ニューヨークの風(肥和野佳子)    27

 

米国の医療シーン

日本では風邪をひいて、近所の開業医に診てもらうときでも「病院に行ってくる」と表現することがある。厳密にいえば、日本では病床数20床以上の入院施設を持つものが「病院」で、それ以下のものは診療所。英語では病院がホスピタルで診療所はクリニック。

日本人が「きのう病院に行ってきた」と言うと、米国人は「この人は何かたいそうな病気にでもなったのか」と思う。よくよく聞いてみるとちょっとした軽い病気でクリニックの医者に診てもらっただけと分かり、なーんだと思う。英語では、普通そういう場合は「I went to see doctor yesterday.」と言う。「きのうクリニックに行ってきた。」でも正しいが、あまりそういう表現はしない。医者にかかる(see doctor)という表現が一般的だ。

米国では救急車で運ばれるのでもない限り、いきなり大病院に直接行くということはない。普通はまずかかりつけ医のところへ行って、それから必要に応じて専門医のところへ行くことになる。大病院は関連施設として別棟にクリニック部門を持っていることもあり、そこへは予約を取れば行くことはできる。

多くの医者は曜日を決めてクリニック勤務と大病院勤務の両方をこなしている。そしてさらにメディカルスクールで教鞭をとっている医者もいる。開業していても、どこどこ大学メディカルスクール助教授とか名刺に書いてあることも少なくないので、そういうシステムなのだろう。クリニックでも大病院でも、求めれば医者は名刺をちゃんとくれるし、受付にもそれぞれの医者の名刺は置いてある。もっと詳しいプロフィールを書いた紙も置いてあることもあり、どういう経歴を持つ医者かわかりやすくてよい。

米国の医療でわたしが一番気に入っていることは、診察室にプライバシーがあることだ。日本では診察室はカーテンやついたてで簡単に仕切られただけで、隣の声がまる聞こえだ。大きな病院だと、廊下で並んだあと、さらに診察室のなかにも長椅子があって、そこで順番を待つこともあり、何人もの診察時の会話が聞こえてくることがあって最悪だ。プライバシーに対する配慮が足りない日本の状況は大いに問題があると思う。

米国の診察室は病院の緊急治療室以外はすべて個室。平均的なクリニックのつくりは8畳くらいの診察室が5〜6部屋あって、医者があちこちの部屋へと動きまわる。ドアを閉めると外には声は漏れないので、話しにくいことでも医者と安心して話すことができる。

次に気に入っていることは、使い捨てのものが豊富で衛生的に感じること。クリニックに行くと、患者は自分の順番になると待合室から呼ばれて、診察の個室に入り、まず看護師に医療用ベッド(Exam table)に座るよう言われる。

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その医療用ベッドというのは日本の診療所の簡易ベッドとは異なる。高さが高くて患者がベッドに座った時、立っている医者と目が合う高さだ。踏み台がついていて、患者はベッドの足側の端に座る。背の部分はリクライニングになっている。

ベッドには使い捨ての紙のシーツがしかれている。使い捨ての紙の毛布もある。患者は看護師に症状、病歴、現在服用している薬などについて簡単に質問され、体温・血圧の測定の後、使い捨ての紙のガウンに着がえて、医者が来るのを待つように言われる。

しばらくすると医者が来る。医者はベッドに座っている患者と立ったまま話し、診察し、必要な場合はベッドに寝かせて診察。医者はカルテを書くときなどは机につく。必要があれば看護師に血液採取や注射をさせる。医者も看護師も使い捨てのゴム手袋をしている。診察が終わったら、使い捨ての紙のガウン・シーツ・毛布はもちろん廃棄。

不便だなと思うこともある。大きな病院はクリニックと違ってたくさんの種類の医療従事者が働いている。医者、フィジシャン・アシスタント(医者ではないが医者の実務をある程度こなせる資格を持つ専門職)看護師、メディカル・アシスタント(看護師ではないが一定の資格を持つ看護スタッフ)、レントゲン技師、エコー専門技師、理学療法士などさまざま。彼らはみな一様に似たような単色のVネックとパンツの上下のユニフォームというスタイル。看護師も首に聴診器をぶら下げて歩いているし、誰が医者か看護師か医療技師か、名札をじっくり見ない限り、見た目ではわかりにくい。

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米国の看護師は日本の看護師のようにスカート姿の人はみかけない。みなVネックとパンツスタイルのユニフォームにスニーカー。医者はスーツの上に白衣というときもある。白衣を着ずにスーツだけの時もある。またはVネックにパンツスタイルのユニフォームの時もある。ユニフォームの色はブルー、グリーン、紺、紫、あずき色、細かいパステル調の柄模様などいろいろ。

看護師とか、技師とか、いろいろ役割によって色で分けているのかもしれないと思って、あるとき看護師に聞いてみたが、「色は関係ないんですよ。ユニフォームは自分で買うので好きな色を着ます。ただ、この病院ではブルーのユニフォームは無料で支給されるので、ブルーを着ている人が多いです。」とのこと。

日本では誰が医者で誰が看護師かわからないなんて考えられないが、米国の大きな病院ではほんとうにわかりにくい。医者自身も人の名札をじっと見ることがあると言っていた。しかし名札は字が小さいので至近距離でないとはっきりとは読めない。そのことを看護師に言うと「わからない人があなたの所に来たら、あなたは誰ですかと必ず聞いてください。」と言われた。

米国の看護師の年収は日本の看護師よりかなり高いと思う。4年生の大学の看護学部を卒業したばかりの経験のない正看護師(Registered Nurse)で初任給$50,000くらい。メディアンの看護師年収は$75,000くらい。それくらいあればとりあえず家族を養えるので、近年は男性の看護師がめっきり増えた。米国で別の学位を持っている大卒の人がキャリア・チェンジで看護師になるコースとして、Accelerated Nurse Programというものがあって、1年半で正看護師(RN)になれる。女性だけでなく、元IT出身とか元金融関係出身とかの男性も入学する。

麻酔専門の看護師(Nurse Anesthetist)は年収が高くて、メディアンで$157,000

ちなみに麻酔科医

(Anesthesiologist)$292,000、産婦人科医は$222,000 (出所:Bureau of Labor Statistics)。ただし、米国の麻酔専門職や産婦人科医は訴訟が多く、訴訟のための保険がえらく高くて、いくら年収が高くても、かなり持っていかれるそうだ。

日本で一般に医療従事者は年収が低すぎるのが一つの問題と思う。必要とされる教育レベル、訓練の長さ、スキルレベル、需要と供給のレベルなどによって、もっと正当に評価されるべきだと思う。労働条件ももっと柔軟性をもたせないと特定の人たちが過労になるばかりだ。医療現場に人が足りないならば、人がそれに就きたくなるような魅力的な職場にすることがまず大事。そうでないと人は結局集まらない。

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米国の医者や看護師は日常的に多忙には違いないと思うが、過剰労働にならないようにローテーションがしっかりしていて、柔軟性もあるように見える。大きな病院の看護師はかなり年齢の高い人も多く、すなわち家庭を持っていても問題なく仕事をこなせるシステムになっているということなのだろうと思う。しかし、米国でも看護師など医療スタッフはまだ不足していて、海外からの医療従事者の移民を歓迎している。日本も真剣に医療問題を何とかしないといけない時期に来ていると思う。