ニューヨークの風  36

「パンナム」

パンナムと言って何のことかすぐわかる人はたぶん40歳以上の人だろう。今はなき米国の航空会社パンアメリカン航空。米国のナショナル・フラッグ・キャリアで80年代始めまでは、世界トップの航空会社だった。しかし航空業界の競争激化と規制緩和に高コストの経営体質が改善できず、経営が傾き始めた。そして88年の英国ロッカビーでのパンナム機爆破墜落事件以降、急速に経営が悪化し、9112月に倒産し会社は消滅。パンナムは米国の古き良き時代の象徴的存在だ。

パンナムビル(本社ビル)はマンハッタンの中央、パークアベニューの目立つ位置にそそり立つ。その雄姿は当時私が勤務する会社のオフィスの窓から毎日見えていた。長年ランドマークのパンナムビルとして愛されてきたビルなので、パンナムがなくなっても、パンナムビルの名前はそのまま残るのではと期待していた。しかし、92年1月にあのパンナムの看板がビルから外され、メトライフの看板に取り換えられる作業がオフィスの窓から見えた時はなんともさびしい思いがした。

年配の日本人にとってパンナムと言えば、連想するのは大相撲の千秋楽で優勝力士に渡される翼の生えた地球儀の形のパンナム杯と、羽織袴を着たパンナム日本支社極東広報担当支配人のデイビッド・ジョーンズ氏かもしれない。彼は関西弁など場所ごとに方言を使ったユーモラスな表彰の言葉で観客を楽しませた人気者。「ヒョウ、ショウ、ジョウ!キタノウミ トシミツ、アンタハンワ、ユウシュウナ セイセキヲ オサメハッタノデ・・・。」昭和天皇が相撲好きで、「あの表彰をずっとやってくださいね。」と陛下からお言葉をいただいたということで、彼はパンナムが経営悪化で太平洋路線を廃止した85年以降も、91年5月場所まであの大相撲の表彰をやり続けた。

私はパンナムには一度も乗ったことがない。今はなきパンナムに何とも言えぬあこがれを感じる。70年代前半頃まではパンナムでも日本航空でも、国際線の乗客は記念品として航空会社のロゴのついたショルダーバッグがもらえた。

数年前のことだが、ある日私がニューヨークで地下鉄に乗っていると、若い米国人のカップルがパンナムと日本航空のあのショルダーバッグをそれぞれ肩にかけているのを見てくぎ付けになった。きっとアンティークショップなどで手に入れたのだろうけれど、あれを持っているとは、なんてかっこいいのだろうと思った。

去年、私はパンナム・バッグの復刻版が売られているという情報を聞いて、どうしてもほしくなってインターネットで探して見つけ、パンナムのブルーのショルダーバッグとハンドバッグを買った。うれしくて小さなパーティーにそのハンドバッグを持って行った。「これ、いいでしょ、わかる?」と聞くと、30代の人は「何それ?スポーツバッグ?」という反応だった。無理もない。30代の人が子供の頃にパンナムはなくなったのだから。年配の人はすぐわかって、「わぁ、いいわねえ、それ本物?どうしたの?」と興味津々だった。

その「パンナム」がこの秋から米国ABCテレビで人気テレビドラマとして放映されている。私は毎週日曜夜10時が楽しみだ。日本では来年3月から放映される予定だそうだ。このドラマは1963年を舞台にしていて60年代のノスタルジーが満載だ。

60年代はまだ海外旅行など限られた人しかできない時代。パンナムのスチュワーデスも若くてきれい。ブルーのユニフォーム、白い手袋。パンナムのロゴのついたパンナム・バッグ。お金持ちの乗客たち。

ドラマは4人のスチュワーデスを中心に進む。ローラはスチュワーデスになってまだ日が浅くナイーブで無邪気。

金髪に青い目でオーソドックスな美人。彼女のスチュワーデス姿がライフ誌の表紙に。

ローラの姉、ケイトもスチュワーデスで4人の中では一番年上で知的な雰囲気。達成感を求めるタイプで、CIAに見込まれスチュワーデスという世界を飛び回る仕事をしながらCIAの工作員として働くことに。

マギーは目ばかり大きな猫顔。下層階級出身で子供の頃は経済的に苦労した。生き延びるためには平気で嘘もつき、あの手この手でパンナム・スチュワーデスの職を得た。はしたない行動も多いが、ほしいものを得るためには、ど根性でやり遂げる強さがある。

コレットはフランス系で、第2次世界大戦時にドイツとの戦いで両親を亡くしたトラウマを持ちつつも明るく生きる可憐な女性。髪が黒っぽくて東洋的な雰囲気が少しある。

毎回スチュワーデスやパイロット、乗客たちが繰り広げるエピソードは、見ごたえがある。ドラマ第1回はスチュワーデスたちが出発前にオフィスでユニフォームを着たまま体重計に乗って体重管理されている様子から始まる。欠員が出て急に呼び出されたスチュワーデスは、急いでタクシーに乗りマンハッタンのパンナムビルに乗りつける。そしてなんと、パンナムビルの屋上からヘリコプターでニューヨークのJFK空港まで送ってもらう。当時は結婚したらスチュワーデスは辞めなければならないというルールがあり、やっぱりスチュワーデスを続けて世界をもっと見たいと結婚式当日に逃げ出す花嫁。

ドラマ「パンナム」は毎回60年代の政治的な局面もストーリーの中に出てきて、時代背景が興味深い。それに何と言っても60年代のゆったりした豊かな米国の雰囲気が良く表わされている。日本で放映されるようになったら是非観るといいと思う。