ニューヨークの風(肥和野佳子)
第17回
卒業式シーズンの5月
米国の学校の卒業時期は、5月と12月というふうに年に複数回にしている場合もあるが、主としては卒業の時期は5月か6月だ。4月の終わりごろから5月初めは、一挙に緑が美しくなる時期でさわやかな日和でもあり、卒業式シーズンにふさわしい。
学校の卒業式というのは米国では、結婚式、葬式に次いで家族で重要視されているイベントだ。ほとんどの家庭では子供の卒業式には、両親や兄弟姉妹は出席する。祖父母、叔父、叔母、いとこなど親戚も出席することが多い。卒業式に親戚たちをぞろぞろ連れてこられては席が足らなくなるので、一家庭何人までと出席者の人数制限をする学校もある。
何年か前に米国人大学生の卒業式に、友人として出席したときのことを思い出す。彼女の母親は離婚していて、再婚相手の父親と長く同居していた。大学3年生のときに母親がまた離婚して、大学4年生のときに母親はまた別の男性と再婚した。母親が離婚再婚を繰り返しても、本人は実の父親とはずっと連絡をとりあっていて付き合いがあった。それで、彼女の卒業式には彼女の実の父親、2番目の父親、3番目の父親と3人が勢ぞろい。母親の男遍歴がずらっとそろって、娘の卒業式で並ぶのもアメリカだなあと、この「あっけらかん」さに、妙に感心した。
日本ではほとんどの親が出席するのは、小学校の入学式くらいのものだ。母親はともかく、中学・高校・大学の卒業式に出席する父親は、いったいどのくらいいるだろうか。何年か前のことになるが、日本のプロ野球の球団で活躍している米国人選手が、子供の卒業式に参加するため試合を休んだことがあった。そんなことで仕事を休むとはプロ意識に欠けるのではないかと、日本のマスコミにたたかれていたことがあったが、それは文化の違いだ。米国人のいう子供の卒業式というのは、日本的感覚としては、単なる卒業式ではなくて、家族の結婚式か葬式くらいに思った方がいい。
NY郊外の学校は土地が広い。卒業式が近くなると、学校の芝生や木々の手入れを念入りに行い、卒業生の親たちに学校がいかに美しく管理されているかということをアピールする。しかし、マンハッタン内にある学校はちょっと事情が違う。それは、マンハッタンは大都会で人口は多くとも、東京の世田谷区ひとつ分程度の面積しかない島で、土地がないので、学校には運動場もなければ芝生もない。ただ、建物とコンクリートの小さな広場が、ちょこっと、あるだけというところがほとんどだ。
大学も、コロンビア大学にはかろうじて大学のキャンパスらしいし敷地面積があるが、NY大学(NYU)にはキャンパスはなく、建物がいくつかあるだけだ。ほかのマンハッタン内にある大学も同様でキャンパスはなく、オフィスビルと同じように建物があるだけだ。囲いも何もない。だから、大学といわれなければオフィスビルなのか大学なのか区別がつかないので、人に判るようにビルに大学の旗を吊るしたりしている。
卒業式は、郊外の学校では広い芝生に折りたたみ椅子をたくさん並べて、オープンエアで行われることが多い。当日雨になったら、講堂か体育館に変更になる。マンハッタンの学校には広い芝生の校庭などないので、学校にもよるが、コンサートホールや劇場を貸し切ったりして卒業式を行う。
卒業式では、卒業生は学校が定めたおそろいの卒業式用のガウンを着て、四角いキャップをかぶる。ガウンとキャップはレンタルが普通だが、購入して記念にとっておくことも可能だ。卒業生が卒業証書をもらうときは、一人一人名前を呼ばれてうやうやしく受け取る。そのときその卒業生の家族・親戚たち個人応援団から、「ワーゥ」、「ヒュー」、「キャー」、「ジョージ(名前)」とか嬌声をあげられ、拍手やにぎやかしを受ける。名前を呼ばれても何もないのはさびしいので、家族たちが参加することが大事なのだ。
卒業証書受け取りで名前を呼ばれるとき、何人かの成績優秀者は名前のあとにその賞を受けていることがアナウンスされる。出席者が卒業式当日受け取る卒業生リストにも、名前の横に成績優秀賞であることが明記されている。成績優秀賞をもらうことはたいへん名誉なことで、本人はもちろん家族としても誇らしいことだ。
卒業写真も日本と比べればかなり派手だ。個人写真は日本のように学校で写真屋さんが一人ずつ撮り、どんな風に写っているかわからない地味な写真ではない。自分が気に入った写真を卒業写真として、提出してもよいことになっているのが普通だ。個人的に写真館で何枚も撮って、自分が一番きれいに撮れている写真を卒業アルバムにのせる。まるで女優さんが、自分にうっとりしているような感じの悦にいった個人写真のオンパレードだ。最近は、特にデジタル修正で本人とは似つかわないくらい、いくらでもきれいにできる。
卒業式が終わると、卒業生は自宅に親戚や友人や近所の人を招いて卒業パーティーをしたりする。親戚たちからは卒業祝いとして、日本で言えばお年玉程度のお金をもらう。お金をはさむのにちょうどよいサイズで「卒業おめでとう」と書かれたグリーティング・カードが、この時期にはカードショップでたくさん売られている。
大学生は自分たちで卒業パーティーをすることも多い。卒業式の日は夜中まで大きな騒音をたてて騒ぎたてる若者たちが発生するが、この日ばかりは近所の人たちも、うるさくても大目に見る。卒業生は同時期に卒業した同窓生を卒業年で総称する。今年の卒業生は、Class of 2010だ。このClass of 2010の若者たちは、今後どのような人生を歩んでいくのだろうか。卒業生に幸あれ!