ニューヨークの風〔肥和野佳子

ニューヨークの風6(2008.5.15)

米国の就職活動

米国の大学生の就職活動は3年生の後半から始まる。学校は基本的には9月始まりなので、卒業する前年の夏休みのインターンシップが重要。すなわち3年生が終わって4年生になる前の夏休みに希望する企業のインターンシップに参加して、そこで気に入られたら内定が4年生の秋学期に来る。4年生の春学期はもう就職が決まっている人はのんびりで、決まっていない人は決まるまで探す。

大学には一応就職指導室のようなものはあるが、履歴書の書き方の指導や、オン・キャンパス・インタビュー(何社かの企業が大学に来て就職希望者に面接をする)のアレンジや、希望職種についている卒業生を紹介する程度だ。

学生は、昔は新卒の空きポジションがあるかどうかわからなくても、やみくもに、行きたいと思う会社の希望の部署に履歴書を送るのが普通だったが、インターネットが普及した現代では就職活動はいまやネットが主流。行きたい会社のウェブサイトを見て、そのなかのCareer とか、Employmentとか書いてあるボタンを押すと、その会社が現在募集しているポジションが出てくるので、直接、オンライン上でその会社に履歴書を送ったりする。インターンシップもオンラインで探して応募する。もちろんジョブサーチ専門のウェブサイトも利用して、求人広告に対して応募もする。

インターンシップは夏休み(6月から8月)に3ヶ月くらいある。3ヶ月もあれば、だいたい採用したい人か、向いていない人かわかる。時給はかなりいい会社もあるし、無給に近いようなところもある。普通は大学生だと時給15ドルくらい。一流のMBAスクール(経営学大学院)や一流のロースクール(法学大学院)だと時給は、かなりもっと高いと思う。

卒業時期は年2回で、メインは5月か6月始めごろだが、12月か1月という時期に卒業の人もかなりいる。特に大学院はそういう人が多い。秋学期、春学期、夏学期という周期にしているところが多くて、1年半で大学院を修了して学費をうかしたり、仕事をしながら大学院に通っている人も多いので、3年半かかって卒業したり、さまざまある。

大学卒業後、就職はせず大学院にすぐ進む人も少なくないが、一般的には2〜3年働いてから大学院に進む人が多い。フルタイムの仕事を続けながら夜間の大学院に通う人もかなりいる。米国ではいまや大学卒だけではあまり高い学歴とはいえなくなった。医学は米国では学部では存在せず、大学院からなので、医者を目指すなら、大卒後、即メディカルスクールに進む人が多い。

いちおう就職希望の人でも、皆が皆就職を探しているというわけではなく、1年間世界旅行にでたり、日本政府がやっているJET プログラムにのって、1〜2年日本の中学や高校で英語を教えたり、ピースボートに乗ってボランティア活動したり、いろいろ。

米国の会社は業種にもよるが、基本的にはポジションに空きがあれば年中いつでもオープンなので、それなりのことをしていればなにも大卒後すぐ就職しなくてもよいのだ。日本のような入社式はない。新しく採用になった人(新卒も中途採用も一緒)のために、大企業では毎週のようにHR(Human Resources:人事部)がオリエンテーションをやっている。

ちなみに米国の会社の人事部は採用にあたっての補助業務や、給与関係・企業年金関係の事務、従業員の査定記録の管理などをするだけで、従業員の採用や昇進、解雇に権限はない。日本の会社の人事部のように幹部候補生が一度は配置される部署という雰囲気は全くなくて、女性従業員が多く、部長はたいてい年配の女性だ。

米国の会社では人事権は各部署にある。すなわち、人を採用する際に誰を雇うか決めるのは、その人を直接使うことになる部署が決める。面接はその部の部長、課長、一緒に働くことになる人2人程度と行い、それで採用が決まる。重役面接などはない。

日本と違って長期雇用を前提としていないので、「就社」ではなく、会社に採用されたはいいが、どんなポジションにつくのか分からないということはない。採用通知には職務と年俸が明記されている。日本でいえば中途採用と似たようなもので、空きポジションにつくだけだ。

米国では採用にあたって年齢は事実上考慮されるだろうが、日本と比べたら年齢差別はほとんどないといっていいほどだ。履歴書に年齢を書くことも写真をはることもない。面接では年齢や結婚状況や子供の有無を聞いてはいけないと法令で決まっている。基本的には、その仕事をその年俸でやってくれる人ならそれでいいのだ。40歳でも50歳でも男性でも女性でも、空きポジションがあればもちろんフルタイムの正社員で採用される。こういうシステムは特に女性にとってはとても働きやすく、日本と比べると天と地ほど違う。こういう採用の仕方ができるのは米国の労働市場の流動性が高いからだ。

米国では、新卒というのは企業にとっては「経験のない人」イコール「即戦力ではない人」ということだから、実はあまり積極的にはとりたくない人材なのだ。積極的にとりたいのは即戦力になる人。人はだいたい長くて7年、若い人は2年くらいで転職するのがふつうなので、長い目で育てるという感覚ではない。今必要な人を今採るという感じだ。

したがって新卒は履歴書を書くときに自分がいままでどんな仕事をした経験があるか、夏休みのインターンシップのことや、学期中のアルバイトのことなど、少しでも企業に興味を持ってもらえるように必死で書く。大学1年、2年の夏休みのアルバイトもある意味では履歴書の見栄えを良くするためにするようなものだ。

業種によって多少違うのは、たとえば大きなLaw Firm, Consulting Firm, Accounting Firmなど専門職業界では、毎年新卒をある程度まとまった人数を採用する。それは専門性を持った「兵隊」が事実上必要なのと、大きなプロフェッショナル・ファームで経験を積ませて、ある程度育ったら世間に放って、種をまく(民間企業や自営業で活躍してもらう)ためだ。

Consulting Firmは日本では大卒でも採用するようだが、米国では大卒で採用されることはほとんどない。事務職で入るならともかく、コンサルタントとしての採用なら大学院卒でないとたぶん無理。それもMBAやPh.Dがあるだけでなく、立派な職歴があるほうが有利。職業経験も無いのに、コンサルティングなんて本来難しいというのが筋。

Law Firm, Consulting Firm, Accounting Firm はいずれも、もちろん新卒だけでなく、経験のある即戦力の人を常時、採用する。出入りは非常に激しく、回転ドアと呼ばれている。3年以内に辞める人が多く、5年もいたらベテランだ。一般的に仕事の進み方が極めて早く、たぶん民間企業では3年かけて覚えるような仕事を1年で覚える。プロジェクトごとに動くので毎年同じ仕事を繰り返すということが少なく、経験量がどんどん増える。労働市場で売れる力が比較的短期間でつくので、仕事がきつく解雇が多くても、こうしたプロフェッショナル・ファームへの就職希望者は常に多い。

米国では解雇がきわめて簡単だ。それは労働者の生活を守るのは企業の役割ではなく、国の役割であるという根本思想があるからだ。解雇が簡単だからこそ、空きポジションもでき、比較的気軽にフルタイムの正社員を採用することもでき、流動性の高い労働市場が成り立っている。

そして変化のスピードが早い現代の経済社会に対して、企業自身が迅速にアメーバのように形を変え、対応することができると考えられている。リストラは日本ではほとんどの場合「人員削減・解雇」という意味で使われているようだが、本来の意味は、リストラ(Restructuring)は「再構築」という意味なのだ。

雇われる側もいったん雇われたら定年まで働けると思ってのんべんだらりと仕事することはほとんどできない。いつでも労働市場で売れる人材であり続けるためにはEmployability「雇われる能力」を高めなければならない。時代の流れにあわなくなった仕事にしがみついていたのでは仕事がないのは当たり前という、甘えのない自己責任の社会だ。