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オリンピック、米国では

私は、オリンピックを見るのが大好きだ。アトランタ五輪の時は、ニューヨークから女一人で観戦に行ったほどだ。何と言ってもアスリートの真剣なまなざし、成功したときの輝く顔、失敗した時のつらい表情、この日、この時、この一瞬の為に長い間どんなにつらいトレーニングに耐えてきたのだろうかと思うと、どんなドラマよりも見ごたえがある。

私が米国に住み始めたのは1988年ソウル・オリンピックの年だった。全部英語だし、当然ながら米国の選手ばかり放映されて、日本の選手なんて決勝に残らない限りちっとも映らない。米国人が出る競技でも有名選手中心の放映で、ドラマ仕立てで、家庭や練習風景など流した後で「さあ本番です」みたいな感じで出てくる。米国人でも有名選手が出ない競技はあまり放映されないし、マイナーな競技は全然放映されない。日本のNHKの公共放送の良いところに、あらためて気付かされた。

人気競技も違う。米国で人気が高いのは水泳、体操、陸上、飛び込みなど。日本と違って全然人気がないのは柔道。飛び込みは、日本にいたころはほとんど見たことがなかったが、米国のテレビでは長々と放映されるので、見ると、とてもアクロバティックで美しく、そしてスリリング。すぐ好きな競技になった。あんないいもの、たとえ日本の選手が出なくても、日本でももっと放映したらいいのにと思う。飛び込みは、中国が圧倒的に強い。日本人と体格が似ているのだから中国人の優秀なコーチを招へいして鍛えれば、日本も強い選手の出現が今後期待できる分野と思う。

柔道は日本が本家本元。当然日本には強い選手がたくさんいるので、日本では放映時間も長く人気が高い競技だが、米国には柔道にあまり強い選手がいなし、なじみがないスポーツなのでテレビで放映されることが全くない。米国に来てすぐの頃、柔道の山下の名前を知っているかと米国人に尋ねると、誰も知らなくて「え?」と思ったが、どうりで、と思った。

ちなみに米国ではなぜか空手がとても普及していて、どんな田舎に行っても空手道場がある。習い事として女の子はバレエ、男の子は空手をする子が多い。柔道は60年代ごろまでは米国にも結構道場があったらしいが、指導者が欧州に集中して、欧州では発展したが米国では衰退したらしい。

今回のロンドン・オリンピックは、今までと違うのは何といってもネット中継の充実とSNSがあることだろう。テレビを見ながらツイッターでつぶやいたり、フェイスブックで感想を交換しながら中継をみていると、一人で見ていても誰かと一緒に見ている感覚が味わえる。たとえば自分の周りには誰も見る人がいないようなマイナーな競技が好きでも、ネット上には同じような好みの人はいるので、見知らぬファン同士のツイートで盛り上がることもできる。

米国でオリンピックの独占放映権を持っている放送局NBCは、4年前はネット中継が限られていたが、今回はすべての競技を録画で見ることができ、かなり多くの競技は生中継を見ようと思えば見ることができた。ただ、NBCは全くの民間放送なので視聴率が命。たとえばネットでの録画はあまり人気がないような競技はいつでも見られるが、当日の夜のプライムタイムにテレビで録画放映予定の人気競技は、ネット上の録画はそのテレビ放映が終わるまでブロックされていた。それで実際には米国東部時間で当日の昼間に生が終わっているのに、たとえば水泳でフェルプスが出る競技、ボルトの出る男子100M走、体操競技のいいところなど、肝心な大事な場面は、夜の10時台になるまでおあずけをくわされた。

私は重量挙げを見るのが好きだ。挙げるか挙げないか、ほんの数秒間にかける迫力。順位をにらんで何キロに挑戦するかのかけひき。何といってもあんな重い物を持ち上げるという素朴な究極の肉体を競い合うのが魅力だ。今まではテレビでほんの少ししか放映されないので不満だったが、今回は、重量挙げはネットですべての生中継と録画が見られてとてもよかった。マイナーな競技は視聴率が取れないのでテレビ放映がないのはしかたないが、こうしてネットでみられるのであれば問題ない。ただマイナー競技のネット中継では全く解説がつかず、カメラが撮っているのを流すだけなので、物足らない気もするが、本物の会場で見ているような感覚が味わえるのも悪くない。

女子重量挙げ48キロ級で三宅宏実が銀メダルを取ったのはほんとうにうれしかった。メキシコ五輪で重量挙げ銅メダルの父親は、宏実が子供のころはピアノを習わせていたらしいが、本人は兄の影響や女子重量挙げが五輪競技になったこともあって、15才の頃に重量挙げを目指した。そんな辛い道を歩かせたくないと家族は全員反対したらしいが、父親は自分が高校時代になかなか挙げられなかった重量を宏実が軽々と挙げたのを見て「これはいける」と思ったそうだ。DNAもあるだろうが、過去の五輪での失敗を乗り越えて長い間の厳しい努力がようやく実っての銀メダル、ほんとうによかった。

今回日本は水泳での好成績がとても目立った。フェルプスが最初に出た男子400M個人メドレーでフェルプスが荻野に負けて、まさかのメダルなしになって米国は衝撃を受けた。「17歳の日本人にフェルプスが負けるなんて!」その後数日のあいだ荻野の名前が何度も聞かれた。そのあとも水泳で日本の快進撃は続き、フェルプスが出る場面に日本がよく出てくるので「日本強し」の印象を与えた。

日本選手団の中で米国が特に注目していたのは体操の内村と平泳ぎの北島だった。北島は最後のリレーで好成績を残すことができて良かった。内村も個人総合の金メダルは見事だった。しかし種目別では床運動の銀のみで、鉄棒では出場できず、この日の為に準備した新技も不発に終わった。メンタルが強いはずのあの怪物内村でも、四年に一度のオリンピックで日頃の力を出すのは何と難しいことだろう。

女子サッカーは日本が銀メダルですばらしい活躍ぶりだった。五輪のサッカーは日本では大変な盛り上がりだったらしい。深夜にもかかわらず多くの人がテレビの生放送にかじりついて寝不足の人が続出したと聞く。米国でサッカーは近年人気が上がってきてはいるがまだそれほどの人気はなく、日本の盛り上がりぶりにたじろぐほど米国では拍子抜け。

米国の女子サッカーは金メダル候補なのにテレビの夜のプライムタイムに競技が部分的にでも放映されることは一度もなかったので、一般の多くの人は五輪のサッカーを追っていなかった。もちろんサッカーファンはちゃんと状況を追っていたが、多くの人は日米の決勝戦の前日に初めて米国が女子サッカーで金メダルをとるかもしれないということを知った。

決勝戦のテレビの生中継は木曜午後の勤務時間だったので多くの人は見ることができなかった。ネット生中継はパソコンから視聴可能なはずだがオフィスではオリンピック中継はブロックがかけられていた。私はちらっとでも見たいと思い、アイフォンからネット生中継を見ることを試みたが、アプリケーションをインストールしていなかったので随分手間取ってしまって、結局見ることができず、ツイッターで状況を知った。オフィスで女子サッカー決勝が気になってそわそわしていたのは日本人の私だけだった。米国が金メダルを取っても当日の夜のNBCテレビでは、サッカー女子選手の代表4人がインタビューに出演し、サッカーのゴールシーンがちらっと流れただけだった。

男子サッカーは3位決定戦で日本が韓国に負けたのは残念だったが、ベスト4に入ったのは、大したものだ。そもそも男子サッカーは競技人口が多くレベルが高くて、女子に比べれば激戦区で戦っているようなもの。女子と単純に比較して男子はどうのこうのと言うのは酷だ。日本のサッカーはここ数年で驚くほど強くなった。思い起こせば日本にJリーグができるまではサッカーはあまり人気がなく、中学・高校で「サッカー部と卓球部は暗い」などと言われていた時代があったのだ。韓国にも負けてばかりで五輪に出場もできない時代が長く続いていた。ほんとうにサッカーの躍進はすごい。

2020年のオリンピック開催地はひょっとしたら東京に決まるかもしれない。東京が立候補したころはとても無理だと思ったが、今となっては、スペインは経済危機でマドリードが選ばれる可能性は低いし、事実上トルコのイスタンブールとの争いになるだろう。トルコは発展途上でいいポジションにつけていると思うが、シリアと国境を接している不安がある。色々な面で東京は有利なのだが、東京に足りないものは市民の切望度らしい。バブル崩壊後、下を向きがちの日本だったが、もし東京が選ばれたらきっとオリンピックに向けて盛り上がり、日本全体が活気づくのではと思う。是非そうなればいいなと思う。