ニューヨークの風〔肥和野佳子

ニューヨークの風13(2009.12.15)

ガスの元栓を閉めない国

ガス瞬間湯沸かし器をアメリカで見たことがない。たぶん存在しない。なぜなら、建物にはすべて集中給湯の設備があるからだ。このインフラはたいしたものだ。

たとえば、どんな田舎町のバスの待合室のトイレでも、公園のトイレでも、ホームレスの収容所でも、蛇口をひねればお湯は出てくる。これは寒い地域だけでなく、フロリダのような暖かい州でも同じだ。

民間の住宅でももちろん、どこの家でも24時間、蛇口をひねればお湯は出てくる。夜、消したりしない。だから寝る前に「ガスの元栓閉めて…」なんてことはない。台所のガスオーブン、ガスレンジも、夜、元栓は閉めない。そもそも元栓がどこにあるのかもわからない。見えるようなところには見当たらない。我が家は集合住宅で、集中管理でどうなっているのかよくわからない。

集合住宅の場合、給水、給湯、暖房はビルの集中管理で、それらの経費は分譲住宅なら管理費に含まれ、賃貸なら家賃の中に含まれている。だから、お湯、水、暖房は基本的に使い放題だ。暖房は新しい建物の場合は部屋ごとに暖房を切ったりつけたり温度調節したりできるが、古い建物の場合は暖房の調節は一切できず、暖房が暑すぎる時は窓を開けるしかないこともある。

個人の一軒家だと個人の管理なので、暖房費をケチったりして寒い家もある。でも個人宅でも、出かけるときはもちろん、旅行に行く時でも、ガスの元栓は閉めない。通常、家の地下室にガスボイラーがあるはずだが、元栓を閉めるなんて聞いたことがない。

最近の台所のガスレンジはみな電気発火なのでよいが、米国の古いタイプのガスレンジは、なんと驚いたことに、パイロットライト(小さな直径1センチの丸い種火)を24時間付けっぱなしにしなければならない。この古いタイプのガスレンジは一部の一般家庭で現在でも使われているらしい。

わたしは1988年に初めて米国に住むようになったのだが、その家のガスレンジはそういう古いタイプだった。ガスレンジにはコンロが4つあって、レンジのカバーは4つのコンロ全体を覆うようにつくられている。掃除をする時レンジカバーの表面を触ると暖かいところがあるのでなんだろうと思って、その大きなカバー全体を、手前を持って上にあげるとパイロットライトが見えた。種火は必ず消しましょうと日本で教えられていたので、この種火をどうやってつけたり消したりするのか探したがわからない。

「えー、何らかのことで種火が消えちゃったらどうするの?ガス中毒とかガス爆発したらどうするのよ、恐いじゃん。種火を24時間付けっぱなすなんて、そんなばかな!種火はもちろん消して、寝る前にはガス元栓閉めて、が常識でしょう!」と思って、近所の人に聞きまわった。

しかし「パイロットライトの火は消してはいけない。パイロットライトはレンジのカバーの下にあるから、なべの吹きこぼれで消えることはない。たとえ消えてもほんの少量のガスだから問題ない。」などと悠長なことを近所の人は言う。周りの人がそう言うし、みな当たり前のように使っているので気にしないことにした。しかし、次に引っ越したアパートでは電気発火式の台所レンジで、ほっとした。

日本には火を使わない電磁調理システムが人気になってきている一方で、ガス瞬間湯沸かし器も結構使われていて、アンビバレント(相反する様)なところがある。蛇口をひねったらいつでもちゃんとお湯が出るというのは健康にもよい。寒い冬、冷たい水に手を触れるだけで血圧は瞬間的にぐんと上がる。たとえばトイレに行って手を冷たい水で洗うたびに急な血圧上昇を経験しているのだ。ガス瞬間湯沸かし器の事故不安など考慮すれば、集中給湯システムはもっと日本で普及してもよいのではないだろうか。