ニューヨークの風(肥和野佳子)    31

 

米国大企業の「慰安」旅行

 

日本の会社では従業員に対して慰安旅行をすることがあるが、米国でも似たようなものがある。厳密には「慰安」というわけではなく、コンベンション、セミナー、トレーニングに数日間泊まりがけで参加するタイプのものだ。かなりの経費がかかるので大企業でしか通常は行われない。

 

日本では慰安旅行というベネフィットを給与認識しなくてもよいらしいが、米国所得税法上では仕事ではなく純粋なお遊びだと、ごく少額のものを除いてその経費は給与認識しなければならない。従業員は給与とみなされたベネフィット分に対してよけいに所得税やソーシャル・セキュリティー・タックス(日本の公的年金保険料にあたるもの)を払わねばならなくなり、税金上得策ではないので、仕事がらみにしなければならないのだ。

 

産業別に泊まりがけのコンベンション、セミナー、トレーニングを主催・アレンジする専門業者があって、そういうプログラムに興味をもった各企業の従業員が参加する。だいたいその企業があまり忙しくない時期に行われることが多いが、基本的には年中そういうプログラムが用意されていて、都合のよいときに行く。一人で参加することもあるが、通常は同僚や上司と一緒に数人で参加する。

 

ただし、こういうプログラムは専門性をもったプロフェッショナル・レベル以上の従業員が参加するもので、秘書やアドミニストレーション(専門性のない一般事務職)の人たちは参加できない。会社全体で誰もが参加できるのはアウティングと呼ばれる日帰りのエンターテインメントで、たとえばみんなで野球の試合を見に行ったり、郊外でテニスやゴルフを楽しんだりする。

 

私が大手監査法人に勤務していた頃の経験では、泊まりがけのトレーニングで、シカゴ(イリノイ州)、オーランド(フロリダ州)、ラスベガス(ネバダ州)、フェニックス(アリゾナ州)、モントベール(ニュージャージー州)のリゾートホテルに夏場に行ったことがある。

 

同じ開催場所でも様々なプログラムが用意されているので、だいたい2ヶ月前くらいにはいつどれに参加するか予約をする。短いのは2日間で長いのは5日間。週末を入れるとちょっとしたバケーションが楽しめる。

 

出張扱いなので航空券、ホテルはもちろん会社負担。ホテルはそれぞれの会社のルールによるが一人一部屋が普通。若い人は二人一部屋にされることもある。配偶者を同伴することも可能だがその場合配偶者の航空券代などはもちろん自己負担。オーランド、マイアミ、ラスベガス、ハワイなどの典型的なリゾート地の空港で、場にそぐわないスーツ姿(で)のグループでかたまっているのはたいていコンベンションなどの参加者だ。バケーションで来ている客はスーツなんて着ないからすぐわかる。

 

オーランドにはディズニーワールド、ユニバーサルスタジオ、シーワールド、ゴルフ場などがあり、巨大リゾート地なので、コンベンションなどの開催が一大産業になっている。ホテルも数が多いので企業で大量契約なら格安だ。

 

何年も前のことだが、オーランドでのトレーニングの時は3日間のプログラムに参加した。一日目は月曜日の朝9時から始まるので日曜日午後にはホテルに到着。事前に予習しておくべき本や資料をどっさり渡されているので荷物が結構重い。月曜日、まず会場に行くと部屋の片隅にコーヒー、ジュース、コーラなどの飲み物やクロワッサン、ベーグル、果物など簡単な朝食が自由にとれるように用意されている。始まる前に机の上で食べる。毎朝それは同じだった。

 

簡単なオリエンテーションの後、同じプログラムを取っている人たち(クラスメイト約25人)の自己紹介。どこの州から来てどんな仕事をしているかなど話す。そして授業が始まる。講師は実務家だったり、大学の教員だったりする。私は仕事が忙しくて予習が全然できていなかった。インタラクティブな授業が中心なので、先生にあてられないように祈るばかり。

 

昼食はホテルの宴会場に用意されていて、一緒に来ている同僚と食べたり、新しく知り合ったクラスメイトと食べたりする。午後の授業は4時頃終わる。ホテルのプールなどでゆっくりしたのち夕食。夕食は飲み物やチップも含めて40ドルまでとか会社によって決められていて、それを超える額は自己負担で好きなところで食べる。ホテルのレストランでもいいし、タクシーやレンタカーで外出してほかのレストランで食べてもよい。

 

ホテルはディズニーワールドの敷地内にあるホテルだったので、夕方から遊びに行くこともできる。私はディズニーワールドには数回行ったことがあるし、なにしろ予習ができていないし宿題もあるので、遊びに出る余裕はなく、ホテルの自室で勉強しなければならなかった。

 

二日目火曜日の授業、グループで分かれて課題を分析して発表しなければならない。なにしろ自分の専門外の分野のクラスを取ったのが敗因だった。トレーニングだから日頃仕事で出くわさないことを学びたいと思ったのが欲張りだった。他の人はその道の専門家ばかり。レベルが高くてついて行くのが大変だ。準備ができているならともかく、さっぱりわからなくてグループのメンバーに迷惑かけっぱなし。

 

三日目水曜日は午前で授業はおしまい。昼食後解散。子持ちの女性はさっさと地元に帰るため空港までタクシーを飛ばす。ホテルは水曜の晩も泊まれるので、独身の若い連中は木曜、金曜と有給休暇を取って土日もくっつけてフロリダ小旅行を楽しむ人もいる。私は、午後は同僚とオーランドにあるアウトレット・モールに行って、ディスカウント商品のお買いもの。フェラガモのパンプスを買った。翌日午前の飛行機でニューヨークに帰る。

 

三日目の夜はお別れパーティーがホテルのあちこちの部屋で開かれて廊下がうるさい。アルコールが入って羽目をはずす人がいる。しかし米国のコーポレート・カルチャーでは酔っ払いに対して実に厳しい。個人的な場ではともかく、公の場で、人前で酔って千鳥足になったり、しどろもどろになったりするところを見せるのはご法度だ。日本のようなお酒の上での無礼講はあり得ない。先輩から聞いた噂だが、あるとき大学を出たばかりの若い男性社員が酔っ払って丸裸になってしまって解雇されたとか、若い女性社員がレストランで酔っ払ってクライアントの前でブラウスを脱いでしまって解雇になったとか聞いたことがある。

 

「慰安旅行」的な側面があると言っても大手監査法人は厳しくて、プログラムはしっかり勉強させられるコースだったが、こうしたコンベンション、セミナー、トレーニングのプログラムの中には、人の話を聞くだけで済む簡単なコースもあるので、社風によっては抜け出してゴルフざんまいで過ごす人もいるらしい。

 

このように米国のものは、日本の典型的な慰安旅行のように、同じ部署の人たちが皆で仲良く一緒に集団行動をし、はめをはずして結束を固めるというのとは、かなり雰囲気が違う。個人レベルの選択肢の幅が広く、真面目にもできるし、お遊び的にもでき、たしかに個人主義的だ。