ニューヨークの風(肥和野佳子)    29

「新奇探索傾向のDNAと国民性」

 

東日本大震災の影響は今も続いている。テレビや新聞では学校の体育館などに設けられた劣悪な環境の避難所で多くの人が生活をしている様子が報道された。一般的な米国人がこういう様子を見ると「あんな不健康なところで生活するのはどんなに長くても2週間が限度。衛生状態が悪く感染症が発生する可能性も高い。多くの地方公共団体が無償の公営住宅などの提供を申し出ているのに、なぜ被災者はもっと快適な所へすみやかに移動しようとしないのだろうか?戻って来られなくなるわけでもないのに、なぜそんなに地元を離れたくないと言う人たちが多くいるのだろうか?」という疑問をいだく。

 

行方不明者を探したいからと言っても311日からすでにかなりの時間が経過しており、DNA鑑定でないと判別は困難だ。地元にいても他県に移っても知らせを待つしかないだろう。地元に仕事があるからというのはわかる。それなら妻子だけでも無償提供の公団住宅などに疎開させるほうがよいのではと感じる。

 

農業・漁業従事者は高齢者が多い。津波で農地が塩漬けになり、港湾も漁船も破壊され、今後、農業・漁業を継続できるのかどうかもわからないし、再建までには長い期間がかかる。被災の規模があまりに大きくて、仮設住宅を希望しても希望者すべてに行き渡るには8月中ごろまでかかると言われている。農業や漁業は地元土着のビジネスだ。何世代にも及んで別の土地で暮らしたことがないという人たちも多いだろう。地域住民は家族も同然、ばらばらに別れたくないから疎開はしたくないと言う。

 

こういう人間行動を見て、生まれつきの人間の気質を決める遺伝子、新奇探索傾向のDNA (Novelty seeking DNA)の存在を思い出す。新奇なものを好むか、あるいは不安傾向を持つかということに関連する特定の遺伝子があり、これらの遺伝子が脳内神経伝達物質及びドーパミン受容体とセロトニン受容体の働きと深く関わっていることが確認されている。

 

新奇探索傾向とは、より新しい物を求め、奇抜なことや危険をかえりみず冒険を好み、単純な刺激に飽き足らず、際限なく刺激を求める傾向をいう。それに関連するDNAの特定の遺伝子配列の繰り返しのループ回数が多いほど新奇探索傾向が強いと言われている。

 

人種的にみると白人や黒人は57回のループの人が多く新奇探索傾向が強い。日本人など東アジア人は24回のループの人が多く新奇探索傾向が弱い。ちなみに、ある調査では新奇探索傾向が強い米国人は40%であるのに対して、日本人は7%だそうだ。

 

新奇探索傾向が強い人は、引っ越しが好きで、転職回数が多い。それも以前とは全く異なる種類の職業に就いたりする。スカイダイビングのようなスリリングなものを経験することを好む。職業的にはレーサー、警官、マスコミ、外科医、ベンチャー企業家などにこの傾向の強い人が多いそうだ。新奇探索傾向の弱い人はそれと逆で、変化を好ます、同じところにずっと住み、知らないところへ行くのを好まない。一つの仕事を長く続ける。新しい変化に不安を感じやすい。

 

米国はそもそも移民国家だ。もともと本国で満足をしていなかった先祖たちが新しい世界を求めて新大陸にやってきた。その後も多くの外国人がよりよい生活を求めて本国を離れて米国に移民してきている。そういう人たちで構成されているのが米国だ。先祖から新奇探索傾向の強いDNAを受け継いできている可能性が高いし、新しく移民してきた人たちも新奇探索傾向の強い人が米国に来ている可能性が高い。

 

そういう背景があるので米国人はたしかに新しい変化に強いと感じる。現状に満足せずチャレンジが好きで、何度も転職を繰り返す。夫婦二人のころは職住接近のこじんまりした住居にすみ、子供ができて家族が増えると郊外の大きな家に転居し、子供が成人して夫婦が引退すると大きな家を売って、アクティブ・シニア・コミュニティーにあるコンパクトな住居に移り住んだりする。それは55歳以上の人が購入できる分譲住宅(平屋や集合住宅がある)で、ゴルフコースやプールなどのスポーツ施設やクリニックが併設されている。その高齢者向けのコミュニティーにそれまでの友人知人が全くいない新しい土地でもためらいなく転居する人が少なくない。

 

一方、日本では長年住み慣れた家を離れたくないという高齢者が普通で、健康上一人で生活できなくなるまで養護老人ホームなどには行かない人も多い。地元での長年の付き合いから離れることで体調を崩す高齢者もかなりいるらしい。

 

話が東日本大震災の避難所暮らしのことに戻るが、子供のころから転居や転校を経験したことのない人にとって、たとえ数カ月であっても別の土地へ移り住むことにはとても不安が大きいのは理解できる。しかし、体育館や学校の教室などは本来一時的に避難する場所であり、数か月住むことを前提とはしていない。体育館や教室の本来の使用者に対して迷惑をかけることにもなる。

 

避難所はいまでも電気や上下水道のインフラが復旧していない所もあり、衛生状態が非常に悪く健康を保つのが困難で、プライバシーもなく精神衛生にもよくないのは明らかだ。避難所に長期滞在することで健康を害する二次災害が懸念されている。健康第一だ。地元への愛着や、子供に友達と別れさせるのはかわいそうだからというのもわからないでもないが、健康以上に大事な理由になるとは思えない。

 

案ずるより産むがやすしだ。私自身の子供の頃の経験で言うと、親が転勤族であったため、幼稚園を2つ、小学校を4つ違うところに行った。それもいつも学期の途中で転校するので、新しい子は自分一人であとは全部知らない人ばかりという中に入って行かねばならなかった。私は幼少のころは極めて人見知りで無口で人前に出るのが大の苦手だったので転校が苦痛だった。しかし、どこへ行っても新しい子に興味を持ち、声をかけてくる子はいるもので、どこへ行ってもなんとかなるものだということを身をもって学び、鍛えられた。我ながらたくましく成長したと思う。いまではこうして日本を離れて遠くニューヨークで生活している。

 

いろいろ事情はあるだろうが今回の避難は長期化が必至だ。健康のため、できるだけ早く劣悪な環境の避難所生活から離れて、多くの地方公共団体や個人が無償提供する住宅などに疎開・転居するのが望ましいと思う。恐れることはない。大丈夫。新しい一歩を勇気を出して踏み出してほしい。