ニューヨークの風〔肥和野佳子

ニューヨークの風3(2008.2.15)

NYの教育事情

米国の教育は中央集権的ではなく、地域でかなりちがう。私はマンハッタン在住で、NY(New York)、NJ(New Jersey)近辺の教育事情しかよくわからない。あくまで私が見聞きしたことについて。
米国内で一般に、公立学校はどこに住んでいるかで学区がある。固定資産税(固定資産税は米国では国税ではなく、市町村税)は別名スクールタックスとも呼ばれることがあり、固定資産税の多くの部分がその地域の学校教育のために使われる(これは米国内一律にそうなっている)。
固定資産税は土地や建物の資産価値に対してかかる。比較的裕福な家庭が集まっている地域では固定資産税も高く、学校の評判も良いことが多い。貧しい地域では固定資産税は安く、学校の質もあまり良くない。
公立学校には学区があるので、親たちは家を買うときは、良い学校がある学区かどうかを大事な点として考慮する。NY市は東京と似ていて私立学校もたくさんある。お金持ちは最初から私立の評判のよい学校に子どもを入れる。小学校でも学費は大学の学費と同じくらい高くて、年間2万ドル(約2百万円)から3万ドル程度するので、かなり裕福な家庭でないと、私立学校に子どもをやるのは大変だ。
公立学校は小学校から高校まで無料だが、固定資
産税という形で学費を払っているようなものだ。よい学区は人気が高いので不動産価値が高く固定資産税も高いのだが、それでも私立学校に払う学費よりは安上がりだ。一般的に米国の固定資産税は日本と比べるとかなり高い。特別な富裕層を除いて、NY市で比較的安全な地域に住宅を所有している場合、固定資産税は年間4千ドルから1万2千ドル程度支払っていると思う。

私学に子どもを通わせているからといって固定資産税が免除されるわけではない。持ち家があれば固定資産税は当然支払わなければならないので、私学の小中高に子どもを通わせるというのは経済的にとても裕福な層だ。小金持ちは私学の学費は毎年払えないから、多少固定資産税が高くても、よい学区に住んで子どもをよい学校に入れようとする。そうして比較的豊かな人たちが住む地域と、貧しい人たちが住む地域が固定化していく。

学校へ行く子どもがいない家庭では、固定資産税をはらっても公立学校の恩典にはあずかれないので、学校へ行く子どもがいなくなったら、もっと固定資産税が安い地域に転居する人もいる。賃貸住宅に住んでいるからといって公教育にただ乗りするわけではない。固定資産税をはらうのは家主だが、テナントは家賃を通して固定資産税を払っていると考えられている。NY市でも特にマンハッタンの比較的安全な地域の家賃はとても高い。2ベッドルームのアパート(日本的にいうと広い2LDKマンション)で月額3千ドル(30万円)台から4千ドル台くらいする。
NY市の場合、公立の小学校、中学校、高校の一定の学年の生徒は学力テスト(国語や数学など)を受けさせられ、学校単位の結果が、なんとNYタイムスなどの新聞誌上で公開される。どこの学校が良いのか悪いのか詳しい全面開示だ。 NY市内に住むなら、子どものいる家庭ではこの情報を頼りに、親はどこに住むか参考にする。子どもがまだいない間はマンハッタンに住んで、子どもができたらマンハッタン通勤圏で、比較的良い公立学校があるNY郊外やNJ郊外へ子どものために引っ越す人も多い。
NY市の公立学校というと、ずいぶんレベルが低くて、恐そうなところというイメージがあるかもしれないが(たしかに鉄条網が張られていて監獄みたいな学校もたくさんある)、ハイレベルな公立校もある。学区内の学校には無条件で入ることができるが、学区外の学校に行きたい場合は、その学校の入学試験に受かりさえすれば、どこの公立学校にでも入学可能だ。評判のよい学校には試験で選抜された学区外の子どもたちがたくさん集まるのでレベルが高い。それで優秀な生徒が集まる有名エリート公立学校が
いくつか存在する。
レベルの高い学校は比較的安全な地域にあることが多いが、そうでない場合もある。中学・高校は大学のように、とる授業は選択制で卒業までに必要な単位を取得すればよい。たとえば数学といっても、やさしい数学から、高校のレベルを超えるようなハイレベルの数学のクラス(Advanced ClassとかHonor Classとか呼ばれる)もあって、そういう仕組みで多様なニーズにこたえている。そういうハイレベルなクラスをとっていると大学進学の際に各大学のアドミッションオフィスでは評価が高いようだ。

一般的に米国の中学・高校生は、らくそうでいいなあと思う。トップクラスの大学に進学するような成績の良い生徒といっても、がりがり勉強する必要もなく、宿題と中間、期末テストをこなすくらいで、けっこうのんびり暮らしているように見える。高校最後の年(9月から5月)は特にのんびりだ。大学への入学願書は最終学年の10月ごろから出し始める。この期の成績は、時期的に遅いので大学のアドミッション(入学の合否)にはほとんど関係ないからだ。ちなみに米国の大学は日本のような大学ごとの入学試験は無く、高校の成績、小論文、推薦状、SAT(数学と国語についての全国学力テスト)の成績結果などの書類審査で合否が決まる。
有力な私立大学は学費がえらく高くて、年間の授業料だけで2万ドル台か3万ドル台くらいする。日本と比べれば、教育は圧倒的に金持ち有利にできている。所得が高くない家庭出身の人には、学費免除、学費部分免除、奨学金、低金利のローンなど、たしかにいろんな方法で機会は開かれている。貧しい家庭出身でも私立の一流大学に入ることができるというのは、うそではないが、実際にはそういう枠は大きくはないので学費免除や奨学金をフルにもらおうと思ったら、ものすごく競争率が高い。学費免除の入学枠を決めずに純粋に成績順で入学者を選抜したら、学費を全く支払わない学生ばかりになってしまって私学の経営が成り立たなくなる可能性がある。

せっかくトップクラスの有力大学から入学許可通知をもらっても、学費免除なしや、奨学金なしや、奨学金の少ない入学許可通知の場合、経済的に困難なので、優秀な学生を集めたくて喜んで学費免除や奨学金を出したりするセカンドクラスの大学にとりあえず4年間行って、まず社会に出て、それから自分の才覚で大学院に行ったりする。

教育に対する基本的考え方がどうも日本とは違うように感じる。日本では少なくともすべての子どもに平等な公教育をという雰囲気が感じられるが、米国ではそんな考えはほとんどないようだ。教育は金持ち有利で当たり前、子どもに良い教育を与えたければ、親はしっかり稼げという社会の雰囲気だ。そもそも米国ではどういう教育を自分の子どもに受けさせるかは原則的には親の責任で、教育は親が子どものために買ってあたえるものという根本思想があるように感じる。