海外こぼれ話 松田龍太郎(在デュッセルドルフ/ドイツ)

連載118   2011.3

 

ドイツのカーニバルが開催

 

3月8日の月曜日から水曜日の3日間にわたり、キリスト教の布教している世界中でカーニバルが繰り広げられる。このカーニバルは月の満ち欠けにより毎年変わるので、訪欧の日程を立てる時に苦労することがある。それはこの期間を境にして1週間の休みを取る人が多くなり、期待した人員が集まらない活気の少ないセミナーやワークショップになってしまうためだ。このカーニバルは宗教上の大きなイベントでもあり、キリストの復活祭(イースター祭)の40日前から、酒や肉を絶って静かに過ごす習慣がある。その前に酒や食べ物をたらふく飲んで食べて、ドンちゃん騒ぎをしておこうというお祭りだ。現在は静かにしている人はほとんどいなく、むしろ春が近づいてくるので逆に騒がしくなるくらいだ。イスラム教のラマダンの前後と同じ大騒ぎだ。

そういえば2月になると、デパートに動物のきぐるみや仮装のための仮面やキンキラキンの衣装が売り出されていた。人間がそのまま中に入ることのできる白熊、狼、ウサギ、牛などのきぐるみは、5000円程度で買うことができる。ドラキュラの尖った歯も売っていた。これらは日本でいうなら、祭りの法被のようなものか。とにかく変身して、現実から逃避したい気持ちは十分理解できる。カーニバルはその月曜日から始まるのではなく、その前の木曜日、通称「おばあちゃんの日」という年上の女性のための解放日とされているその日から始まる。

年上の女性は普段は耐え忍ぶことが多くあり、ウップンを晴らすために設定したものだろう。まるでストレス発散日であり、その日は女性がハサミを持って男性のネクタイをちょん切っていく。男性はそれを拒絶してはならず、一番ヨレヨレのネクタイを用意してくる。私も一度本当にネクタイを切られたことがあった。さらに切られた時には、小額のお金も取られる。特に欧州の長くて暗い冬を何とか乗り切る工夫をしなければならなかったので、このような風習を考えたのだろう。そしてその戦利品という感じで、取り立てたネクタイの端切れは、目立つところに貼り出される。若い女性もハサミを持ってネクタイを切っていくが、思い出すと妙に老けた化粧をしていたことを思い出した。

 

カーニバルの影響

 

訪独した7日の日曜日は、フランクフルト空港から乗り換えてハンブルク空港まで行き、そこで通訳のMさんと待ち合わせする予定であった。本当はMさんの方が先に電車で着いて、私を待つ手はずであった。しかし待ち合わせ場所に彼がいない。電話をすると、まだ電車で移動中だと連絡が取れた。結局空港の出口で待つことになった。実はデュッセルドルフ駅では、このカーニバルの前から非常に人が多く集まり、電車が1時間以上も遅れてしまったという。しかもドイツ鉄道(通称DB:ドイチェ・バーン、直訳するとドイツの道。ちなみに「アウト・バーン」は、「車の道」であり、直訳は高速道路ではない)は、ストライキを敢行しようとしていた。休暇を取る人も多く、交通機関の混乱がさらに拍車をかけることになってしまうが、これも習慣化している行事だ。

最近DBの運行が期待通りでなく、イライラも多くなってきた。また移動先があちこちに分散しているので、移動時間短縮のこともあり飛行機を使う機会が増えた。その証拠にエアベルリン航空とルフトハンザ航空のマイレージのカードが、シルバーカードに変わった。少しグレードアップしたようで、特にエアベルリンでは、優先的にチェックインができるようになったのはよいことだ。

ドイツの組合は、日本よりもかなり違う点がある。特に会社との対立の強さであり、組合はストライキを敢行してでも自分たちのイデオロギーを死守しようとしている。会社が潰れても自分たちの掲げた主張が通る方が重要だと思っているので、何のために会社があるのかまったく理解していないように感じる。また組合の専任になると、仕事をしなくてもよいので、何年も組合長を続けたがり、賄賂を使ってでも選挙を戦う裏話もよく聞く。人間堕落すれば本当に腐ってしまう。でもコンサルする時に、この組合の協力がなければ成功しないことも確かである。このために新規の会社でコンサルが始まる時には、組合のメンバーに最初から参加してもらい、何をしようとしているか直接語りかけていくようにしている。最近は、これが功を奏するようになってきた。

 

異業種交流の活動

 

 数年前から1つの企業を中心に口コミや人間関係を活用して、同じ考えを持った人たちが一緒になって改善活動をしようとクラスター(ブドウなどの「房」の意味)を作るようにした。北ドイツのF社も、その考えに同調してもらっている。毎回関連会社や知人の会社からも積極的に参加してもらい、味見をしてもらっている。実際に改善した工場に訪問して、その工場の人たちと一緒に改善活動を通して交流をしながら、コミュニケーションを取っていくものだ。お見合い場所、合コンともいってよいだろう。簡単にいえば、異業種交流を設定して、良ければ一緒に改善活動をしましょうということだ。これは非常に効果があり、一番のコミュニケーションはやはりトップ同士の人間関係にあった。逆にこれを大いに活用しようとしているが、これは応用が幅広くできる。

 今回私が、8年前に知り合ったCさんに3年ぶりに逢うことができた。Cさんは、これまでに2つの会社を行き来したツワモノである。その都度出世してお金持ちになっているらしい。彼は非常に頭がよく、おまけに口もよく回り、さらに手足もよく動き、すぐにアイデアを形にでき、いわゆるスーパーマンの一人である。いったん高校を卒業して就職し、奮起してから大学に入り直し、さらに博士までなった人で、鉄の塊から自分一人でバイクを製作できる本当の職人でもある。F社のWさんとは以前の会社で交流した仲間であり、気心も承知している仲間だ。Wさんも旋盤工から、大学に入り直し出世した苦労人だ。二人の息の合った姿は、コンサルをしていても非常に嬉しく思う。

このようにいったん企業に就職して夜間の大学に入り直し、勉強するのはドイツが日本以上に学歴社会のためだ。高卒では管理職にはなれない。しかし大卒だと就職して、すぐにでも管理職にもなれる。本当かと疑いたくなるが、これは事実である。F社に訪問した時に見たことのない若い女性が、管理職相当の仕事をしていた。彼女はもうすぐ大学を卒業するが、その前に工場での実習に来ていた。この実地研修はどの企業でもよく、半年間の研修とレポートで認められるとようやく卒業が認められるので、そう簡単に卒業はできない仕組みになっている。だからこそ本当で出世したければ、いつでも大学に入り直し勉強をすればよい。Cさんのような人は、例外ではなくどの企業にも存在する。

逆に大学をたまたま上手く卒業しても、実際の管理能力のない人がいると、部下は本当に地獄だ。今週P工場に行ったとき、その場面に出くわした。30歳くらいの若い女性の管理職が、部下のマイスター(50歳くらい)にとんでもない指示を出していることが判明した。管理職は、権限で持って指示命令で押し通してしまう。部下が何かを訴えても、押さえ込んでしまうことが少なくない。そして今回は言い訳ばかりして何もしないので、躊躇なく爆弾を投下した。このような無能な管理職も何人も見てきたが、学歴偏重もいい加減にして欲しいくらいだ。ドイツにようこそ。

 

贈ったワインはどこに行った?

 

このCさんに逢うために、挨拶代わりにワインを贈ることを考えた。彼はビールをいつも頼んでいたが、このような挨拶にはビールは不向きであり、やはりワインが常套手段である。ワインとなれば、いつも通っているボッホム市のスペインワイン屋から選べばよい。それで事前にワインを贈って、F社で一緒に逢おうというシナリオを頭に描いた。少々高いワイン2本を選んで送付する手続きをして、当然のようにお金を支払った。最近新しいパートナーと一緒になったと聞いていたので、自宅の住所はわからないため会社に送ることにした。(注意:このように結婚はしないが、パートナーと称して同棲することは、欧州では当然のように行なわれている。オランダでは、同棲期間を何年か一緒に過ごしOKならば、ようやく入籍するというのが普通になっているほど)

 ここからお笑いの始まりになる。2週間くらいしてCさんにワインは届いたか連絡したら、届いていないという。それでワイン屋に問い合わせすると、発送するのを忘れていたという。これが欧米の商売であり、郵便をホテルで出すとよい返事でフロント係は対応するが、外国人だと察するとその手紙を廃棄して切手代を懐に入れてしまうのは公然の習慣になっている。手紙に切手を貼るところまで、見ておくことが差し出し人の務めであるが、いかにも人間味がない。そして無料で(当たり前だ!逆に慰謝料をもらいたいくらいだ)再送付してくれた。それでまたCさんに連絡をしたが、まだもらっていないというのでワイン屋に再び問いただした。

確かに送ったとコピーをくれた。さらに郵便局(DHS)に問い合わせすると、Cさんの前にいた元の会社に届けたという。郵便局もいい加減だ。もうCさんは別な会社に行っているのに、たまたま配達した郵便屋さんは、彼の名前を覚えていて前の会社に届けたというのだった。宛先は別な会社で、しかも住所は違うのにも関わらず、こんなミスをしでかすことが信じられない。受け取ったその前の会社も不思議で、既に退職していることは知っているはずだ。実にええ加減だ。でも心を込めて「ドイツへようこそ!」と言いたい。これがドイツの社会の実態であり、こぼれ話のネタはいつまでも尽きない。しかし心労は、ますます積もっていくばかりなので、ユーモアで吹き飛ばすしかない。

 

南ドイツでも異業種交流

 

南ドイツのStuttgart郊外にあるラウヘンは、ドイツワインの産地の一つである。訪問先の企業は某分野で世界一であり、知っている人は日本でも知っている有名な企業である。昨年から訪問する機会を得た。実は同じ町にあるW印刷会社の大口のお客様でもあった。印刷会社はこの改善活動をしたお陰で、リーマン・ショック後にも生き残っている。ドイツの印刷業界は、この3年間に18000社あったものが、なんと12000社に減ってしまった。そのW社の工場見学をして、クラスターになろうと決意され、毎月のように訪問することになった。

会社を訪問すると玄関には、膨大なカタログが陳列されているが、それはすべてW社の印刷したものだ。いつものように改善活動の手引きを行い、皆さんでチームになって取組む。ところが保守的な南ドイツの民族性が、この企業にも見事に発揮されていた。想定内であったが、厄介なことは間違いない。四苦八苦しながら、少しずつ糸を解くように反対派を巻き込んでいく。ほとんどの場合は、日ごろのウップンが溜まっていることがあり、そのガス抜きをタイミングよく行うなどあの手この手を使っていく。結果が出始めるとしめたものだ。反対派も次第に納得し始めていくが、実際に身体を動かさないと人間は納得できないものだ。だからこそ現地現物で体験することが大切だ。

この2つの企業は、すぐ近くにあり私が訪問する時にお互いのメンバーを派遣して交流会を実施するように仕向けていった。5年前に開始したW社のメンバーは、まったく異業種でもありながら勘所を知っているので、鋭い指摘をしてくれる。しかも家が近所の仲間もいたりして、こんなことをやっているのかと確認し合うのは、私が直接話をするよりも彼らの体験を直接伝えることによる効果がある場合が多々ある。

 

ドイツの郷土料理を楽しむ

 

その企業の改善担当のKさんから、地元の美味しいレストランへの招待があったので、宿泊しているホテルのレストランも良かったが、折角なので招待を快く受けた。そのレストランは車で数分のところにあり、名前はズバリ「太陽」であった。民家の中にひっそりとあり、看板がなければ店と気付かないほど周囲に溶け込んでいた。中に入ると30席ほどがほぼ埋まっていた。ということはリーズナブルでしかも美味しいということが想像できる。ただ天井が非常に低かったが、これは非常に古い民家を改造したことがわかる。店の中は小奇麗にしてあり、予約席に陣取った。

Kさんの推薦でスープを頼むことにしたが、普通2、3種類あるものがなんと1つしかなかった。選択の余地なしではないか。逆に考えるとシェフお勧めのスープとなる。いつもスープは1種類であり、季節によって変えていくそうだ。メニューを見ると他の店よりもシンプルな気がした。実はシェフが1人で、すべてまかなっていることがわかった。するとメガネをかけたかっぷくの良い30歳くらいのシェフが挨拶に来た。後になっても少しでも時間があると、テーブルに出て来て挨拶を交わしていることに気付いた。これは大切なトップ自らの接客対応であり、繁盛していることがわかった。会話をしても人柄の良さが自然にわかる。メニューの基本は、地元の郷土料理である。

 

地元の赤ワインを飲む

 

この地方はワインの産地でも有名で、ドイツでも赤ワインが生産できる北限に近い場所である。南斜面に向かって石段が丘の上まで積み上げられて、まるで段々畑のようになっている。これは石に太陽の熱を蓄積させて、ブドウを育てる仕組みだ。石段はモザイクのようにキチンと積み上げられているが、この地方の性格を表現している。この地方はドイツで最もケチと称されていて、一番工業で儲けている地方であり、シュバーベン地方とも呼ばれる。

何でも取り込んで自分のものにすることを例えて、水泳の平泳ぎは胸から手を外に広げるが、この地方の人は逆に手を外から胸に取り込む格好で表現する。それを皆さんの前でやると、ニヤニヤしながらも否定をしない。何も言わないのは、この地方では褒めたことになる。喋ることも勿体ないと考えているほど徹底している。だから儲けることを知っている本当にケチな人たちである。

Kさんのお勧めで、この地方の赤ワインを飲むことにした。いつもスペインやイタリアの赤ワインを飲んでいるので、太陽の陽の少ないこの地方でのワインは期待できないと思っていた。しかし、店の名前が太陽(ドイツ語で「ゾマ」)というので、太陽の不足はないようだ。開けてビックリ、なんともフルーティーな香りがする。そして試飲をするとまずまずの味であり、太陽の不足は感じられなかったほどだ。これで日中のゴタゴタから解放された感じだ。スープも出てきたが、実に美味しい。

人参のスープだが、本当にまろやかで舌がとろけるようだ。これはクノール製のスープ(市販品)か?とウエイトレスに訊ねたら、「違います!」とプッと頬を膨らませて厨房に消えていった。すると先ほどのシェフが出て来て、怒りを抑えていたかもしれないが、このスープの作り方を丁寧に紹介し始めた。バイオの人参だけではなく、こだわりの食材がたくさん盛り込まれ、手間をかけて作ったことを説明してくれた。だから1種類のスープしか出さないという。参った!ドイツでこのような美味しいスープは、記憶がないほどだった。

 

食べられる皿は?

 

さらに頼んだメインのステーキは、牛のレアにしてペッパーソースを樽ほどかけてもらった。赤ワインとも非常に合い、1本目が空いてしまった。そこでウエイトレスに「このワイングラスは壊れているようで、ワインがなくなってしまったよ」と問いただすと、「今日は暖房が利きすぎて、蒸発したのよ」と返してくれた。なんとユーモアのある人だ。これをきっかけに、冗談話の応酬が展開される。

分厚い肉のプレートも会話が弾むと、胃の中に入ってしまう。さらにワインが消化を助けるようにも感じるが、これはアルコールに麻痺した証拠か。とても美味しかったので、最後にウエイトレスに「美味しかったですよ。でもこの皿までは硬くて食べられません」というと、「それは良かった。でも今度は、その皿が食べられるように柔らかいものを用意して置きます。」と返事があった。