40

釈迦は天然パーマ?

数年前のことだが、私はあるときニューヨークの地下鉄でまるで仏像の頭そっくりの黒人をみかけた。そういう人はめったにいない。思わず凝視!そうそう、あの渦巻きの独特のヘア。私はそれをみるなり、「ああ、きっと釈迦はきつい天然パーマで、こんな頭だったにちがいない!」と直感的に思った。

仏像のヘアについては、小さい頃から疑問で、「なんであんな小さな渦巻きぐるぐるの髪なのだろう。あんな人いないのに。まあ、仏像だから普通じゃなくていいのか…。」と思っていた。仏像のあの渦巻きの一つ一つは、「釈迦の智恵」を意味するとか聞いたような気がする。しかし、実際にああいう頭の人が存在するのを見て、釈迦はきつい天然パーマで生まれつきああいうヘアで、仏像はそれをそのまま表現しただけなのではないかと思った。渦巻きの意味なんて後付けで考えたことではないのか。

そこでまず仏像に詳しい日本在住の友人Aさんに尋ねると、女子美術大学の先生でもある仏師(東京芸大の彫刻科卒で、毎年仏像の展覧会している人)に聞いてくれた。それによると、あのクルクル頭は螺髪(らほつ)といい、如来(釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来など)がする髪型。仏像の螺髪については二つの説がある。

1、生来巻き毛だった。

2、他の人と違っていることを強調するためにあの髪型にした。

この先生は1の説で、アッシリア地方の像は人物も、動物も巻き毛が多く、人物はヒゲまで巻いている。したがって釈迦如来もその辺の血筋を引けばクルクルだろうが、はっきりとは分からないそうだ。

Aさんはこの先生とガンダーラ、マトゥーラの仏像を見に行ったことがあり、マトゥーラの仏像はインド風にクルクルだったのに、ガンダーラの仏像は大きくカールしていて、先生によると、ガンダーラ仏像は古来のインドではなく、ほとんどギリシャ風だそうだ。ついでに如来と菩薩の違いについて、大雑把に言えば、如来は悟りを開ききった方でクルクルの髪、菩薩は仏にはなりきってはおらず修行中の身で大きなウエーブの髪、ということらしい。 

そういえば以前、上野の国立博物館に行った時のこと。博物館には各国からの仏像がたくさん展示してあったが、仏像の顔が地域によって違うのが興味深かった。日本の仏像は鼻が低いのに対し、インドの仏像は鼻がかぎ鼻っぽいとか、目も日本のは、細いけど、向こうのはアーモンド型とか、いろいろ。ある程度その民族の顔を反映しているのだろう。

そこでインドのデリー在住の日本人の友人Bさんに尋ねると、詳しく教えてくれて、次のようなことが分かった。釈迦はネパールといってもインドの国境に近いルンビニ生まれ。インドの地をさまよい、インドのブッダガヤ(ボドガヤ)で悟りを開いたので、当時の地図などから考えても、ネパール人というよりインド人と考えられる。ちなみにインドでは、仏陀もヒンドゥー教の3大神の1人であるヴィシュヌ神の10の生まれ変わり(化身)の1人とされている。

天然パーマはインド人の間では珍しいことではない。現にBさん宅で働いているラメッシュ君もチリチリではないが天然パーマ。Bさんがムンバイで知り合ったヴィジャヤさんという女の人は、顔つきも仏像のようだし、髪の毛はかなりキツイ天然パーマ。それ以外にも、ヒンドゥー教の寺院の壁にあるレリーフなどでお目にかかるような女神像にそっくりな人がいたりする。

ちなみに、デリーの南にあるマトゥーラは、仏像などに代表されるマトゥーラ美術が有名。ここは、シュンガ朝、クシャーナ朝、グプタ朝と続く時期に、インド彫刻の中でも最も美しい仏像が作られ、仏教美術の一大中心地だったそうだ。ここのマトゥーラ考古学博物館に行くと、近隣で出土した素晴らしい仏像がたくさん展示してある。それから世界史の教科書にも写真が載ることがあるクシャーナ朝の『カニシカ王の首無しの立像』の本物も置いてある。

等身大よりずっと大きな像。Bさんは初めてここを訪れて思いがけなくこのカニシカ王の像を見つけたときには本当に感動したそうだ。マトゥーラは、ヴィシュヌ神の化身の1人とされるクリシュナの生誕地としても知られている。このクリシュナは、インドではとっても人気のある神様で、クリシュナの誕生日はインド中で盛大に祝われるそうだ。

これらの話を聞くと、やはり釈迦は天然パーマだった可能性は高そうだ。子供の頃から謎だったことが一つ解決した気がして、なんだかうれしい。いろいろな民族が混在するニューヨークならではの日常体験から、こんな風に歴史散策するのもいいものだ。