ニューヨークの風 第39

米国の郵便局

1月22日から郵便料金が改定になり米国国内の普通郵便の封書は44セントから45セントに、米国から日本への封書は98セントから1ドル5セントに上昇した。しかしいつものことだが、米国の郵政公社は郵便料金の改定をあまり広報しないので民衆は郵便料金が上がったことを知らない人が多い。

何事もきちんとしている日本の郵便局に慣れている日本人としては、不思議なことなのだが、知らずに以前の44ントの切手を封書に貼って郵便を出しても、1セント足りませんといって差出人に郵便が戻ってきたりしないのだ。宛先から不足分を徴収するという制度はなく、足りなくてもそのまま送られる。

まあ、1セントや2セントのことでいちいち郵便を差出人に送り返していては、よけいな人件費がかかるだけだし、料金改定をあまり広報せず広告料金などの経費を使っていないのだし、移行期間としてひと月やふた月はOKなのかなと米国に住み始めて最初のころは思っていた。しかし長年の米国生活でわかったことだが、とんでもなく大雑把で1年や2年見過ごされることもある。ある友人は郵便料金が改定になって2年たっても気がつかなくて、古い切手で2セント足りないまま普通郵便の封書を出していたが、それでも郵便が戻って来たことはなかったそうだ。

その時は普通郵便の封書は2セントの上昇だった。それで不足分を補うための2セント切手が大量に印刷され販売された。このように昔は郵便料金改定の際は、古い料金の切手に不足額を補う切手が発行されるというシステムが主流だった。

しかし近年の郵便料金改定では、料金が上昇することを見越して、封書の普通郵便(ファースト・クラス・メイル)の料金上昇後も使える”Forever”切手(数字が書かれておらずForeverと書いてある切手)が事前に発行される。これなら料金の上昇に気がつこうが気がつくまいが関係ない。普通の人は、あるとき切手を買って初めて、「あれ、今までより高いなあ?切手代上がったの?」と気がつくだけだ。

郵便料金改定にあたりForever切手を発行するというのはとても合理的な方法と思う。1セントや2セントの切手を発行するコストや人件費がかからない。広報に無駄な費用もかけない。民衆はいつから改定になるのか気にしていないのでForever切手を事前に大量に買い込む人もいない。個人ではなく商業ベースの郵便物は切手を買って貼るということはしないので郵便料金が改定になった時から新しい料金で動くので問題ない。

日本の郵便局なら、郵便料金改定の時はとてもきっちりしていて、何カ月も前から誰もが気がつくようにたくさん広告を出して幅広く広報し、改定後は料金が不足していると差出人の所に戻って来る。実に気まじめで正確で良い仕事だと思っていたが、しかしよくよく考えてみれば、広報に膨大な経費をつぎ込み、わずかな不足料金を取り立てるために人件費を使うのは、コストと効果・効率を考えるとよいことではないかもしれない。

一般的に日本の郵便局のサービスは米国と比べると極めて優秀だ。誤配・遅配はめったにないし、受取りの印鑑がいるような郵便物は不在時ならきちんと不在通知がポストに入っていて何度でも配達に来てくれる。郵便局での行列が長くてとても長く待たされるということも少ない。対応も丁寧で感じがよい。

しかし米国の郵便局のサービスでは、そんなきっちりして気持ちの良い仕事は期待できない。たとえば、うちの近所の郵便局はいつ行っても行列が長くて、ひどい時は30分以上待たされる。窓口が8つあるのに2つしか開いていないのだ。あるときはそれまで一度も不在通知がポストに入っていなかったのに突然これが最後の通知だという不在通知が入っていて、あわてて管轄の郵便局に小包を受け取りに行ったこともあった。めったにあることではないが、半年前の消印の封書が届いたこともある。とこかで行方不明になっていたらしい。

人件費は極力カットされているので、こういうサービスになるのもしかたがないのだろうか。米国郵政公社は赤字続きで業績が悪く、特に近年は巨額の負債を抱えていて倒産寸前と言われているほどだ。たしかに郵便事業だけではあまり利益が上がるようなものではなく、公益事業としてなんとか成り立っているのだ。たしかにあんな安い料金で広い米国の津々浦々を郵便配達するのは、ビジネスとして民間では成り立たないだろう。

日本の郵便局は、現在は民営化して分割されているが、郵便、郵便貯金、簡易保険の3つの事業を行ってきた。その中で稼ぎ頭の郵便貯金が、業績の良くない郵便事業をひっぱってなんとかやって来ていた。考えてみれば、そもそも郵便局がなぜ銀行業や保険業をするのかおかしなものだ。米国の郵便局は郵便事業しかしていない。郵便局が金融事業もしている国は数えるほどしかない。

昔、日本がまだ貧しかった頃は庶民のお金を郵便貯金で集めて、財政投融資の資金として公共投資に使った。日本が経済発展してからはその役割は終えた。しかし郵貯銀行として残っているので、郵貯で集まった資金は、現在はほとんど国債の購入に充てられている。

私は米国に来てからずっと切手を集めている。あるときクリスマスの切手がとてもきれいなので、同じ買うならきれいな切手を買って、普段も使おうと思って記念切手を集め始めたのだ。日本の切手もきれいだが、米国の切手もなかなか良い。アメリカの切手は5年くらい前からすべてがスティッカー式になって、裏がのりのものは消えてしまった。封書に貼る際は、これはとても便利だ。しかしこれが切手愛好家には困ったもので、のりタイプの使用済みの切手は水につけて簡単にはがすことができるが、スティッカー式の切手はきれいにはがすのが難しい。日本のテクノロジーでスティッカー式でありながら簡単にはがせる切手はできないものだろうか。

最近発行になった記念切手は、日本の盆栽の切手でとても気に入っている。以前から盆栽は欧米で評判が良い。もっとも米国で、ショッピング・モールで売られているような手軽に買える盆栽は、とても安っぽくて雑にできていて、とても日本のような立派な盆栽とは違う。こんなものを日本の盆栽だと思われたくないなと思うのだが、それでもなぜか人気がある。ちなみに米国人はBonsaiを最初にアクセントをつけて「バンザイ」と発音する。米国人が庭や植物の話で「バンザイ」と言ったら「万歳!」ではなく「盆栽」のことと思ったらよい。

記念切手を集める場合、米国は広いので発行日にわざわざ郵便局に行って買うということはなく、いつも郵便局のメイル・オーダーで買う。切手愛好家には郵便局から年に4回カタログが送られてきて、新しい切手のデザインや説明、発行予定日が書かれていて、注文書を書いて、小切手かクレジットカードで支払う。近年は郵便局にオンラインで注文することが多くなった。

オンラインと言えば、米国の郵便局のオンライン・システムはとても進んでいる。ちょっと大きくて重い封書は普通ならいくらかわからないので、郵便局の窓口に行って測ってもらって郵便料金を払うのが一般的だが、近年はそれが自宅のパソコンで、オンラインでできるのだ。郵便物の重さや大きさは自分で測り、送り先住所や配達の種類を選ぶと料金が表示されて、それをクレジットカードで支払うと、その料金の公式のシールが出てきてそれをプリンターで印刷して、自分で郵便物に張り付けてポストに投函すればよい。小包みの場合は、料金までは同じように行うことはできるが、普通のポストには入らないので、郵便局内の大口の投函ポストに入れることになる。それでも郵便局の窓口の長い行列を避けることができる。

近年、郵便局は窓口の数を減らしセルフサービスの機械を導入した。うちの近くの郵便局にはセルフの機械が2台あり、クレジットカードを持っていれば、おおかたの郵便料金はこれで支払うことができ、長い行列の窓口に並ぶことはない。しかしこの新しい機械に不慣れな人が多く、係りがそばについて教えてくれるわけでもないので、誰か一人何かの手続きで手間取っていると機械の行列も進まなくなって、結局長く待たされることはある。いまひとつ使い勝手がよくないが、日本でも今後こうしたセルフサービスは開発の余地があると思う。