があった。束になっているものはダメで、一本一本手に取ってじっくり眺め、触って感触を確かめ、匂いまで嗅いで12本選んだつもりが、家に帰ると11本であり、1本確認不足だった。

重量を計測すると、1本当たり70から90gだった。同じ物を選んだつもりだが、随分とばらついていたことに落胆した。長さを測定すると22m前後であった。皮を削ぐには農家では専用の自動機があり、知人は専用のWMF社(非常に有名な台所製品で、高級品のみを生産している会社)のピラーを使っているという。手元には百均で買ったものしかなく、目的が果たせればよいとまず使ってみることにした。レシピをキッチンに貼って、準備は万端だ。

白アスパラにピラーを通すと、シャーという感じで上手く削ぐことが出来た。皮と身から水分がほとばしって来たが、新鮮な証拠だろう。シャカ、シャカと調子よく作業が出来た。1本そぎ落としたので重量確認すると、90gだったものが70gになっていた。つまり皮として、そぎ落とした重さが20gもあった。今回料理する6本分の全ての計測をしたら、なんと25%も皮の部分が重量を占めていた。でもこの皮を残しておくと、食べた時に硬く歯の間に挟まってしまうという不具合があるという。勿体無いが絶対に手抜きをしないとの注意事項を守ることにした。

手順通りに料理を試行した

たっぷりの湯とは2リットルくらいであったが、小さい鍋しかなかったので、パスタ専用の鍋を使うことにした。これは中にカゴがあり、アスパラを立てたままに茹でることが出来る。最近パスタ料理をしていなかったので、鍋も寂しかったと思うが、ようやく活躍の場が出来たようで喜んでいるようだ。湯はたっぷり4リットル使う。これはちょうどアスパラを立てると、すべて浸かる量であった。湯が沸騰して、小さじ半分の砂糖と塩、さらにバター一片を入れて溶けたら、いよいよアスパラを入れて茹でる。茹でる時間は好みによるとあるが、20から25分になっていた。箸で挟んで、グニャッとなれば良いらしい。これは以前から食べていたので、感触は想像できた。準備が整ったので、徐にアスパラを6本投入する。キッチンタイマで、時間計測して様子を見る。気になっていたので、監視ついでに隣のコンロで海鮮カレーを作ることにした。

白アスパラの付け合せは、生ハムと湯がいたジャガイモを用意せよとあった。生ハムは用意したが、ジャガイモはドイツに来てから食べ過ぎているので今回は遠慮した。時間になったので、箸で摘んでみると少し柔らかいくらいになっていたので、鍋から取り上げさらに並べ、生ハムも配置に着いた。そこに専用のソースをたっぷりと掛ける。このソースは、知人の近所の農家が一番だと推薦した銘柄のものだというので、その味が楽しみだ。アスパラのお相手は、白ワインではなく飲み慣れた酵母の入ったバイツェン・ビールにした。このソースは、ユニリバー社の「Lukull」というブランドであった。

初料理に舌鼓を打つ

早速テーブルに並べ、まず記念撮影だ。それはレシピを提供してくれた知人への報告も兼ねている。生き物の命を頂くことへの感謝とレシピのお礼を込めて、手を合わせて「頂きます」と宣言する。この「頂きます」というのは、世界でも日本だけの考え方らしい。欧州では、「グーテン・アペテート(美味しく召し上れ)」《注:フランスやイタリアは「グーテン(ドイツ語の良い)」が、「ボン(良い)」になるだけで、言い方は全く同じということ》で、食べ物となった野菜や動物の命を頂くという考え方はない。この日本だけの習慣になっている「頂きます」という言葉と手を合わせる習慣を、今後も守り続けたいと思う。

さて試食タイムである。筍でも美味しいところは先の方であるが、アスパラも同じことだ。早速先端にナイフを入れると、ナイフの重さで切れる。まず何もつけずにそのまま口に運ぶと、舌の上でトロリと溶け始め特有の甘みが口一杯に広がる。大地の恵みによる甘みと、ほんのりとした苦味が感じられるが、これが旬の味だろう。さらに胴体部分にナイフを入れるが、この部分はすんなりといかず少し切る作業が伴う。しかし、口にすると柔らかくなった繊維質が舌をからかうように取り巻いてきて、その感触も春を感じさせる。

さらに生ハムと絡めると、ハムの塩で淡白な味にアクセントが入る。塩とアスパラのほのかな甘みが、交じり合い双方を刺激し合う。さらに中央に鎮座してマヨネーズに似たソースは、アスパラ、生ハムに絡み合ってハーモニーを醸し出す。これにはビールは不要であり、瞬く間に平らげてしまった。最後の口直し(程度)にビールがあればよかった程(度)だった。このアスパラ専用のソースの正体は、半分がオイル、さらに砂糖、牛乳、さらに香料などであった。味としては、マヨネーズの味をもう少し淡白にしたものだった。レストランでは、このソースが少し薄いように感じる。高級なレストランでは、ソースではなくバターを溶かしたものが出て来た記憶がある。筍には醤油が付き物のように、それぞれの土地で採れる材料を上手く組み合わせることで、食文化を創っている。

ケルン郊外では発電所の温水でアスパラ栽培

通訳のMさんの住んでいるケルンの郊外には、燃える土を原料とした火力発電所があり、露天掘りでその土を採掘しているという。石炭ではなく、石炭になり損ねている残念(な)至極な土だ。その採掘のために大型のブルトーザーが常時20台稼動しているが、その現場は壮大な眺めらしい。その発電所から排出される温水を利用して、近くの農家は白アスパラの栽培を年中行なっているという。しかも温水は無料で提供されるので、農家は大喜びだという。しかも年中アスパラが採れるということで、高級レストランから年間契約で注文があり、相当儲かっているらしい。年中の栽培にビニールハウスは必要ないのかと訊ねると、アスパラは地中にあるのでビニールハウスは必要ないという。それならば経費がほとんど掛からないので、本当に儲かる仕事だ。ただし、その燃える土の燃焼効率は非常に悪く3%らしく、別な原料に取って代わられる可能性があるそうだ。問題は、その燃料の二酸化炭素の排出量が非常に多いことであった。

目の前にあるものを上手く活用しあうネットワークが、まだ日本には足らないような気がする。ちょっとしたヒントもまだやったことがない、多分やってもダメだろうなどとマイナス思考が先行してしまい、せっかくのビジネスチャンスを掴もうとしていないのではないか。ナイナイづくしならば、逆に何でもやってもいいではないかという発想が、この混然としている時代には必要だろう。その意味で地産地消というが、もっと異業種間だけでなく同業者間でもコミュニケーションを取るべきだと思う。ヒントはほとんどの場合、目の前にあって気付(づ)かないことが多くあるものだ。その場に足を運び、多くの人たちと語らうことから始めていけば、よいヒントが見つかると思う。

風力発電の状況

移動をして気付(づ)くことがあるが、それは近年の風力発電の風車が設置されるスピードだ。10年前には珍しかったが、今では欧州だけでなく鳥取県も一気に設置され始めてきた。ウィーン空港に着陸する時には、一面に数百基も設置してあることが空から見て取れる。訪問している企業にも、この風車に用いられる関連機器を製造している工場があるので、その情報も生で入ってくる。大きな風車の軸は、直径が1mくらいもある。これに取り付けされる羽根の長さは、大体30mものが3枚になる。普段見ているとこの羽根の先は2秒に1回転するので、周速度は計算してみるとなんと時速300km近くになる。ゆっくりと回転しているかと思ったら、先端の方では新幹線と同じ速度で動いていたのだ。

この速度で回転するので、軸と軸受けの磨耗が非常に重要になり、給油が必要になる。この供給に少しでも空気が入ったり、供給できなかったりした時に軸が焼き付くことになる。非常に精密なグリス(油)の供給が求められる。

今は世界的に需要が多く、どこも生産が間に合わない繁忙期になっている。その生産が間に合わない原因の一つに、風車の頭に搭載されているギアボックスの生産が間に合わないことがある。1社を除いてすべての会社は、このギアボックスを使って風車の回転を調整して、電気に変換している。このギア(歯車)とそれを収納するギアボックスの加工が、非常に手間が掛かるので、納期に間に合わなくなっている。どの会社もフル生産しているが、世界中の需要の方が圧倒的に多いのでなんともならない。

しかし、ドイツのE社だけが悠々と構えてマイペースで生産をしている。この会社だけがギアボックスがなくても、回転運動を電気に変換する仕組みを作った。外見を見るとすぐにその会社だと分かる形状は、唯一卵型になっているからだ。他社は、東伯にもあるV社(デンマークにある風力発電の先駆社で、世界で現在一番多く生産している)のような四角の豆腐型になっている。

卵型の風車会社には凄い発想があった

しかし儲かっている会社は、実はギアボックスのない卵型の風車のE社だといわれている。非常に高価な部品は、ギアとギアボックスであった。これらを製造する会社は、Z社など限られているから生産量は限定され、コストダウンは要求できない。ギアで変換するという発想は誰でも考えるが、E社はそれらを必要としない発想をしたお陰で、非常に安いコストで製造することができる。しかも安く生産しても、売値は他社と同じにしている。それだけでも利益が出る。さらにギアとギアボックスに多く使用する潤滑用のグリスが不要であり、回転部分だけで良いことや点検が簡単になる。これでランニングコスト(維持するためのコスト)が非常に安く、故障が少ないという利点も持っているので人気があるが、この会社も注文が出せないほど多忙だという。

この機構を発明したのは、実はほとんど仕事をしないで何かに熱中していた大学生だった。彼は人の考えるような発想はしないで、全く別な考え方をしていたらしい。それでも会社は彼の素質を見抜いていたのか、放任していたのかは知る由もないが、自由な発想をさせてもらっていたようだ。結果として彼のこの発想のお陰で、画期的な方法で風力発電の仕組みができ、非常に儲かる会社になった。そして、彼は若くして取締役になっているという。

この自由な発想が出来る会社は、日本ではホンダ社が有名である。ほとんどの会社では、このような発想をする人を出過ぎた杭として異端児扱いにして、やがてはその人を退社させてしまう。車のハンドルには、ある程度の遊びが必要である。企業においてもこれからの激動するビジネスの世界では、このような発想をする人いわゆる遊び人を、擁護する余裕を持つことが大切だと思った。