ニューヨークの風(肥和野佳子)

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名前とお国柄

私の夫は米国人。夫の兄の一人はマイケル、叔父もマイケル、甥(姉の息子)もマイケル、いとこにもマイケルがいるので、親戚の話になるとややこしくてたまらない。 誰のことを言っているのか区別するために、いちいち、アンクル・マイケルとかブラザー・マイケルとか、甥はミドルネームがセバスチャンで、マイケル・セバスチャン、略してMS(エム・エス)と呼んだりする。

親戚に同じ名前の人がいるのは知っているのだから、なにも同じ名前をつけなくてもよさそうなものだが、夫の家系はカトリック系でかなり信心深い。聖書から名前をとることにしているようで、気に入った名前がどうも集中してしまったらしい。

そういう家庭は今でも結構多くて、巷では、ファーストネームは男も女も日本で言えば太郎や花子みたいな、昔ながらの、ありふれた名前が多い。 新しい名前を考えて流行を作るということはないのかなあと思っていたが、米国で2009年に赤ちゃんにつけた名前の人気ランキングを見ると、マイケルは男の赤ちゃんの名前・第3位に入っていたものの、意外とあまり聞かない名前がベストテン入りしていたので、米国でも一応、流行はあるんだなあと思った。

それに比べると、日本の子供たちの名前を聞くと、日本はとてもクリエイティブだなあと思う。名前だけ聞いたら男か女かわからないような名前が増えた。 女の子でいまや「子」がつくオーソドックスな名前の女の子はほとんどいない。

日本の皇室での女性の名前は「子」がつかないといけないそうで、皇室に嫁ぐ女性も「子」がつかないといけないのだと聞いたことがある。美智子様、雅子様、紀子様、眞子様、佳子様、愛子様、たしかにみんな「子」がついている。 だけれども「子」がつかなければいけないというルールを守っていたら、将来、悠仁様の結婚相手はいなくなる。どうするつもりだろう?きっとお相手が決まったら、「子」のつく名前に改名させてからお妃様にするのかなあ?今から妙に気になってしょうがない。

日本語の名前は一般的に「未来志向」だ。どういう意味の漢字を使うかで、名前に意味を持たせることができる。親は自分の子にどういう子になってほしいか、子供の将来に向かっての希望を名前に託したりする。英語の名前は逆に一般的に「過去志向」だ。アルファベットは表音文字なので、それそのものに意味はないので、日本語の名前のように、使う漢字で意味をこめるということはできない。英語の名前は誰にちなんだ名前かということで意味をもたせるくらいのことだろう。それで、どういう人になってほしいか、聖書にある名前とか、祖父母の名前とか、過去を見て意味を見つけようとするのかもしれない。単に、家系の伝統を守るという意味ももちろんある。

米国での名前の呼び方だが、米国の会社では一般的に上司にでもファーストネームで気軽に呼んだりする。 もちろん日ごろ接することのない、ランクが離れているかなり上層部の上司に対してファーストネームで呼ぶということはない。クライアントの場合は状況によるが、何度もEメールのやり取りをするような相手とは、ファーストネームを使うことが多い。

学校では先生は生徒を普段はファーストネームで呼ぶが、出席をとるときは、ラストネームで呼ぶ。そうでないと同じファーストネームの人がたくさんいるからだ。 ラストネームをMr.とかMissとか何もつけずに、そのまま呼ぶのは上から下へだ。団体スポーツでは、監督やコーチは選手をラストネームで呼ぶ。軍隊も上官は部下をラストネームで呼ぶ。戦争映画とか見ているとそう言っているのがわかる。 仲間の間ではファーストネームで呼びあったりするようだ。 ちなみにイチローが初めてメジャーリーグに出てきたときは、イチローはラストネームかファーストネームかという質問が多かった。 

米国に住む外国人や移民が英語風につける通称もお国事情がある。中国人や韓国人は本名をファーストネームに使わず、勝手に自分で選んで「ジェニファー」とか「ジョン」とかつける人が多い。なぜそうするのかとたずねたら、中国や韓国の名前は米国人には発音が難しいからだそうだ。それだけではなく、多くの同国人がそうしているからということなのだろうけど。 特に香港系中国人は、歴史的に英国管理下にあった影響か、ほとんどの人が英語の名前も持っていて、それを香港にいたころから使っていたそうだ。

それに対して、米国在住の日本人はあまり米国風の通称を付けない。日本人の顔をしてアランとか、ローズとか自分に名前を付けるのは気恥ずかしいという人が多いのだ。地方の州にある製造業系の日本企業では、日本人が会社の中で圧倒的に数が少なくてマイノリティーなので、皆になじむために、スコット大田とか、トム田中とか適当に選んで英語名をつけることにしている会社もある。 中国人の名前と違って日本人の名前はたしかに発音はそう難しくはないが母音がたくさん入ったりするので、長い場合は短くして、たとえば「Masayosi」はMasaとか言ったりする。

ヨーロッパ系の名前には、正式の名と略称(愛称)がある。たとえば、ウィリアムの略称形はビル、ローレンスの略称形はラリー、スーザンの略称形はスージー、のジュディス略称形はジュディー。よく使われる名前はある程度把握しておかないといけない。ロシア語ではミハイルの略称形はミーシャ、アレクサンドルの略称形はサーシャ、エカテリーナの略称形はカーチャ、タチヤナの略称形はターニャ。

米国はかなりオープンで大統領でも、ビル・クリントンとかジミー・カーターとか略称形を公式の場でも使うが、これもお国によって違う。たとえば、ロシア名の愛称は、ちょっと改まった場では子供以外には使わないし、年齢や地位の高い人に使うのはとても失礼なことだそうだ(無論、家庭内では別)。

あるとき、ミドルエイジのロシア人女性研究者がやや若いアメリカの男性同業者に、タチヤーナ、と自己紹介したのに、アメリカ人のほうがターニャと呼びたがるので、ずいぶん嫌がっていた。習慣の違いなので気がつかないこともある。ロシア語の通訳をしている友人から聞いた話だが、あるとき、ロシア人通訳が仲間の通訳に「ミーシャ、もっとデカイ声で話せ!」と書いたメモを投げたら、ミハイル・ゴルバチョフの手元に落下してしまって肝を冷やした、というエピソードがあるそうだ。想像すると、おかしくて笑ってしまう。