ニューヨークの風 肥和野佳子

湿潤療法を試す

〜フィットネス・ジムですりむいて〜

私はここ数年、夏の2ヶ月間短期集中の減量期間として、週日は毎日昼休みにフィットネス・ジムに行く。今年は6月半ばから始めたのだが、ある日ジムでトレッドミル(ベルトコンベアの上を走ったり歩いたりするもの)でつまずいてころんで大恥をかいた。

隣の人がストップボタン押してくれるまで流れていたので両膝を引きずってしまって、ひどくすりむいた。とっさに両手すりを持ったのでトレッドミルから落っこちはしなかったが、流れが速くて機械が止まらないと立ちあがるのは無理だった。

トレッドミルで転んだのは生まれて初めてだし、人が転んだのを見たこともなかった。転んだら感知して自動停止かと思っていたが必ずしもそうではないらしい。結構危険だなと思った。あとで人から聞いたことだが、トレッドミルには機械から伸びたひもがついていて、転倒不安のある人はそれを腰に取り付けると、もし転倒した時にはキーが抜けて自動停止することになっているそうだ。

トレッドミルで転んだ原因はわかっている。特殊なスニーカーを履いていたのが悪かった。それはつま先側が高い逆傾斜のインソールになっているスニーカーで、それを履いているとカロリー消費が上がるというのでいいかなと思って履いていた。

しかし通常よりつま先を高く上げて走らないと、十分上げたつもりでも実際の靴底はもっと下にあるのでつま先がつっかかる。早歩きの時につっかかるなあと気が付いていたのに走るとすっかり忘れて、ちょっと疲れて足の振り上げ方が低くなったときにスニーカーのつま先をつっかけてしまったのだ。

トレッドミルをやるときは、カロリー消費をあげようと思って靴底を丸く不安定にしたスニーカーや、私の分のような逆傾斜インソールがついたスニーカーなどはやめて、普通のランニング用のスニーカーを履くべしと悟った。そんなこと良く考えれば当たり前なのに、おばかだった。

当日、足首まであるスポーツタイツ(ワコールのcw-x)をはいていたので両膝は素肌ではなかったが、トレッドミルに長く引きずられたので、軽症だが結構ひどくすりむいた。血がたらたら流れることはなかったが、右膝は直径3センチ、左膝は直径2センチの擦傷。かなりひりひり痛くて歩くのがつらかった。オフィスに戻って、傷を水で洗い流して、救急箱にあった抗菌クリームを塗って、くっつかない傷パッドを当てて応急手当した。

家に戻って、これはいい機会だから湿潤療法を試そうと思った。湿潤療法というのは従来のように傷を消毒して抗菌クリームを塗り、傷をかわかしてかさぶたを作って治すやり方とは違う。傷は消毒せず水道水で洗い、ワセリンを塗布して被覆材で覆ってぐじゅぐじゅ状態をキープさせて、かさぶたを作らず、傷口から出てくる自然の皮膚再生の組織液(滲出液)を利用してなるべく傷跡を残さずきれいに治す方法だ。

ネットで湿潤療法に関していろいろ調べたが、簡単に書かれただけのものがほとんどで、詳細な治療の仕方や治り具合のプロセスを書いたものはほとんど見当たらなかった。とりあえず週刊朝日 (2011.4.29)に書かれていた湿潤療法の記事の切り抜きと、「倉文協だより」(2011.5.15)に吉田明雄医師が書いていた記事を参考にした。

ちゃんとした湿潤療法用の被覆材を使いたかったので、近くのドラッグストアに行ったが売られておらず、傷がくっつかない大型バンドエイドしかなかった。とりあえず、それとワセリンを購入。右膝の方の傷が大きかったので、大型バンドエイドでは間に合わないため、サランラップを使用し、左膝は大型バンドエイドを使うことにした。

化膿するのは避けたかったので、初日はワセリンではなく、とりあえず抗菌クリームを傷に塗った。死んだ組織はまず削りとれとか湿潤療法の情報には書いてあったが、素人には無理。擦傷なんてどれが死んだ皮膚組織かなどわからない。サランラップは8×10センチくらいの大きさに切って右膝にゆとりをもたせてのせて、医療用の絆創膏で四方を張り付けた。

2日目からは抗菌クリームではなくワセリンを塗布した。傷は初期の頃は組織液がサランラップの隙間からあふれ流れることもあった。シャワーは毎日夜寝る前に一回。貼っているものは全部取り外して、傷はぬるめの湯で洗い流した。サランラップや大型バンドエイドは最初の3日間はシャワー後と帰宅後、一日に2回とりかえた。その後はシャワー後のみの1日1回。

4日後、サランラップ使用の右膝の方が左膝よりすりむき方がひどかったのに、治り状態が良い。サランラップで覆ったほうは透明だから傷口がよく見える。傷が最初組織液で薄茶色になって、組織液もサランラップ内に溜まる。サランラップは薄いので、膝のような屈伸のあるところではやや余裕をもたせて貼ってもそれなりに傷にくっついている。しかし大きなバンドエイドは分厚いので、余裕をもたせて貼ると傷を覆う物と傷の間に隙間ができて、歩くたびに少しこすれるし少し乾く。それが良くなかったのか治りが悪い。

左膝もサランラップにすればよかった。半端に大型バンドエイドを使ったので半端な湿潤療法になってしまった。その後、両膝ともサランラップを使うことにした。膝は屈伸するので動きやすいようにサランラップで貼る範囲を小さめにした方がいいかもと思っていろいろ試したが、サランラップは傷の大きさに対してかなり大きめに切って貼りつけるほうが、調子がよかった。傷が屈伸のない部位なら別だろうと思うが、膝は屈伸するのでサランラップが小さいと余裕がなくて隙間ができて浮いてしまうからだ。

湿潤療法なんて初めてやったので、ちょっと困ったのは組織液が薄茶色でそれは膿んでいるのか、組織液で皮膚が再生されつつあるのかわかりにくいことだ。化膿していたらもっと周りが赤くなるはずだが、私の場合、傷の輪郭は赤いけれどそれ以上赤みが広がっていなかったので、化膿はしていないと判断した。

6日後、サランラップはまだしたままだし、両膝はまだ治っていないので早く歩けない。膝が十分に曲げられないので階段がつらい。擦り傷なんて5日くらいで治るのかと思ったが、傷が結構ひどかったためか予想以上に時間がかかる。左膝は傷が小さかったので毎日サランラップをするのが面倒になって、週末の1日間、何もせず放置してみた。しかしどうも調子よくないので翌日からまた左膝もサランラップをした。

8日後、サランラップを一時ストップさせた左膝は傷の中央が乾いたためか、少しだけ白くつるつるになっている部分があって、まだ少しひりひりする。終始サランラップをしていた右膝の方がきれいに治っている。薄茶色の傷が徐々に薄い色になっていくし痛みもなくなった。

10日後、さすがにもうサランラップの下も乾いてきたので、ワセリン塗布のみにしてなにも貼らずに置く。その翌日、最後は薄茶色のうろこのようなものがパリっととれたら、下はピンク色の皮膚になって治っていた。ちなみにネット情報では、できたばかりのこのピンク色の皮膚は紫外線に弱いので紫外線にあてないようにと書いてあった。その後数日間ワセリンだけ塗布した。

6週間後の現在、傷跡はまだうっすら茶色いが、あとに残るようなものはなくきれいな皮膚。これも徐々に普通の皮膚の色になっていくだろう。湿潤療法のよさを実感。それにしてもサランラップの効果はたいしたものだ。

この怪我のおかげでジムを数日間休み、その後、当分ジムでは上半身しか運動できなかった。そのため一時減量スケジュールが遅れたが、その後は順調にジム通いを続け、減量を始めてから8週間で、目標の7パウンド(3.2kg)減は達成できた。しかし、あれから一度もトレッドミルはやっていない。今もあの逆傾斜のついた特殊スニーカーを履いてトレーニングしているので危険だからという正当な理由はあるが、トレッドミルがちょっとトラウマ。もう少ししたら普通のスニーカーにしてトレッドミルをかっこよくやってみようと思う。