ニューヨークの風〔肥和野佳子

 今回より新連載します「ニューヨークの風」は、ニューヨークに在住する、私の姪が送ってくれる最新情報を、読者の皆さんにご紹介するものです。ニューヨークからの風をお楽しみ下さい。計羽孝之。

ニューヨークの風1(2008.12.15)

孝之おじさん、ごぶさたしています。お元気ですか?

きのう、カーネギーホールで、すごいコンサートを経験し、音楽のプロであるおじさんに是非お知らせしたいと思って。

11月16日(日曜日)

きょうカーネギーホールでのイスラエル・フィルのコンサートに行った。わたしは毎年カーネギーホールの定期会員(Subscription)をしていて、毎シーズン、様々な外国のトップオーケストラのコンサートが6回分程度セットになっているチケットを買っている。

今回もその一つのチケットで、今日はイスラエル・フィルだった。いつも、イスラエル・フィルはズービン・メータ指揮だったので、当然今日もメータだと思い込んでいた。Subscriptionしていると、自分がコンサートの内容をよく吟味して買うシングル・チケットと違って、自分が選んだわけではない、あらかじめ決められたセット・チケットなので、中身をよく確認しないで、とりあえずカーネギーホールに行くので、わたしはうかつにも今日のコンサートに対する予備知識は、全く無かった。演目は以下の通りだった。

デュダメルという指揮者

グスタボ・デュダメルという指揮者を、うかつにも私は今日まで全く知らなかった。彼が出てきて、え?今日はズービン・メータじゃないの?メータは急病で彼が代役かしらんとさえ思った。しかし、リーフレットを良く見ると、最初からグスタボ・デュダメル指揮と書いてあるから、代役で出てきたわけではない。

最初の2つ、バーンスタインのものは現代曲。特に2曲目の"Jubilee Games"という曲は全く初めて聞いたが、まさにバーンスタインがイスラエル・フィルのために書いたような作品だと思った。

第一楽章が始まってすぐに楽団員が演奏しながらも「シェパッ」と数回にわたって叫ぶので、なにを言っているのだろう?"Shape up!"と言っているのかなあとか思っていたら、あとでリーフレットに書いてある解説を読むとヘブライ語で"Sheva!"Sevenの意味)と言っていたらしい。第3楽章には、8分の18拍子があって、全体として明るい感じだけれど、演奏するのも指揮をするのも難しい現代曲。グスタボ・デュダメルの指揮も難しい曲を間違えないように慎重に指揮する感じで特に何も感じなかった。

この2曲までで前半が終わり、拍手はたいしたことなかった。中休憩のあと後半に入り、チャイコフスキーの4番になって、急に雰囲気ががらっと変わる。

すごい指揮!すごい迫力!

グスタボ・デュダメルが、最初の数振りしただけで、目を見張るものがあった。「おお、なんだ、これは!すごい指揮!すごい迫力!」誰なの彼は?

わたしはよくクラシックコンサートに行くし、楽器も多少趣味で習ってはいるが、基本的に素人だ。だけど、この数振りだけで、彼の指揮がすばらしいものだということを感じ取った。よく見たら、チャイコフスキーの4番は、彼のお得意なのか、暗譜で、指揮台がなかった。前半とはえらい違いだ。極めて大きなアクション。こんなに動いたら、さぞかしジムで運動した後みたいに疲れるだろうなあという感じの、凄まじい指揮。オーバーアクションの指揮が好きでない人もいるだろうけれど、でも、それがなんだか魂を感じる指揮で、ぐいぐい、グスタボ・デュダメルの指揮に引き込まれる。

イスラエル・フィルの団員は、平均年齢は高そうだったが、なかに若い才能のあふれる人を配置しているようだ。ホルンに二人も女性がいたし、ダブルベース(コントラバス)にも一人女性がいた。ホルンやダブルベースは男性がかなり独占的で、一流のオーケストラで女性がこのポジションを手に入れるのは難しい。

透き通った音のオーボエ

特に魅かれたのはオーボエの男性。こんな透き通った音のオーボエを聴いたことはない。きわめてすばらしい演奏。個性的な吹き方をする人で、オーボエは通常体の中心にかまえて演奏するものだが、この男性はオーボエをやや右にかまえて(すなわちオーボエの先が彼の右足側に向いている)演奏する。こんな構えではオーボエの先生なら注意するだろうと思うけれど、こんなに美しく演奏するとは、この独特の構えが彼の唇にあって、美しい音をかなでるのかしらんとか思いながら、後半、双眼鏡で私はずっとこのオーボエ奏者を見つめていた。オーボエは常にオーケストラの中心に位置し、オーケストラの要。オーボエ奏者のよしあしが、オーケストラの格をある程度左右するとも思うので、さすがにイスラエル・フィルは、すばらしい人を置いているなあと関心した。

チャイコフスキーの4番が終わって、会場は大きな拍手の渦。ブラボーが飛ぶ飛ぶ。立って拍手する人もたくさんいた。なんども拍手がなりやまない。

わたしの席は、天井桟敷の1列目中央。立つと目立つし、後ろの人が見えなくなるので、私はめったに立たないのだが、今日は立って惜しまぬ拍手を送った。こんなに私を満足させてくれたコンサートは何年ぶりだろうか。グスタボ・デュダメルという発見で、わたしは興奮していた。オーボエもすばらしかった。

日本と違って、米国のコンサートでは、オーケストラはあまりアンコールを演奏しないものだが、グスタボ・デュダメルは2曲、アンコールをやった。1曲目はきれいなバラードだったが、2曲目はなんとラテンの曲で、のりのりの曲だった。観客はそれに大いに喜び、またわれんばかりの拍手だった。

若干27歳の若さ!

グスタボ・デュダメルは1981年1月26日生まれ、若干27歳の若さ!27歳なんて音大の大学院生くらいの年齢ではないか。この年齢で、世界で評価の高いイスラエル・フィルの指揮をするとは、スービン・メータによっぽど才能を認められ、気に入られているのだなあと思った。家に帰ってからネットでグスタボ・デュダメルを検索してみるとたくさん情報があって、すでに音楽界では有名人。若手のスター指揮者と知った。2009年秋からエサ・ペッカ・サロネンにかわって、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任するらしい。すでにウィーン・フィルやアムステルダム・コンツェルトヘボウなど、そうそうたるトップクラスのオーケストラの指揮を経験している。すごいものだ。

彼は南米のベネズエラ出身。音楽教育もベネズエラで受けた。ヨーロッパや米国ではないというのもすごい。もともとバイオリン奏者で指揮を始めたのは1996年からだという。数年でここまで昇るとはすごい才能。彼はそう遠くない将来、世界で一流のオーケストラを率いるマエストロになるだろうと思った。

のりがよく明るい感じがデュダメルの真骨頂!

ベルリン・フィルの音楽監督サイモン・ラトルもすごい才能だけれど、彼は現在40歳代。40歳代でも若手と言われる指揮者の世界にあって、27歳とはすごい快挙。すえおそろしい。私が感じたグスタボ・デュダメルの指揮は、サイモン・ラトルのように神経質で厳しく、気難しい感じではなく、とにかく、のりがよく明るい感じ。管楽器の使い方がうまくて、マーラーをやらせたらうまそうだなあ、と思っていたら、ネットで読んだらグスタフ・マーラー指揮コンペティションで優勝と書いてあって、やっぱりねと思った。

日本公演は必聴の価値あり!

グスタボ・デュダメルはThe Simon Bolivar Youth Orchestra(彼が音楽監督を務めるベネズエラのオーケストラ)を率いて、12月にアジアツアーで日本にも行くそうだ。(下記参照)これはおすすめ、必聴の価値あり!

好みは人それぞれだけれど、サイモン・ラトルがその才能を絶賛するグスタボ・デュダメルの指揮がどんなものか、まだ多くの人が知らない内に経験するのはいいかも。そのうち大有名人になったら、日本公演にはめったにこなくて、チケットも取れなくなると思うし…。

ああ、とてもよい気持ちの一日となった。CDと違って、生の音楽はやはりすばらしい。