ニューヨークの風(肥和野佳子)    25

「ニューヨークの年末」

 

12月のマンハッタンはクリスマス一色で賑わう。住宅地域の歩道のところどころには、クリスマスツリーの生木を売る露天商がたくさんの生の木を並べていて、そばを通るたびに木の良い香りがして気持ちがいい。

 

この時期にはマンハッタンのいくつかの場所にクリスマス向けの商品を売るクリスマス・マーケットが設置され、買い物客で大変賑わう。中でもユニオン・スクウェアのクリスマス・マーケットはマンハッタンの中で最もにぎやかで、時々コーラスなどのイヴェントも行われていて、クリスマス・ムードが高まる。

 

テントを張ってたくさんの種類のお店が出ていて、キャンドル、オーナメント、マフラー、手袋、毛糸の帽子、人形、Tシャツ、ペンダント、指輪、香水、写真立て、宝石箱、文房具などなど、色々なものが売られている。オリジナル商品を扱う店が多く、デパートなどでは見かけないような奇抜なデザインのものや、とってもかわいい商品があって人目を引く。

 

12月中に、日本では忘年会があるように、米国の会社ではクリスマス・パーティーが行われる。たとえば、大企業ではホテルの宴会場を借りて、千人規模の立食パーティーをウィーク・デーの夜に行う。三々五々人がやって来て、帰るのも自由。食事がだいたい済んだ頃にエンターテインメントが用意されていて、たとえば、ラッフルと呼ばれるくじ引きが行われ、当選者には景品がもらえる。そしてDJがパーティーを盛り上げ、ダンス(ポップなダンスが中心)で会場が熱気となる。

 

クリスマス・パーティーは会社によっては、ゲストを一人連れてきても良いことになっていて、配偶者や恋人を連れてくる人もいる。もちろん一人で参加する人も多いのだが、日頃めったに会うことのない上司や同僚の配偶者や恋人と会うことができる興味深い機会でもあり、意外な組み合わせが面白かったりする。

 

たとえば、以前にこんなことがあった。米国企業で一般事務をしているAさんは30歳くらいのアジア系男性で、日頃あまり目立たない人だが、会社のクリスマス・パーティーに白人のきれいな女性を連れてきた。「え、誰あの女性?Aさんのガールフレンド?まさかぁ?」「エスコート・サービスの女性じゃないのぉ?」「えー、どうだろう。人はみかけによらないからね。」と皆の注目を集める。エスコート・サービスというのはカップル文化が発達した米国ではなんらかの機会のときに同伴者としてお伴をしてくれるサービス業だ。

 

翌日、Aさんは社交ダンスの名手でニューヨークのコンペティションで2位になったことがある人だということが判明。どうやらあの女性はダンスのパートナーだったらしい。ちなみに彼はその後プロのダンサーになって、現在は本国でダンス教室を経営していると噂で聞いた。

 

クリスマスのデコレーションケーキは日本では当たり前のように存在するが、米国では特にそういうケーキは売られていない。米国でクリスマスのときに食べるケーキは欧風のシュトーレンか、シンプルなフルーツケーキが主流。どうやらクリスマスのデコレーションケーキは日本で戦後広まったクリスマス商戦の産物だったようだ。子供の頃とっても楽しみだったあのデコレーションケーキが米国にはないのはちょっとさびしい。日本で以前、女性を「クリスマスケーキ」と呼んで25を過ぎると売れなくなると揶揄するジョークがあったが、米国風に言うと、25を過ぎて売れなくなるのは「クリスマスツリー」だろうか。

 

ツリーといえば、2011年に出来上がる新東京タワー「東京スカイツリー」の名称がどうもひっかかる。クリスマスツリーのツリーと語源は同じで”Tree”なのだろう。スカイツリーでは、ぱっと聞いて何のことだかわからないから、なんとなく「東京スカイツリー・タワー」と言いたくなる。

 

12月の特別な催し物と言えば、日本ではベートーベンの交響曲第九番だが、米国では特に第九をやることはない。日本なら素人でも合唱に参加する機会があったりして第九を楽しめるのだが、ニューヨークでは機会がなく、一度合唱に参加してみたいものだと思っているのだが残念だ。米国では12月のクラシック音楽と言えば、ヘンデルの「メサイア」だ。ハレルヤコーラスのときは、観客は全員立ち上がって神妙に演奏を聴く。「メサイア」では”Sing In”と呼ばれる観客参加型のコンサートをする団体もあって、その場合、観客は自分で楽譜を持参して合唱に参加できる。

 

他に12月の催し物と言えば、バレエならチャイコフスキーの「くるみ割り人形」、オペラならヨハン・シュトラウスの「こうもり」だ。ニューヨークではこれらに加えて、ラジオシティー・ミュージックホールのクリスマス・スペクタキュラー「ロケッツ」の一糸乱れぬラインダンスを中心としたパフォーマンスと、リンカンセンターの横の敷地にテントを張って行われる「ビッグ・アップル・サーカス」がある。

 

特にラジオシティー・ミュージックホールの「ロケッツ」はニューヨークの伝統名物だ。地元の人は人生で3度行くと言われていて、一度目は子供の頃、2度目は恋人と、3度目は子供を連れて行く。リンカンセンターで行われるニューヨーク・シティ・バレエの「くるみ割り人形」(ジョージ・バランシン振付)も毎年恒例の公演で、子供の役は大人ではなくしっかり訓練された本当の子供が踊る。その子供たちのバレエが見事で、表情など大人顔負けだ。舞台でにょきにょき生えてくる巨大なクリスマスツリー、きれいで夢のある舞台演出、わくわく楽しくなる音楽、すべてがみごとにマッチしていて素晴らしい。

 

クリスマスが終わると人々は別れ際に「Happy New Year!」と言って別れる。私は米国に来て初めての頃、まだ新年が明けていないのになぜ「Happy New Year!」なんて言うのだろうと奇妙に感じたが、どうやらこの場合は「新年おめでとう!」ではなくて、「よいお年を!」という意味で言っているということがわかった。

 

ちなみに日本の年賀状や新年の広告では「新年おめでとうございます」のあいさつで「A Happy New Year!」と書かれているものがあるが、「A」は不要だ。文章で”I wish you a merry Christmas and a happy new year!”というときは「A」を入れるのが正しいが、あいさつで言うときに「A」を入れると変な感じになる。あいさつというのはそもそも省略形でできていて、”Have a good morning!” の省略形が”Good morning!” であるように ”Have a happy new year!” の省略形は ”Happy new year!”なのだ。

 

日本でどうして「A Happy New Year!」が広まってしまったのか不明だ。たしかに私も学校で「Happy New Year!」には「A」をつけるのが正しいと習った気がする。米国に来るまでそれでいいのだと思っていたが、実際にはそうではなかった。私が推測するに、おそらく大昔の高名な英語の先生が”Merry Christmas and a Happy New Year!”と書かれた決まり文句のクリスマスカードを見て、「新年おめでとうございます」だけを言うなら、最初の部分を消して「A Happy New Year 」だと思って、そう教えて、弟子たちがそれを広めてしまったのではないかと思う。

 

米国暮らしで一番さびしいのは、クリスマス後からお正月にかけての日本のルンルンした雰囲気がないことだ。新年になっても3が日はなく、すぐ普通の出勤日になる。年末とお正月は日本が最も日本らしくなる時期で、わたしも大好きだ。その伝統はずっと大切にしたいものだ。