ニューヨークの風(肥和野佳子)

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マンハッタンの

小さな生き物たち

マンハッタンのイメージは摩天楼だけれど、意外にも自然があったりする。私の自宅の近くに広い公園があって、リスがたくさんいる。日本では都会でリスを見ることはないので、初めて日本から来た人はリスを見て結構驚く。日本人がいちばん驚くのは、マンハッタンで6月7月ごろにはホタルが見られることだろう。特にセントラルパークにその時期に行けばけっこうたくさん見られる。うちの近くの公園でも見られる。

東海岸は日本ほどではないが湿気があるし、米国のホタルは日本のホタルと違って陸生なので、水質のきれいな川がなくても、たくましく生息することができるのだ。公園の芝生や生垣などによくいて、日が暮れる少し前ごろが見ごろだ。米国の西海岸など乾燥した州ではホタルは見られないが、その他の多くの州にホタルは生息している。

たとえば、マンハッタン通勤圏であるニューヨーク州、コネティカット州、ニュージャージー州の郊外の住宅地などでは、ホタルの時期には裏庭の芝生にホタルがたくさん生息している。このためにホタルは珍しいものでもなんでもなく、日本人がホタルをはじめて見たときのような感動は全くないようだ。私の夫は以前ニュージャージーの郊外に住んでいたのだけれど、そのとき庭でホタルをあまりにもたくさん見すぎていたようだ。ホタルは見飽きているようで、私がホタルの時期に近くの公園に、日暮れ前に散歩がてらにホタル鑑賞に行こうとさそっても、ちっとものってこない。

マンハッタンは面積的には世田谷区ひとつ分程度の面積なので、法令で決められているのだろうと思うが、庭付き一戸建て住宅は存在せず、住宅は基本的にみな集合住宅だ。例外的に5階建てくらいの建物全部を一家族で所有し、使っている大金持ちもいる。そういうところには小さな中庭はあるようだが、郊外でみられるような広い庭は、マンハッタンの住宅にはない。それで、猫を飼う人は外に放し飼いすることはなく、猫を家の中だけで生活させている。生まれたときからマンハッタンのアパートの中だけという生活をしてきた猫は、怖がって外にも出たがらないと聞く。それに飼い主の人間と自分という猫がいるだけの世界なので、自分が猫という動物であることを理解できていない猫もいるらしい。

犬好きな人も多い。集合住宅では飼うことが許される犬のサイズに制限があることが普通なので、小型犬を飼っている人が多い。犬は散歩をしなくてはならないので外に出すが、必ずリード(犬をつなぐ綱ひも)をしていなければならないという法令がある。このためにつながれていない犬を見かけることはない。どの犬もかなりしつけはよくできていて、ほとんど吠えることもない。飼い主は、犬のシッターさんを雇って犬の散歩の世話をしてもらう人もいる。犬の散歩のプロが、一人で5匹くらいひきつれて散歩しているのを見かけることもある。

マンハッタンの地下鉄ではホームから線路のほうを見ると、たまにねずみが走っているのを見かけることがある。ラットと呼ばれるかなり大きなねずみ(ドブネズミ)だ。マンハッタンの地下鉄は歴史が古くて、かなり浅いところを掘っているので、地表から近い。生活ごみや暖かさでねずみが生活できる環境があるのだろう。古いアパートなどでは、マウスと呼ばれる小さなねずみ(ハツカネズミ)がいることがある。わたしは自宅にねずみがでたことはないが、知り合いから聞いた話では、たまにアパートにいるらしい。ちなみに日本のねずみはラットらしい。日本ではかなり昔から、ねずみが一般家庭ででるなんてほとんど聞いたことがないが、米国ではたまにあるようだ。なるほど、ミッキーマウスやトムとジェリーのお話のように、米国人にとっては、ねずみは結構身近な生き物のようだ。

マンハッタンの集合住宅でみられるゴキブリは日本と比べるととても小さい。「これがゴキブリなの?」と思うほど小さくて1センチ位が普通。だからあまり怖い感じはしない。日本の「ゴキブリ・ホイホイ」みたいなゴキブリ捕りの使い捨てで粘着性の紙製のものはない。一般的なのは使い捨てで、プラスチック製で直径5センチくらいの丸く平たいゴキブリ退治のしかけがある。入り口が小さいので大きなゴキブリはとても入れない。通り抜けタイプでここを通ったゴキブリは薬で駆除される。ほかには日本と同じで、大がかりな薬散布駆除という方法もある。

夏の夜、特に感じるのは、蚊が少ないことだ。夏、日本に帰省すると毎日蚊に刺されない日はないくらいで、虫除けスプレーやかゆみ止めが手放せないし、網戸のない窓を開けたままにするということは考えられない。だが米国ではマンハッタンに限らず、たいていどこでも蚊が少なくて快適だ。夜、家の庭でバーベキューをしても蚊に刺されることはあまりない。家の網戸のない窓を開けたままにしていても、蚊が大量に入ってきて大変なことになるということもない。ホタルが生息できる湿気があるのに、蚊はいないというのはどういうことなのだろう。地方公共団体による蚊の駆除が、かなり行き届いているということなのだろうか。

窓を開けたままにしていると、ときどき蛾が入ってくることもあるが、てんとう虫が入ってくることもある。てんとう虫は英語でLadybugという品のよい名前がついている。米国人は、これを「幸運を呼ぶ虫」と考えているらしくて、家にてんとう虫が入ってきても殺してはならず、そっと逃がしてやることになっている。殺してはいけない虫といえば、かまきり(Praying mantis)だ。かまきりは、蚊や蛾、蜂などを殺してくれる役に立つ虫なので、殺してはいけないとされている。いろいろ興味深いことがあるものだ。