海外こぼれ話 121  松田龍太郎    2011.6

 

次のお客様への移動が8時間

 

昨年の12月から毎月のようにハンガリーに通っている。3月にはその日が夏時間に変わった日で、1時間早くなってデュッセルドルフ空港にタクシーを飛ばして、ぎりぎりに間に合った事件があった。今回もまた手に汗を握るような、ハラハラドキドキの話題をまたまた提供する事態になった。

その前の週に、北ドイツから最南端のドイツの町までの移動に変則的日程が仕組まれていた。A工場からミュンスター・オスナブルク空港には30分で到着したが、そこで約2時間待つ。そこからベルリン空港に飛んで次の飛行機を待つこと1時間。スイスのチューリッヒ空港まで飛んで、そこからドイツのジンゲンまで車で逆戻りして1時間。A工場を出発して、B工場のあるホテルに着くまでの時間は、なんと約8時間も要した。時計を見ると24時少し前だった。ホテルといってもレストラン兼用で、店が終わると従業員はすべて帰り、日本ではありえないが、ホテルには客しかいないという状況になる。

ホテルに着くと従業員が待っていたが、事務所からの連絡には、何時に到着するということが記載していなく、もう来ないかと思って帰る寸前だったようだ。その証拠に事務所からのメールのコピーを見せ付けて、遅くなるなら連絡が欲しかったといわんばかりに、2度もそのコピーを見せてくれた。彼は爆発寸前だったことが表情で読み取れた(汗)。

その時間に到着すると寝る時間は、遅くなり睡眠時間を削減することになってしまう。3日目の金曜日には朝7時から開始することになり、ホテルの朝食を615分からにしてもらったが、やはり通常より早いので眠かった。そんな週だったので、疲れてしまいパスポートをブレザーの胸ポケットにしまいこんでしまった。さらに土曜日から日曜日に掛けて、3本の原稿や記事を書いていたので、このミスにまったく気づかなかった。

 

パスポートを忘れる

 

日曜日はハンガリーに行くために、17:45発の便が設定されていた。いつものように玄関のドアに貼ってある出張の持ち物チェックリストを基に現物確認しながら、忘れ物がないことを確認して出発した(つもりになっていた)。出発する日のチェックのメモには、飛行機の1時間前に空港に着くようにしている。チェックインして登場ゲートには15分前に並ぶようにしている。タクシー乗り場までの時間(5分)と空港までの移動時間(20分)を合計して、アパートを出る時間25分を逆算してメモに書いて机に貼り付けておく。5分早めの16:15にアパートを出て、ホテルニッコーのあるタクシー乗り場でタクシーを拾う。この時にホテルの横から侵入して、フロントの前を移動して玄関に行くようにしている。そうするといかにもホテルから出てきたように見えるからだ。

空港には16:35頃に到着した。ルフトハンザのマイレージカードを出してチケットを使って、チェックインの手続きをした。トランクも預けてチケットを発券してもらい、パスポートを出そうとした時に、かばんのポケットにいつも鎮座しているパスポートが見えなかった。一気に血の気が引いてしまった。チケットはもらったので、後45分間で出発ゲートまでパスポートを持ってくる必要があった。その日のハンガリー行きの便はもうないので、これに間に合わないと仕事ができなくなるのだ。そこからかばんを持ってタクシーの乗り場までなりふり構わず走った。ブレザーのポケットにあることを思い出したが、時は既に遅かった。とにかくパスポートが必要だった。

 

映画さながらの走り

 

血相を変えて走っているので、人は道を開けてくれる。タクシーを捕まえて、「ビスマスク通りまで急いで走れ!パスポートを忘れた。すぐに引き返す!時間は30分しかない。とにかく急げ!急げ!」とまくし立てて走らせた。血相を変えているので、相手も事情は察したようだ。しかし「俺の勤務は5時までだ。途中で運転を交代したい」とふざけたことを抜かしやがる。「それなら、5時までに空港に戻るように、もっと早く走れ!」と叫ぶ。そうするとかなりのスピードで飛ばす。信じられないほどの時間で再びアパートに戻ることができた。運転手には、2分でパスポートを持って戻るといってアパートに入った。

都合の良いことに、いつも閉まっている玄関ドアが開いていた、しかもエレベーターは地上階で止まっていた。これが一番上ならそれだけでも30秒は掛かるのでラッキーだった。すぐに部屋に入り、ブレザーのポケットを探るとあった!“てっぱんダンス”のように欣喜雀躍している暇はなく、すぐにエレベーターで降下する。タクシーまではちょうど2分。時計は16:52であった。これなら間に合いそうだと希望の光が差し込んできた。帰りはそのままこのタクシーを使えばよいが、まだこの運転手は「俺の勤務は5時までだ」とまだいい抜かす。要は時間オーバーするので、チップが欲しいということのようだ。財布からお金を出して、彼の横で50ユーロのお札をひらひらさせて、早く行けと誘導させた。馬は人参をぶら下げればよいが、人間はお金で釣れる。

空港に着いたら、17:03だった。完全に間に合う時間だった。合格だ!チップは10ユーロもつけてやった。Aゲートに入り、目指すA83ゲートに向かった。3月の時には遅刻して係員に般若の形相で怒鳴られたが、今日は余裕を持って到着した。つまり、約25分で空港とアパートの間を往復することが判明し、証明もできたことになる。現地レポートとしては、カーチェイス並みの走りに手に汗を握ったものであったが、もう二度とやりたくはないものだ。

こんな時に飛行機の出発は、清掃点検の遅れのため30分遅れとなった。チェックリストの見直しを行い、必需品の現物であるパスポート、財布、鍵の3点の写真を貼り付けて再確認することにしたが心臓に悪いなあ。

 

悪夢の前兆は教会?

 

ハンガリーのブダペストに到着すると通訳のキッシュさんが待ち構えていてくれて、ハンガリー商工会議所のPさんが運転をしてホテルまで移動する。そのホテルは、日曜日にレストランの営業はないということで、途中のガソリンスタンドでサンドイッチを買って晩御飯にすることにした。4つ星のホテルでまずまずの部屋の感じだった。でも窓側は広場になっていて夜に人が集まり、騒いでいた。また階下はオープンバーになっていて、誰かの誕生日のようで夜中の1時過ぎまで歌を歌って騒がしかったが、秩序がないなあ。

朝起きてみると隣の建物がまたまた教会であった。しかも朝6時なったら、ガランガランと大きな音を立てて睡眠不足の私にけしかける。つまり窓ガラスの防音が不十分であったのだ。数々の悪いことが起こる前兆は、ホテルの近くに教会があることだと段々と自覚できるようになった。

朝は工場に出掛けて工場見学をしてから、講義をする会場の市内の工科大学に移動する日程だった。工場には715分に来るようにとの指示だった。つまり朝食は6時半から食べて、7時は出発というハードな日程になっていた。時間通りに工場の玄関に着いても、私を呼んだコーディネーターが到着していなく、工場に入ることができなかった。しばらく待っていると製造部長が出てきて、工場に入れてくれた。会議室に通されたが、彼も急に対応したので慌てていた。つまりまったく準備ができていなかったのだ。水を飲んでから工場見学をしておよその状況把握をした。

ハンガリー語からドイツ語そして日本語に直すと、ニュアンスも変わるもので、伝えたいことがなかなかストレートには伝わってこないこともあるが、今回もそんな感じだった。彼の案内で見学して、ワイヤハーネス(ケーブル)の加工と組立を行っている工場だとわかった。そして製品は、医療、自動車産業、工業一般と大きく3つの分野に分かれていた。医療のものはかなり複雑な製品であった。仕掛状態や作業の様子を観察すると、工場の改善のレベルはもうわかってしまう。予定の1時間で観察ポイントを十分にインプットすることができた。そこからセミナー会場まで移動する。2つの工場は合計800人で、参加人員はその中から選抜された幹部社員60人だという。

 

くるくる変わる日程と予定

 

セミナーは工科大学の校舎を使って9時から始まるが、まだコーディネーターは現れない。会場のプロジェクター、マイク、パソコンなどの設定は、仕方ないので大学の人と一緒に行った。するとコンセントに電源が来ていないことがわかり大慌て。さらにフリップチャートもないので、それを手配してもらう。10分前になってから、今日はこの話をして欲しいと急に追加のリクエストが出た。しかもさらにもう一つの工場から来た人たちが、帰るバスが予定より30分早くなったので、さらに時間を短くして欲しいと、要望ではなく要求になってきた。あらら、今日も何か事件がありそうな雰囲気になってきたようだ。

さらに追い討ちをかけるように、その帰る人たちに受講証明書のサインを書いて欲しいリクエストが出てきた。しかもバスの出発前に、書いたものを一人ひとり手渡してもらいたいという。それならば休憩時間に書き上げて、しかも渡す時間も計算して早めに講義を終わらなければならないということだ。私のサインは筆ペンで書くので、乾くのに時間が掛かる。さらについでに、60人全員の証明書にサインが欲しいとのリクエストが出てきた。

そんなバタバタしている時に、ようやくコーディネーターの若い女性がやってきてしかも一番前の席に着いた。しかも皆さんにも私にも挨拶なしで、さもすべて何事もなかったかのように平然と座った。だから90kg(身長155cmくらい、推定年齢30歳、多分大卒、ふてぶてしい性格もしくは大変おおらかな性格:推測)も体重があるのだと妙に納得できた。挨拶はともかく何も準備しなかったことを詫びろ!といいたかったが、いうこと自体がムダな感じの人であった。会社も良くこの人を採用したものだと、逆に感心してしまった。

今日の変更になった予定表を、フリップチャートに描いて講義を始めた。講義を始めると皆が一斉にノートを広げ、メモを取り出したのだ。工場のレベルは非常に良いとはいえなかったが、従業員の姿勢は素晴らしいものだった。講義を進めていく中でも、全員寝ることもなく熱心に勉強してくれた。態度が良かったので、こちらも内容もペースも相乗効果が出てくるものだ。あっという間に5時間半の講義を終えることができた。ムダ話はなく寝る人もいなく、全員がメモを取りながら実に関心を持って講義を聴いていたことが、伝わってくるとこちらも熱心にならざるを得ない。終わった時には汗でびっしょりだった。

早くホテルに帰って風呂に入りたいなあと思ったら、製造部長が明日の準備のことで晩御飯を食べながら話をしたいという。しかもこれからすぐに食べに行きたいというので、しぶしぶ了解した。5時半からホテルの近くのオープンレストランに行くことになった。ハンガリーの郷土料理を頼んで、食事をしながら明日のヒントを提供しておいた。時計を見ると7時になっている。今日は珍しく12時間の労働時間であった。明日に備えて早めに寝ることにした。

 

工場で観察開始

 

翌日は9時からの予定だったが、8時からに早めて欲しいとまたまた予定が変更された。お客様は神様ですから、まあもう好きなようにして頂戴という気分。訪問したら20人ほどが会議室に集合していた。昨日とは別の人たちもいたので、急きょ追加の講義を行った。さらに現場観察の仕方も紹介した。この会社が私を呼んだのは、昨年から改善提案の制度を導入したが、まだ提出件が少ないので、それを飛躍的に増大させたいという理由であった。

20人を4つのチームに分けて、それぞれのテーマを与えた。彼らのツボを押さえちょっとしたヒントを出すことによって、飛躍的に改善提案を出すようにできる自信はあった。受注から出荷のチームには、1時間の観察で100件の問題点を発見する課題を出した。しかし物流チームに昨日から言い訳する人がいた。今日もメンバーの中に入っていたが、段々と毒を出すようになった。そこで皆さんのモチベーションが下がりそうだったので、「言い訳するな。今度いったら活動を止めて仕事に戻れ!」と皆さんの前で厳しい口調で言い渡した。これでかなり緊張感が出てきた。全員に現場観察へ出掛けさせた。

それでも講義が終わった後に、彼が私のところに来てまた言い訳をした。「今のことは通訳が悪くて、誤解を招いたようだ。云々」。何!通訳はもう数年間一緒にやって来ている超一流の通訳であるのに、そんなことまで言い訳の材料に出してきたか!(怒)。すぐに製造部長を呼んで、彼を即刻クビにしなさいという理由を懇々と説明した。製造部長は腰を抜かさんばかりにビックリしていたが、後の行動を私と一緒に観察をして、自分の観察不足を認めたようだ。

 

問題発見力は素晴らしい

 

午前中に観察、そして問題点のまとめを行った。なんと受注から出荷までのチームは、目標の100件の問題点発見に対して、92件まで出すことができた。本人たちもビックリしていた。時間がなかったので92件だったが、さらに写真をチェックしていけば軽く100件は出せるところまで自信をつけた。午後からは改善案を考え、15時半まで実行できるものはやってしまえと指示した。他のチームは25から35件の問題を発見できたが、それはドイツでも一般的な数値だった。でもそこから改善案を出すことに対しては、まだ力不足が感じられた。

半分以下の改善案しか出てこなかったが、それでもできるものは実施させた。金を使うな、知恵を使え、ダンボールも使えなどとさらにヒントを出した。わずか2時間の間に、30件以上も実施してしまった。これはこの会社では画期的なことだった。いわば昨年一年掛かった件数をわずか1日で達成する勢いだった。目標である昨年の8倍は、軽く達成できる目安がついた。熱心であることも実力も持っていることもわかってきたが、一番安堵したのは終日関心を持っていた製造部長だった。これで彼は自信がついたと非常に喜んでいた。

帰りの飛行機の時間が20時だったので、あと4時間もあり、せっかくなので全員からのフィードバックをやり感想や気づき項目、質疑応答までやった。終わると4時半であった。そこから空港までは75分で行くので、まだまだ時間があると安心して車の中ではすぐに寝てしまった。17:25に空港に到着して、「すぐにチェックインして下さい」とキッシュさんがかなり慌てている様子だった。

何なのか聞いてみると、18時発の飛行機の手続きに後5分しか時間がないという。ええ?20時ではないのかと問いただすと、事務所からは18時の飛行機だと連絡があり、高速道路をかなり飛ばして間に合わせましたという。カウンターに行くと、18時の便は席が空いているということで、それに乗って帰ることにした。事務所からのコンサルとハンガリーとの連絡のやり取りができていないことがわかったが、これが逆だったら大変なことになっていたはずだ。やはりホテルの隣に教会があるとこぼれ話のネタが尽きないようだ。

 

ドイツ鉄道にようこそ

 

南ドイツに移動することになり、15:27発のICE電車に乗った。いわばICEは日本の新幹線だ。でも遅れは毎度のことで、それは時間の設定の仕方だった。ドイツは余裕のない設定をしており、少しでも遅れると取り返しができない。

今回も11分遅れでマンハイム駅に着いた。車内放送では、「遅れてもローカル線は待ってくれていますので、安心してください。」とアナウンスした。でも後1分しかなかったので、トランクとかばんを両手に持って小走りで目指すホームに駆け上がった。出た所に電車があり、ドイツ鉄道もよくなったなあとホッとしたら、どうも雰囲気が怪しかった。車掌に聞くとあんたらの電車は先ほど定刻に出たという。何??約束が違うがな!(怒、怒、怒)。結局次の電車まで1時間以上も待つことになるので、ラウンジに入りその旨を係員に告げたが、カエルの面に小便と平然としていた。厚顔無恥の態度であり、民営化されてもだめだ。次に入ってきた客も同様に怒っていた。「まあまあこれがドイツ鉄道です」と通訳のMさんがなだめてくれたが、教会が鬼門であることが証明された。